盗神検定試験実施中!
彼はとても優秀な人間だった。
神はその優秀さを称え、彼に神樹の枝を送った。
「オーレンハイトよ、この枝の力で新たなる世界を築くがいい
この枝はお前の望む世界を作る力がある」
神樹の枝を受け取り、オーレンハイトは神になった。
「はい、レット様」
「……」
レットはすっかりふてくされながら、クレスエルが差し出した杯を受け取る。
「……あれ、何やってるの?」
「ダイエットですよ」
「へー……」
スライムを足にまとわりつかせながらドタドタと走り回っている竜太郎の姿は、本気でダイエットをしているようにはあまり見えなかったが。
「……」
その姿を眺めながら、レットは考え込んだ。
一番冷静だったのはクレスエルだった。
「あ、この方は盗賊の神のレット様と言ってユーリ=イグニス様のご友人です」
「え、あ、どうも」
びくびくとあいさつする竜太郎。頭がおいつかないレット。
「……どうも」
「今日は急にどうされたんですかあ?」
「いや、あのね……じ、陣中見舞いかな!勇者クンはほら、訓練の途中かな?邪魔しちゃ悪いし、続けてよ!」
「はあ……」
納得しがたい表情を見せながらも竜太郎はドタドタ走りに戻っていった。
「はあ……」
「深いお悩みがありそうですね」
塞ぎこんだレットにクレスエルは気を使った。もし彼に表情というものがあれば「めんどくさい」と顔に書いてあっただろう。
「あ、俺にも何か飲み物ちょうだい」
「勇者様ー、もうちょっと運動続けてから言ってくださーい」
「いいんじゃない?ダイエットに水分補給は大事でしょ。
まあ、勇者クン。そこ座りなよ」
「は、はい」
神の前でどうすればよいかわからず、竜太郎はとりあえず正座した。
「いやいや足くずしなよ。地面に正座じゃ痛いでしょ」
「うっす」
言われたとおり、竜太郎はあぐらをかいた。
「あ、これ飲む?」
「ダメですよー。勇者様は未成年ですからお酒はイケマセン。水どうぞ」
「ありがとう」
礼を言って竜太郎はクレスエルからコップを受け取った。
「でさあ、オレ、ホモなのよ」
「ぶふうっ!」
いきなりの告白に竜太郎は噴出した。目の前にいたレットは盗賊の神らしく、さっと水しぶきをよけた。クレスエルにはかかった。
「勇者様ひどい!」
「あ、ごめ」
あやまりながらも竜太郎は咳き込んだ。
「あ、安心して。勇者クンは好みじゃないから
それがバレて、赴任が……人間で言うところの就職かな?ダメになりそうなのよ」
「そ、そうっすか……カミサマも差別ってあるんすね」
「ないよ?」
「え?」
あっさりの否定に竜太郎は戸惑った。
「神って人間みたいに男女から生まれてくるだけじゃないし、それに貞操観念がおかしいヤツも多いしね。
まあそれでも自分から性癖どうどうと口にするヤツは驚かれるけどね」
「そ、そうなんすか……じゃなで就職が?」
「いや、俺今まで「女好きの盗賊の神」っていうアリガチキャラで売ってたから。今更いきなり「盗賊の神」とかなってもキャラ濃すぎて扱いにくいっていうか」
「は、はあ……濃いとダメなんすか……」
人間の就職活動なら濃いほうがいい、というイメージがあるが。
(そんなものなのかなあ、俺まだ高校生だからわからないわ……)
「神話とかで使いづらいからね。まあそういう神様もいるけどさ。オレが就職しようとしていたところ、そういう濃いストーリー持ちがいないところだったから。オレだけめだっちゃう」
「はあ……」
(濃いのか、ゲイって……オカマキャラとかじゃないみたいだし、そんなに濃くなさそうだけど……)
「就職蹴られると辛いんだよね。オレ、ユーリやジクルちゃんと違って、由緒正しくないし」
「由緒ですか?」
「二人とも神様から生まれた神様だからね。オレなんかネズミから神様になったし」
「ネズミ……逆にすごい感じもしますが……」
サクセスストーリーっぽい何かを感じたが、生まれが大事だなんて人間くさいととも思った。
「そう?でもなんというかな、彼らと比べると神様パワーが低いんだよね。
二人なんか試験が受かればどこからでも勧誘されるのに」
「はあ……でも神様なんでしょう?」
人の身たる竜太郎から見たら十分すごい存在だ。
「うーん……そうなんだけど、そんな簡単でもないんだよ。
オレもいろいろ努力したんだけどさ」
「たいへんなんですね……」
(人も神様もいっしょなんだな……)
竜太郎は少し同情した。
「うんうんわかってくれた?
