闘神検定試験実施中!
父たる神が剣を投げる。
それは荒れ狂う海に刺さり、そこに島ができた。
そしてその剣に雷が落ち、その衝撃でユーリ=イグニスは生まれた。
ユーリ=イグニスは由緒正しき神である。
闘神の神格も持ち、ある世界で主神である父を持ち、その身も武器の代表格とも言える剣から生まれた。
さらには自身も強い力を持ち、剣技においては同じ神であろうと他を圧倒していた。
外見も、剣をふるうに相応しい体格と、男らし過ぎない、甘い顔立ちを持っていた。
と、何かにつけて完璧である。
だが、そんな彼はこの神の学び舎である一つの伝説を作っていた。
その時、ユーリ=イグニスは廊下の角を曲がった先で、ジクルビクニアが誰かと話していることに気が付いた。
「クオンツアイト先輩……」
「その後はどうだい?ジクルビクニアさん」
彼の以前の対戦相手、ジクルビクニアの前任者とも言える闇の神クオンツアイトだ。
「ええ、みなさん優しくて、助かっています……」
「そうか……それは良かった」
Qはにっこりと笑った。クオンツアイトもまた、邪神系らしからぬ優しげな外見と性格の持ち主だ。だがそれでも仕事中は毅然と邪神として振る舞う彼を、ユーリ=イグニスは尊敬していた。
だが……
(……)
なんとなく、ユーリ=イグニスはいやな予感がしてきた。
「彼らは魔王や魔族らしくないから心配していたんだが……君になら任せられそうだ」
「そう言って頂けると嬉しいです……」
「これからの彼らのこと、よろしく頼むよ」
「はい……」
和やかに穏やかに話し合う2人。とても邪神コンビとは思えなかった。
(……)
「なーにやってるの?」
「!」
ユーリ=イグニスは背後から友人の泥棒の神リットに声をかけられてびくりと体を震わせた。
彼ともあろうものが、二人の会話に気を取られすぎて、近づいてくる気配に気が付いていなかったのだ。
視線だけ振り返る。何かを悟った友人もこっそりと壁から同じ方向を覗き込んだ。
「あー……」
リットも、何かを予感したらしい。
しばらくして、会話を終えた2人が別れた後、意を決してユーリ=イグニスはジクルビクニアに近づいた。
「や、やあジクル……」
あまりの不自然さにリットは笑いをこらえるのに必死になった。
「ああ、こんにちは、ユーリ君……」
ジクルビクニアはいつにも増してぽーっとしていた。
「い、今先輩と何を話してたんだ?」
立ち聞きされていたことにも気づかずに、ジクルビクニアはおっとりと答えた。
「引き継ぎの話をしていたわ……」
「そ、そうか……」
それだけなら安心だ。そう思った瞬間。
「……先輩って優しいひとね……」
リットを振り返る。
彼はもう笑うのをやめ、こちらを同情のまなざしで見つめ返していた。
ー才能ある勇者を召喚したと思えばヘタレだった。
ー好きな娘はこちらの気持ちにまったく気づかない。
ーさらにはその娘は尊敬している先輩に惚れたっぽい。
……ユーリ=イグニスは何かにつけて不幸が悪いことで有名だった。
「ねえ、ユーリ」
失意のままユーリ=イグニスが廊下を歩いていると、同級生の女神が声をかけてきた。
「ああ、ファーマミーア」
美の神ファーマミーア、千の顔を持つ乙女ファーマミーア。男は彼女に自分の理想の女を見ると言う。
見る度に姿が違う彼女は、胸を強調するポーズを取りながら甘えた声で、
「落ち込んでいるみたいだけどぉ、だいじょうぶ?」
「たいしたことじゃない」
そんな彼女の胸をいっさい見ずにユーリ=イグニスは答えた。一途な彼はジクルビクニア以外の女性に興味がなかった。
「そんなこと、言・わ・ず・に
相談に乗るわよぉ」
「いや、別に」
「今、ジクルいないんでしょ、だ・か・ら」
「だが……」
「あ、ミーアちゃんじゃん」
そこにリットが現れた。
「友人」
「なにやってるの、ミーアちゃん、今度遊ぼうよ」
軽い口調のリット。ユーリ=イグニスが視線を外した裏でpが舌打ちをする。
