タカコサン
私が通う小学校はね、この町では一番古くて、築50年のとにかく校舎が古い学校なんだって。
歴史があるって大人たちは言うけれど、隣町に行けば開校100年を超える小学校もあったりするの。逆に古すぎて既に校舎は私の学校より新しい。校舎の歴史だけが古かったって、私たちには何のいいことないのにね。サビくさい味のする水が出る学校なんて、ここだけじゃないかな。
「おはよう。美優ちゃん」
「おはよう、若葉ちゃん。今日も暑いね」
若葉ちゃんは1年生の時からずっと一緒に通学しているお友達。今は通学時間帯なので、通学路に指定されたこの道を、同じような小学生が沢山歩いている。今日はなぜか立ってる大人が多かった。PTAの札を首に掛けているから、誰かのお父さんかお母さんなんだろうけど。
「今日さ、立ってる大人の人多くない? いつも、横断歩道の所に交通安全パトロールの人がいるだけでしょ。どうしたんだろうね?」
「え? 美優ちゃん知らないの? 昨日、5年生の女の子が学校でいなくなったんだよ」
「あー。知ってるよ。学校が終わっても帰ってきてないんでしょ。警察メール見て、お母さんが騒いでいたもん」
若葉ちゃんは上に高校生と中学生のお姉さんがいて、色々なことに詳しい情報通。でも、昨日から行方不明になっている女の子の話は私もお母さんから聞いていたから知っていた。
「その様子だと知らないんだね」
何故か訳知り顔で言う若葉ちゃん。
「何を?」
警察のメールはそれ以上の事は書かれていなかった。不思議そうな私に、得意げに若葉ちゃんは言う。
「タカコさん」
「え? たかこさん?誰それ」
意味深に若葉ちゃんは笑いながら水筒を触っている。遠足の時に使っていた水筒とは違う水筒だった。
「何なに? オレたちにも聞かせろ!」
同じクラスの男子が3人来た。通称3バカトリオだ
「ふっふーん。私の情報は安くないのよ。3バカトリオに教えるワケないじゃない」
「なんだと、若葉!」
3バカトリオの1人、三石が若葉ちゃんに飛びかかるが、ヒラリと躱して若葉ちゃんは小学校へ走って行く。クルっと振り返って、
「ばーか。ばーか。3バカトリオ!!」
と言って、また走って行った。3バカトリオは若葉ちゃんを追いかける。
まぁ、いっか。そう思って歩き出した私に後ろから声がした。
「美優ちゃんおはよ!」
「おはよう。一歌ちゃん」
「全く、3バカトリオには困ったものね」
「本当だよ。若葉ちゃん先に行っちゃったんだから」
話しながら歩いていると、ふと水筒に目が行った。
そう言えば、若葉ちゃんも今日は水筒を持ってきていた。
「ねぇ、一歌ちゃん。今日はなんで水筒を持ってきているの? 若葉ちゃんも持ってきていたんだよね」
私がそう言うと、一歌ちゃんはビックリした顔で言った。
「えっ? 知らないの?」
「何が?」
一歌ちゃんは少し、困った顔をして、
「うーん。じゃ、こうしよう。美優ちゃんには私のお水を分けてあげる。飲みたくなったら言ってね」
そして、ニコっと笑って続けた。
「今日の朝、学校メールで水筒を持ってくるようにって配信されていたんだよ。気付かなかった?」
「え? そうなの? もう、お母さんったら」
よく見ると、ほとんどの子供たちが水筒を持ってきている。
「見て。制服を着た警察官がいるよ」
「あ、本当だ」
校門の前には校長先生や教頭先生の他に、制服姿の警察官だ2人いた。警察官の前で敬礼をしているのは1年生だろうか。警察官も笑顔で敬礼をしている。
2時間目が終わった中休み、私は1人でトイレに行った。トイレは中央階段の横にある。
円柱形のトイレを学校の階段の横に建て、後から中央階段の壁を壊して繋げて作ったらしい。校舎に歴史があるとは、この円柱形のトイレ、通称、円形トイレが珍しいことから言われていた。
中央階段と円形トイレを結ぶ廊下があって、壁の両側に手洗い場と鏡が付いている。鏡は当然合わせ鏡になっていた。怖い話が苦手な私は、この合わせ鏡の前を通るのが怖かった。何かを見たことは無いけれど、いつも嫌な感じがするからだ。足早に通り過ぎて、トイレに入る。
入った瞬間、ゾクっとする。
夏休み間近の暑い日なのに、窓も開けていないトイレがとても寒い。円の内周に沿って並んだ個室から見えるトイレも、いつもと違って怖く見える。
昨日、行方不明になった女の子がいるから、怖いって思ってるだけよ。そう考えて私は一番近くにある個室に入った。
トイレから出た私は、思い出したかのような夏の暑さで急激に喉が渇く。合わせ鏡の前に立ち、私の顔や前の鏡に映る後ろの鏡に映っている私の後ろ姿も見る。何も変わっていない。5つずつ並んだ合わせ鏡全てに映る私の姿。
いつもの私だった。
ほっとした私は手洗い場で手を洗い、そのまま蛇口を上に向けて水を飲む。
!?