というわけで勇者クン」
「はい」
「泥棒しに行こうか」
「……はい?」
「はい、着きました!」
そこはダンジョンっぽいところの最奥にあった。
「あの……俺達……何もしてないんですけど……」
「何もしてないわりには息があがっていますよねー、勇者様」
「うるせ」
竜太郎は顔の周りを飛ぶクレスエルを振り払った。
テレポートでダンジョンの入り口に連れてこられた時はそれはそれはテンションが上がったが、並み居るトラップをサクサク解除するレットに着いていくだけの作業になっていることに気づき、どんどんテンションは下がっていった。
しかも久しぶりに長い距離を歩いたせいか、息が上がる。それもそれで情けなくて、尚更テンションが下がっていった。
「勇者さん大丈夫ー?」
「ほんのちょっとだったらボクたちの体からお水をわけてあげられるよ!」
「……大丈夫だから」
情けなさもこれに極まれる。
へたり込みそうになるのをぐっとこらえた。
「ま、勇者クンの出番はこれからだよ」
「そーなんすか」
「おや勇者様ったらぞんざーい。相手は神様なんですよー」
「あ……すみません」
「気にしないで。オレって親しみやすさオーラ全開にしているから」
「あ、確かに、そんな感じですね」
「ま、オレの泥棒の神のスキルのうちの一つだね」
「なるほど……」
竜太郎はアニメの泥棒ヒーローをイメージした。しかし、
「……詐欺も泥棒のうちってね」
「え?」
「本当に悪い人は親しみやすそうなカンジで迫ってくるから気を付けてね!
ま、オレは勇者クンに悪意はないけど」
「うう……」
持ち直した気分がまた下がった。
「それでー勇者様に何をさせるんですかー?まだレベルも0.3ぐらいだから何のお役にも立てませんよー」
「まだ0.3……」
「うん、簡単なことだよ。この結界の奥にある神樹の枝を取ってきてほしい。この先は神様は入れないんだ」
「この先はトラップはないんですか?」
「オレのスキルで君が突破しやすいトラップに変えておいたからだいじょーぶ」
「はあ……」
そんなことができるのに中に入れないのか。
ため息一つつきながら竜太郎は結界の中に入った。
びくびくしながらゆっくり足をおろす。
ふにゅう。
「うわあああ」
おろした足で感じた異様な感触に驚き、竜太郎は後ずさろうとして後ろにこけた。
「大丈夫!?勇者さん!」
「ななな、なんすか、これ……」
床が異様に柔らかかった。
「うん。トラップをふにゃふにゃトラップに変えてみた。君、いつも足元にスライム纏わりつかせているから、柔らかい床、得意かなって」
「得意じゃないですよ!もっと他にないんですか!」
「えー、でも勇者クンは勇者であって盗賊じゃないからトラップ関連スキルもっていないでしょ?」
「勇者関連スキルも持っていないですけどねー」
「う……」
レベルが1だったころは竜太郎も回復魔法が使えたのだが。
「それに、その床の柔らかさって男の子の憧れ、超巨乳おっぱいと同じぐらいの柔らかさだよ?」
「……いってきます」
ちょっとテンションが上がってきた。
「いってらっしゃい」
手を振って見送りつつ、
「……オレ女の子のおっぱいなんて触ったことないけどね。ゲイだし」
「詐欺師ー」
「カミサマひどい……」
「勇者さんがんばってー」
お供の天使よりもスライム達の方が心配していた。
その矢先、
「あ」
竜太郎は転んだ。
「あー」
「勇者さーん!」
その姿が消えたかと思うと、次の瞬間、彼らの目の前に落ちてきた。
「いて!」
「言い忘れてたけど、転んだらスタート地点に逆戻りだから」
「先に言って下さいよ!」
「ごめんね」
さすがに何度もスタートに戻されれば、巨乳の魅力も消え去っていく。
「……その場でコンティニューってダメなんですか?」
「それに変更するとその場でコンティニューする代わりに致死性のトラップが発動するよ」
「ちしせい?」
「絶対シぬトラップ」
竜太郎はぱったりその場に倒れた。
「あー、今シにましたねー」
「お前はちょっとは応援しろよ!
