美神検定試験実施中?
「なにゆえ、美の神たるあなたはわたしに拘るのですか。
わたしはあなたのような美しいかんばせをもっているわけでもないのに」
「たしかにあなたは花のようなかんばせはお持ちではないが、匠の技を持ちたる神よ、あなたの指はかようにも美しいものを作り上げる。
わたしはあなたの指を愛している」
美の神の愛を工匠の神が受け入れ、この二神の間にファーマミーアが誕生した。
「ええ、いいわよーお」
「ありがとう……」
ファーマミーアはジクルビクニアからの頼みをいやな顔一つせず引き受けた。
例え恋のライバルからの頼みでも、笑顔で快諾する。それがイイ女の条件だと、ファーマミーアは信じていた。
それに、ライバル関係ではあるものの、ジクルビクニア自信を嫌っている訳でもなかった。
「じゃあ……準備するね……」
「待っているわ」
「ふふ……」
ジクルビクニアは嬉しそうに、ふんわりと笑った。
「どうかした?」
「いいえ……ただ、彼も喜んでくれるといいなって……」
「……」
「ミーア、どうしたの?」
ファーマミーアに呼び出された友人が彼女の部屋を訪ねると、かの美の女神はクッションを抱えながら苦悩していた。
「なあに?またユーリのこと?」
たいがいこういう時は彼女の恋愛に関する事だ。
「そおだけど、違うわよ!」
「何があったのよ?」
「じつは……」
先程、ジクルビクニアに頼まれごとをしたと、ファーマミーアは友人に話した。
「ふうん……それがどうかしたの?」
友人はファーマミーアの信念を知っていたし、それ自体は何も苦悩する話でもないと感じた。
「別に、それ自体はいいのよお!問題はそのあと!
ジクルが『彼が喜んでくれるといいな』って言ったのよお!
この彼ってユーリのこと!?先輩のこと!?
ユーリのことなら敵に塩を送ったことになるし、先輩のことだったらユーリに悪いわあ!
どうしたらいいのお!?」
(まったくイイ女ねぇ……)
普通、後者は気にする事ではないと思うが……
「引き受けたんでしょ?やってあげればいいじゃない」
「うう……いいのかしらあ?」
「ほら、あなた。じたばたしていたから、ひどい顔になっているわよ」
クッションに顔を埋めたりしていたせいで、顔から化粧がおちかけていた。
「顔を洗ってくるわあ」
ファーマミーアはふらふらと洗面台に向かった。
洗面台から帰ってきた女神はまったく別人の顔をしていた。
普段の華やかな顔とは違う、地味なスッピンだった。おそらく人間の中にまざっても彼女が女神と気づくまい。そんな特徴のない顔だった。
「ほんと変わるわよね」
「もお、美の神なんだから、同じく美の神のお父様に似たかったわあ。顔までお母様に似るなんて」
「でもお母様譲りのすごい匠の技じゃない」
「それはそおなんだけどお」
ファーマミーアは父である美の神からセンスを受け継ぎ、母である工匠の女神から技術力を受け継いだ。
美の女神ファーマミーアは正確には美の技術の神である。
彼女の普段の顔は彼女のセンスと技術力を遺憾なく発揮した結果である。千の顔を持つ乙女の由来はここから来ている。彼女は気分しだいでいくらでもどんな姿でも装うことができた。
人間であれば、「女神なのに普通の顔だなんて……」などとあざ笑うものもいるかもしれないが、外見が地味であったり、あるいは醜かったり恐ろしかったりする神は珍しくはない。
ファーマミーアはそういう神々の魅力を引き立てる技術もまた心得ていた。
そして教職員を含め、この学校で、彼女の技術にお世話になった事が無い女神はいない。ファーマミーアは女神たちの間でこっそりと敬意を集めていた。
「あーあ、もう一度お化粧しなくちゃ」
「見物させてもらうわ♪」
普通、女友達の身支度をじっくり観察することはしないだろう。
だが友人はファーマミーアの顔が美しく仕上がる様を、その指先が奏でる美の技術をうっとりと見詰めていた。
竜太郎が神樹の枝を手に入れた次の日。
「はーい、ただいまいきますー」