「あんたとは遊ばないわよ」
「え、ざんねーん。じゃあユーリと遊ぶわ」
リットはユーリ=イグニスの肩をつかんだ。
「あ、ああ……」
「でも男同士だけだとつまらないから、いっしょに遊ぼうよ」
「はあ……あんた相変わらず軽いわね」
ファーマミーアはため息をつきながら首を横に振る。
「女好きの泥棒の神様だもん」
「他の女を相手にして頂戴。
また今度ね、ユーリ」
ユーリ=イグニスにだけは愛想よく挨拶し、尻を振りながら去っていった。もっともユーリ=イグニスはその尻すら見ていなかったが。
「……相変わらず不幸だね、ユーリは」
「……何が?」
ファーマミーアがユーリ=イグニスのことを好きなことは、ユーリ=イグニスがジクルビクニアのことを好きなことと同じくらい有名だ。そして当のお相手たちがまったくその件に気づいていないことも有名だ。
ユーリ=イグニスにとって不幸なことは、まったく気のない相手に好かれていることもそうだが、美人に好かれていることを他の神々に妬まれていることだ。
「でもユーリもよくいつもミーアちゃんだってわかるよね。彼女いつも顔が違うのに」
「わかるだろ。歩き方とか、間合いとか、いろいろ」
戦いの神ならではの判別法だ。
「あーうん、顔見ていないのね……」
(毎回がんばっているのに、ミーアちゃんもかわいそうに……)
「ところで」
「何?」
「近いよ。友達だろ」
「あ、ごめん」
リットは距離を取った。
そのころ、ジクルビクニアは魔王とその眷属たちに会いに来ていた。
本来なら、あまり直接的に神はその庇護する相手に干渉しない。裏から加護の力を送ったりとか、ユーリ=イグニスのように天使を遣わしたりする。直接に関わったとしてもせいぜい、その世界の選ばれしものだけだ。
だが、ジクルビクニアは直接ヒトと関わるのが好きだった。
故にこのような、神から見れば本当に取るに足らない存在である、スライムなどにも気さくに話しかけたりする。
「彼らも私の仲間なのね……」
「仲間などとはおそれおおい……」
魔王ウリリエシヴァが恐縮しながら答えた。
「ジクルビクニア様には申し訳なくも、私は見たとおり、魔王の中でも力ない方でして……私の眷属はコウモリとこのスライムだけなのです……」
検定試験の中で、神々が加護を与える勇者や魔王はくじ引きで決まる。
この魔王を引き当てた時、前任者はため息をついた。後輩に付き合っての試験だったからよかったものの、これが自分の本試験だったら目も当てられない。
だが、実際はその後輩のほうがもっとはずれを引いたわけだが。
「あら……コウモリとスライムなんてかわいくていいじゃない……」
「ありがたく存じます……」
ウリリエシヴァは深々と頭を下げた。なんとやさしい女神だろう……自分のような弱小であるが、彼女の元でなら生きていけるかもしれないと希望がわいた。
しょせんやられ役として受けた生だとあきらめていたのだが……
ジクルビクニアの足元にいたスライムたちが身を震わせた、何か伝えたいことがあるらしい。
「こら、お前たち。ジクルビクニア様に失礼なことを……」
「いいのよ……何かしら」
優しき女神は足元の取るに足らない者たちの、声なき声を聞き取ろうとするかのようにしゃがみこんだ。
「……そう、そうなの。
いいわ、お話させてあげるわね……」
彼女はやさしい笑みを浮かべると、そっとその二匹のスライムをなでた。
竜太郎はようやく家の外に出て戦う決心をつけた。
ジクルビクニアとの邂逅のあと、まだぐずぐず迷っていたのだが……それでもこのままではいけないと、かつて着た、鎧をひっぱりだしてきた。
「よ、よし!」
「……その『よし』って言葉は聞き飽きました。とっと着れるものなら着てください」
天使クレスエルがあきれた声で言い放つ。
「う、うるさいな、今、着るぞ!すぐ着るぞ!」
「はいはい」
(やってやる!)