いつもより酷いサビの味がした。
ううん、サビと言うよりは怪我をしたときに舐めた血のような……。
思わず水を吐き出してハンカチで口を拭く。
考えすぎよ。ただ怖いだけ。
水を止めて、鏡を見る。
特に変わった様子は無かった。怖いけど、他の合わせ鏡になった鏡も見た。何でもない。そう考えて教室に戻った私は気付かなかった。
一瞬。
女子トイレに一番近い鏡に映っていた私が振り返ったのを。
教室に戻ると、女子は仲良しグループで固まって水筒の中身の話をしていた。水じゃなくジュースを持ってきている人がいたりで、ピクニック気分だ。
私は若葉ちゃんと一歌ちゃんを見付けて話しかけた。
「一歌ちゃん、お水ちょうだい」
「うんいいよ。ちょっと待っててね」
一歌ちゃんが水筒を取り出していると
「美優ちゃん、どこ行ってたの?」
と、若葉ちゃんが聞いてきた。
「トイレ。実はさっき水道のお水を飲もうとしたら、すごい変な味がして飲めなかったんだ」
「ええ?!」
「嘘?!」
瞬く間に教室中が大騒ぎとなる。
中には、なぜみんなが騒ぐのかわからない人もいた。当然、私もその1人だった。
「マジでー?やるなー、お前」
「スッゲー。チャレンジャー現る!」
「え? コイツ。ホントに何も知らないのか?」
3バカトリオが聞いてくる。
「え? 何のこと? なんか、ヤバかったの?」
怖くなって私は若葉ちゃんを見る。若葉ちゃんは真っ青な顔をしていた。不安になって一歌ちゃんを見る。
「と、とりあえず。うがいしましょ。少しは違うかもしれないし、ねっ?」
と、一歌ちゃんはお水をコップに入れて、廊下の隅にある掃除用の洗い場に連れて行ってくれた。水でうがいをすると、変な味が無くなってスッキリする。
「大丈夫?」
「うん。何ともないよ。お水もほとんど吐き出したから」
教室に戻ると、それまで大騒ぎしていた教室が一斉にシーンとなる。
みんなが私を見た。
怖い。
誰も見ないようにして私は自分の席に座ると、若葉ちゃんが私の前まで来た。
「美優ちゃん、怖がらないで聞いてね」
若葉ちゃんはとても真剣な表情だった。
「うん」
静まり返った教室。
今が休み時間だなんて信じられない。授業中だってもっと賑やかなんじゃないかってくらい静かにみんなが若葉ちゃんの話に注目していた。
「この学校に伝わる話で、『タカコさん』がいるの。
タカコさんはキレイなものが大好きで、たまに、気に入ったものを見付けると隠しちゃうんだって。学校に、関係の無いものを持ってきちゃいけないから、取られちゃっても仕方ないのかもしれない。
ただし、タカコさんから取り返したら絶対にダメなの。タカコさんがその子ごと連れて持って帰ってしまうから。
昨日の5年生の女の子は、多分、タカコさんに連れて行かれたんだと思う。そして問題はその後なんだ。
理由はわからないけど、たまに学校の水が変な味に変わるらしいの。そして、その水を飲んだ子も行方不明になるんだって。
上のお姉ちゃんが小学3年生の時にもタカコさんに連れて行かれた子がいたんだ。水を飲んでしまった子も沢山いたみたい。本当かどうかはわからないけど、行方不明になった子たちは、タカコさんに連れて行かれた子が助けを求めて、それで道連れになったんじゃないかって言われているの」
「えっ! じゃぁ、私も……?」
「わ、わかんない」
助けを求めるように若葉ちゃんは一歌ちゃんを見る。
「大丈夫よ。私たちが美優ちゃんを守るから!」
「そうよ。私たちもいるから!」
「そうだそうだ! 6年1組全員で守ろう!」
「「「おおー!」」」
こんなに盛り上がったのは6月にやった運動会くらいだ。
みんなで私を守ってくれる、と聞いて私は嬉しくなった。
そして、何事もなく放課後になった。
守ってくれた? クラスメートにお礼を言い、私は一歌ちゃんと一緒に家庭科室に向かう。今日はクラブ活動の日。私と一歌ちゃんは家庭科クラブだった。若葉ちゃんはバレーボールクラブなので、別々になる。
「いい? 今日は絶対に一緒に帰ろうね! クラブが終わったら教室で待ち合わせだよ。家庭科クラブが先に終わるだろうから、絶対に2人で待っててよ!」
「わかったよ」
「もう時間なんでしょ? 絶対に待ってるから早く体育館に行きなよ」
「絶対に待っててよ!」
若葉ちゃんはそう言って体育館に走って行ったのだ。
私と一歌ちゃんは並んで教室の前の廊下を歩く。私たちの小学校はL字型の3階建てで、直角に合わさった内角の部分に中央階段と円柱トイレがある。3階は北校舎に5,6年生の教室があって、家庭科室は同じ3階の西校舎の端にあった。中央階段の前を通るとき、視線に気づいてそっちの方を見たけど誰もいなかった。ただ、手洗い場の鏡が並んでいるだけ。