無理っすよ!こんなの!つか、なんで俺がこんなことしないといけないんですか!」
「枝が盗れたら君にあげるよ?」
「いらねぇっすよ!そんなの!」
「神樹の枝には世界を変える力がある」
「!?」
「……さっきの、ダイエットの運動していた時の、君たちの会話、聞いていたんだ」
竜太郎はスライム達との会話を思い出した。
「……お前ら、なんで人間たちと戦っているんだ」
竜太郎は素直に疑問を口にした。ここ数日、スライム達は竜太郎のダイエットに付き合っていた。その姿には敵意は感じられず、むしろ友好的だった。
「ボクたちは……」
スライムたちに顔があったら見合わせていただろう。
「ボクたちスライムはお日さまの光がニガテなんだ。体が水分で出来ているから、蒸発しちゃうんだ」
「コウモリさんたちも、お日さまの下がニガテなんだ。コウモリさんをいじめる相手に見つかりやすくなっちゃうから」
「でもね、お日さまの世界が嫌いなわけじゃないんだ。とてもキラキラしていてきれいだし、お花も咲いているしね」
「ボクたちも人間さんたちも住みやすい太陽があったらいいのに」
「……」
「作れるよ。あの枝を使えば。みんなのための太陽がね」
「……詐欺師っすね」
「勇者さん?」
「行ってくる」
「そんな!ボクたちが行ってくるよ!」
スライムたちがぴょんぴょん跳ねる。
「ボクたちのためなんだから!」
「ボクたちはあの中に入れないんですか?」
スライム達が申し出た。
「入れるけれど、モンスターの君たちにとっては、あの中は太陽の下のようなものだよ?蒸発することはないけど、すごく痛い」
「……俺が行ってくる。お前らは待っていろ」
竜太郎は立ち上がり、再び、結界の中へと入っていった。そしてまた、何度も転んではやり直す。だがもう弱音が吐かなかった。
「カミサマ、ボクたちも中に入りたいです……」
「さっきも言ったけど、あの中は君たちにはつらいよ?」
「でも、勇者さんもつらいのにボクたちのためにがんばってくれているし、ボクたちもがんばりたいんです」
「そうか……」
レットは微笑むと、一匹のスライムには帽子を、もう一匹のスライムには上着を貸した。
「これで痛いのは少し軽減できるよ」
「「はい!ありがとうございます」」
二匹のスライムは勢いよく中に入った。
「バカ!お前ら来るなって!」
「大丈夫だよ、勇者さん!カミサマに助けてもらってるし!」
「さあ、ボクたちが体を固くするから、勇者さんはその上を歩いて行って!」
一匹のスライムが竜太郎の足元で身体を硬化させる。
竜太郎は戸惑ったが、意を決して、その上に飛び乗った。
「うわ」
スライムの体は固いものの、その下の床は柔らかい。竜太郎の体はぐらついた。
「ふん!」
だが、大きくぐらつかないよう、スライムは体の上半分を固く、下半分を柔らかくしてショックを吸収した。
次のスライムがその一歩前また同じように体を固くする。
「よし!いいよ!勇者さん!」
「おお!いくぞ!」
一歩、また一歩。一人とニ匹は協力しながら前に出た。
そして。
「神樹の枝、とったぞー!」
「「やったあ!」」
「勇者様ぱくりぎわくー」
「二重の意味でねー
……おめでとう、さて、帰ろうか」
「待ちたまえ」
竜太郎が入ってきた入口近く、そこにはいつの間にか、帰り道を塞ぐようにオーレンハイトの姿があった。
「君は降りたのかと思ったが……まあ、いい。おめでとう。レット。君の試験は合格だろう」
「ありがと」
レットはそっけなく答えた。可愛さ余って憎さ100倍。まだ恨みは忘れていない。
「ではその枝を返したまえ」
「やだ」
「その枝は僕が賜ったものだぞ!」
「盗んだからには彼のものだよ」
「ならば力づくでも……!?」
その時竜太郎とオーレンハイトたちの間の空間が避ける。
「……うちの勇者に手をだしてもらったら困るぜ」
「私の、スライムにも……」
現れたのはユーリ=イグニスとジクルビクニアだ。
同級生の中でも最強の一角である二人を前にしてはさすがのオーレンハイトも分が悪い。
「へへーん、ネズミなら何とかなると思ってたでしょ?」
そして今やレットは虎の威を借るネズミである。
「……わかった。では一週間だけ待ってやる」
「一週間だけぇ?」
「……僕だって慈悲がある。考える時間や覚悟する時間が必要だろうからな」
不利な立場にたってもなお、高慢なオーレンハイトの態度にレットは訝しがった。
「どういうことよ?」
「資格なき者がその枝を使えば死ぬ」
「え……」
さっそく帰ったらすぐに使おうと考えていた竜太郎はひるんだ。
「人間よ、願いは叶うだろう。だが代償はその命だ。
その枝は僕が賜ったものだから、お前が使う資格はない」
神の残酷な宣告に、一人と三匹と三体の神は顔を見合わせた。
「オーレンハイトのやつう、あんな罠仕掛けているなんて!」
竜太郎たちをもとの世界へ送った後、三体の神も学び舎に戻ってきていた。
さすがに勇者はショックを受け、あの天使ですら無口だった。
「だが、神宝なんてそんなものだろう?」
「でもさあ……あれ?ジクルちゃん、どうしたの?」
歩き出した二人に対して、立ち止まったままのジクルを振り返る。
「ううん……二人の仲を邪魔しては悪いと思って……」
「え……」
にこにこと笑うジクルビクニア。
レットは頭の中でぐるぐると、
(オレ、ゲイがばれる→オレとユーリが仲がいい→オレとユーリがそーいう仲だと勘違い!?)
その隣で頭を抱えるユーリ=イグニス。レットは思わず叫んだ。友の為に。
「そ、それは違うからあああああっ!」
ユーリ=イグニスの不幸伝説がまた一つ増えた。