クレスエルに馬鹿にされて頭に着た竜太郎はその勢いで鎧を身にまとおうと……まとおうと……?
「……この鎧、小さくなってない?」
鎧がきつくて身にまとうことができなかった。
「鎧は変わってません」
「えー?なんか入らないぞ」
「そりゃ入らないでしょう。そのおなかなら」
竜太郎は自分の腹を見た。そう言えば、心なしに腹が出ているような気が……
「……か、鏡!」
「洗面所の鏡なら、落ち込んだ自分の姿を見るとなおさら落ち込むからって、ずっと前にしまっちゃったでしょう?」
「いいから、どこ!?」
「倉庫でーす」
竜太郎は転げそうな勢いで倉庫の鏡の前に立った。自分の姿を見るのは実に数ヶ月ぶりだ。
「な、な、なんじゃこりゃああああああっ!」
「そりゃ、数ヶ月も食っちゃ寝食っちゃ寝してたらそうなるでしょ」
少なくとも食うほうの原因を作ったクレスエルが無責任に言い放つ。
「あああああああ」
竜太郎は頭を抱え込んだ。
「……ダイエットしましょうか?」
「そんなん、いつ魔王倒せるようになるんだよ!」
「さあ……でも」
とクレスエルがいいかけて、誰かが彼らの家のドアをノックした。
「え……」
また女神がきたのかと、竜太郎はどきっとした。あの美しい人とまた会えるのはうれしいが、敵であると考えると怖い。
「はいはーい」
だがクレスエルがかるい調子でドアを開けた。
「ちょっと待て!心の準備が……」
「おやー?あなた方は……」
(『がた』?)
びくびくしながら竜太郎がドアの外を覗き込む。
「ひいいいいい」
そして腰を抜かした。そこにいたのは二匹のスライムだった。
スライムに自分を殺された竜太郎は、すっかりスライム恐怖症になっていた。
「た、たす、たすけ……」
後ずさる竜太郎に二匹のスライムは声をそろえて言った。
「ごめんなさい、勇者さん!」
「た……え?」
クレスエルのはからいによって、二匹のスライムは勇者の家の中に上がりこんだ。竜太郎は相変わらず床から立ち上がれずにいたが、どうにか動揺を押さえ込んだ。
「ボクたちが勇者さんの死因になっちゃったこと、あやまりたくて……」
「お、おう……死因?」
殺したことではなくて?