「どうかしたの?」
立ち止った私に一歌ちゃんが不思議そうに聞いてきた。
「ううん。何でもないよ」
私たちは角を曲がると家庭科室へ向かった。
家庭科クラブが終わり、私たちは教室に戻ってきた。
この頃には、もう私は変な味のする水を飲んだことも『タカコさん』のことも忘れていた。
「若葉ちゃん遅いね」
「そうだね。片付け当番だったのかな?」
「若葉ちゃん、私たちが先に帰っていないか気になってるだろうね」
「うんうん。絶対そう思う」
笑いながら話していると、あっという間に時間が経つ。
若葉ちゃんが教室に来たのは、それから10分後のことだった。
「ごめーん! 待たせて」
若葉ちゃんは走りながら教室に入ってきた。
「あはは。いいよ、いいよ。片付け当番だったの?」
一歌ちゃんが笑いながら聞く。
「ううん。中条先生の話が長引いただけ。もう、本当に話が長いんだから」
「ご愁傷さま。さ、帰ろう」
一歌ちゃんが教室を出て行く。
「うん」
返事をして、私はドアの所で立っている若葉ちゃんの横まで行く。廊下からは一歌ちゃんが、
「はやくはやく!」
とせかしてきた。
生徒玄関に近い階段は北階段なので、中央階段は使わない。教室を出るとき、チラっと中央階段のある方を見た。特に何も変わらなかった。私が廊下に出るとすぐに若葉ちゃんも廊下に出て、私たちは北階段に向かって歩き出した。
「……」
声?
ふと、何かが気になって私は後ろを振り返った。
トイレから出てきたのか、中央階段の方から女の子が1人、歩いてくる。誰だかわからなかったから、多分5年生だろう。
「ねぇ」
その女の子が声を掛けてきた。
ゾクッ
結構な距離があるのに、その女の子の声がハッキリと聞こえる。
「私と一緒に帰ろう?」
体が金縛りにあったかのように動けない。その女の子は段々と近づいて来る。
「美優ちゃん?」
一歌ちゃんの声がどこか遠くから聞こえた。
「ねぇ。私と一緒に帰ろう?」
嫌だ。怖い。
何も言えず、体がガタガタと震えだす。
「ワタシ ト イッショニ カエロウヨ」
恐怖で女の子の声がスロー再生のようにゆっくりと聞こえてきた。
「ネェ ワタシト イッショニ イコウヨ」
何故だか、口の中に今日飲んだ学校のザビくさい水の味が広がってきた。
イヤダ! イヤダ! イヤダ!!
気持ちとは裏腹に、足が1歩前へ出る。
1歩、2歩。
女の子は私に近づいて来る。
私も女の子に近づいて行く。
イヤダ! コワイ!!
「ワタシト イッショニイコウ ……タカコサンノトコロヘ……」
私は女の子の手を取った。
気が付くと私は病院にいました。
あの日、若葉ちゃんは水の入った水筒の他に、内緒で日本酒を入れた水筒も持ってきていたそうです。
私の様子がおかしいことに気付いた一歌ちゃんが私に水をかけたら、私が倒れたそうで、それを見た若葉ちゃんは、その日本酒を私の周りにかけたのだそうです。
倒れた私は救急車で病院に運ばれました。
若葉ちゃんが先生を呼びに行っているときに、倒れた私と一緒にいた一歌ちゃんの、『音を聞いた』との話から、先生と警察官が見に行ってみると、
手洗い場の鏡が全部濡れていて、その前に7人の子供たちが倒れていたそうです。
すぐに気が付いた子供に話を聞くと、何故倒れていたかはわからなかったらしいのですが、学校の水を飲んでいたそうで、倒れていた子供たち全員が学校の水を飲んでいたことがわかりました。
水が関係しているのか証拠はありませんが、次の日にはもう、水はいつもと同じ少しサビくさい水に戻っていました。
行方不明になった5年生の女の子は今も見つかっていません。
今もタカコサンと一緒にいるのでしょうか?
あの女の子は『タカコサンのトコロヘ』そう言っていました。
あのとき、私は一歌ちゃんと若葉ちゃんに助けてもらっていなかったら、私もタカコサンのところに連れられていたのかもしれません。
ネェ。
学校に必要ではないものを持ってきては イ ケ ナ イ ヨ 。
やっと完成しました。
書いてる途中、時折、誰かに見られているような気がしたり、寒気がしたりして全然進まなく、書き終わらないんじゃないかと思いました。
その割には、大して怖くないかもしれませんが(笑)
この話に出てくる、前日行方不明になった女の子のお話を「魅入られる」で書かせていただいています。
それぞれ単独でお読みいただける内容ですが、ご興味がありましたら、合わせてお読みください。
ご読了、ありがとうございました。