竜太郎の家の訪問者に、クレスエルが反応した。
「スライムか……?」
あの後、スライム達は一旦帰ると言い残し、竜太郎のところから去って行った。
スライム達がまた戻ってきたのかと思ったのだが。
「おやー、これは大物ゲストですねー」
「大物ゲスト?」
開いた戸の向こうにいたのはいつものスライム二匹と背が高く、顔色の悪い男。
「魔王ウリリエシヴァさんです」
「あ、はじめまして……」
「ええええええええっ!?」
いきなりのラスボスの出現に、竜太郎は大声を上げた。何か身を守れるものがないか、周囲を見渡す。
「……勇者様。そんな小さな皿では盾にはなりません」
「だだだだって……」
「驚かせてしまってすみません。戦いに来たわけではないのです」
「え?あ、はあ……」
「話があるのです。ここでは何なので、少し、外を歩きませんか?」
前を歩く魔王から、竜太郎は十分な距離を取って歩いていた。
「はは……いきなり仇敵が現れたら警戒しますよね」
「う……すみません」
「構いません。……ここら辺でいいでしょう。
勇者殿。スライム達から話を聞きました。神樹の枝、私に譲ってくれませんか?」
「え……」
神樹の枝は世界を変革する力を持つ。魔王に狙われてもおかしくない。
しかし不思議と竜太郎は強い警戒心を抱かなかった。あのスライム達の親玉だからだろうか?
「……あんたは……この世界をどうする気、なんですか?」
「話を聞いて下さるんですね。ありがとうございます」
「いや、その……なんかすごく丁寧だし、ケンカしに来たようには見えなくて……でも……人間を追い出すんですか?」
魔王は首を横に振った。
「私たちは弱い種族です。闇に身を包まなければ身を守れないほど。ですが、人間を恨んでいるわけではありません」
仮にも魔王を名乗るものが弱い種族に見えなかったが、スライム達は確かに弱い種族だろう。
「勇者との戦いに勝てば、この世界に我々の生きる領域を確保してくださると、神は我々に約束してくださいました」
「……そうなったら人間たちはどうなるんですか?」
「わかりません……ですが、今、彼らを隅に追いやってしまっていますが、領土は半々にしたいと思っています」
「なら俺が負けた!ってことにすれば、すぐに解決するんじゃあ……あ、死ぬのはイヤですけど」
魔王は悲しい目を勇者に向けた。
「我々は人間を恨んでいませんが、脅威に感じています。人間は半分の領土で生きるには数が多い。やがて争いは起こるでしょう」
「……それで神樹の枝、ですか?」
「はい。その枝の力を使い、我々と人間が共存できる世界を作りたいのです。スライム達が日の光の下で生きられるように。コウモリたちも安全な場所で生きられるように」
「でも死んじゃうんですよ!」
「ええ。でも私は魔王ですから。彼らに責任があるのです。
でも貴方は違う。貴方は先程いいましたね。死ぬのはイヤだと」
「……」
竜太郎は言葉を失った。
魔王に神樹の枝を渡していいのか、という迷いも少しは確かにある。だが、それ以上に、枝を渡したらこのヒトが死んでしまう。そのことが竜太郎を戸惑わせた。
自分の行為がヒトの死に直結してしまうことは何よりも恐ろしかったし、あのスライム達が慕う魔王を死なせてしまうのも怖かった。
(敵のはずなのに……)
「無理、です……あんた死なせたくないです……」
「……勇者殿は優しいですね。ですがもとより敵同士。気にする事は無いのですよ」
「でも!」
「無理だな」
無理、とつなげようした竜太郎の言葉は、他の口から紡がれた。
「!?」
そこに現れたのはオーレンハイトだった。
「ま、まだ期限じゃないですよ!」
「わかっている。だが、忠告に来た。それは光の神具。闇の者には扱えぬ」
「……」
竜太郎はまたしても、その場にへたり込んだ。
(どうすれば……誰も死なず、みんな幸せになれるんだ……)
いろいろありすぎて、もう彼にはいっぱいいっぱいだった。
<<続く!>>