「勇者さんがボクのトモダチと戦っているのを見て、ボク、トモダチを助けてたくて、勇者さんの足にまとわりついたんだ」
「う、うん……」
そういえば、そういう状況だったような……竜太郎は数ヶ月前の記憶を引っ張り出していた。
「そうしたら勇者様が転んでしまって……たまたま頭の後ろに大きな石があって……」
「え?」
「ごめんなさい、勇者さん!ボクせいで死んでしまって!」
「勇者さん!彼は悪くないの!ボクを助けるためだったから!怒るならボクを怒って!」
竜太郎は硬直した顔をクレスエルに向けた。
「なあ、俺が死んだ原因て、スライムに殺されたんじゃなくて……」
「転んで石に頭をぶつけたからでーす。だから兜かぶることをお勧めしたのに、勇者様、かっこわるいっていやがるから」
「……うがあああ!」
突然叫びだして頭をかきむしり始めた竜太郎に、スライム二匹は驚いた声を上げた。
「だ、大丈夫勇者さん!」
「やっぱりまだ打ち所が悪かったんじゃ……」
「大丈夫ですよ」
天使が妙に冷静になって答えた。
「青春のあれやこれやですから」
「落ち着きましたーあ?」
その後、七転八倒を経て、どうにか竜太郎は落ち着きを取り戻した。
「ああ……」
「それにしてもあなた達すごいですねぇ、ジクルビクニア様に力を引き上げてもらったんですか?」
「あーはいはい、すごいスライムですねぇ、勇者倒すなんて」
「何すねてるんですかあ。それに勇者様は自滅ですよう」
「うっせ」
「それにすごいって言ったのはそういうことじゃなくて。普通スライムは人語を話せないのですよ。レベルがあがらないと無理なのです。今、彼らはレベル10ぐらいありますね。ざっと今の勇者様の100倍です」
「……は?100倍ってなんだよ?計算できないのか?俺だってレベル1以上はあるはずだろ」
「いいえ、今の勇者様はレベル0.1です」
「0.1ぃ!?」
聞いたこともない数値に竜太郎は驚きの声を上げた。
「何それ視力検査?」
「目はいいでしょ、勇者様」
「勇者だけ百分率でレベル表示とか?」
「ひゃくぶんりつ何それ美味しいんですかあ?」
竜太郎は立ち直りかけた心がぽっきり折れる音を聞いた。
「ゆ、勇者さん大丈夫!?」
「それだけ太って、なおかつずっと運動してなかったんです。かつての強さの10分の1になっていてもおかしくないでしょ
まあ、まずはダイエットですねぇ、勇者様」
「えーっと、なんだかわからないけど、手伝うよ!勇者さん」
「うん、ボクたちの責任だし、がんばろう!勇者さん」
竜太郎は両手で顔を覆った。
「なんか、また勇者落ち込んでるんだって?」
「ああ……」
学食にいたユーリ=イグニスに友人が話しかけた。
「まあいいよ。ジクルが受かってくれれば」
「なあ、ユーリ。闘神なら闘神らしく、戦いで試験受けたらいいんでは?
大体戦神系列はそういう試験受ける奴、多いだろ」
また別の友人がユーリ=イグニスに提案する。途端、渋い顔をしたユーリ=イグニスの代わりに事情をよく知っているリットが答えた。
「……お前、知らないのか。ユーリはとっくにそのお題で試験を受けてるんだよ、10回も!でも全部不戦勝なの!」
「え?何それ?」
「相手に急用ができたり、相手が怪我したり、おなか痛くなったり、とにかく、相手に何か起こって試合にこれなくなるんだよ……もうみんな不気味がって試合受けてくれないらしいよ」
「マジか……」
かといって不戦勝では試験に合格できない。闘神なら闘神らしく、きっちり戦いをして、勝敗をつけなくてはいけない。
ユーリ=イグニスが重いため息をついた。
「お前どこまで不幸なんだよ……」
「じゃ、じゃあジクルビクニアに試合受けてもらえば?彼女いい子だし、逃げないだろ」
「……それはもっと無理」
「そうだよな、彼女を傷つけるとか……」
「それもあるが……あいつ、すごく強い」
「え?そーなの」
「まあ、生粋の邪神だしねぇ……実際他の戦神の子が同じようなこと考えて彼女に戦いを挑んだけど……ボロ負けしてたよ」
この試合による試験において、八百長や手心は厳禁である。それが故にジクルビクニアは相手のためにいっさい手を抜かなかった。
「俺だってジクルと闘って負ける気はないが……お互い深い傷を負いそうだしな」
「ま、やれないよね」
またもや深いため息。
そこに……
「ジクルビクニアさんのうわさかい?」
通りがかった先輩がユーリ=イグニスに声をかけた。
ユーリ=イグニスが礼儀正しく、席をたって礼をする。
そんな彼にまたも不幸が襲った。
「……彼女、かわいいね」
ぼそりとつぶやく先輩。
ユーリ=イグニスは硬直した。
ー尊敬している先輩に彼女を取られそうになる。
ユーリ=イグニスの不幸伝説の更なる更新に、友人達は彼に同情の視線を送った。