34話 早熟
34話
早熟
50階層に戻り、ゲートを利用し1階層に出る。
「おう、スティルじゃねえか、お疲れ」
筋骨隆々なラグビー選手のような一階層担当のスイーパーが声をかけてきた。
「おう。聞いてみれば、奴隷12人の"掃除人"取得終わったみたいだな」
「ああ、あのヒートクリースだっけか? すっげえなありゃあ!
魔力なんぞそこまでなさそうな奴が使ってもあの威力だからな。
熱線だからずばずば焼き払っちまうし……あれがあれば超効率だ!」
筋肉から汗を迸らせながら熱く語る筋肉に、会話を切り上げて帰りたくなった。
気持ちはわからないでもない。
あの武器、1000万G(1~2億円相当)……出すところに出せばもっとするらしいのだ。
戦闘要員は金を稼げるこの世界でも、ありえないがまったく大きな怪我をせず連日戦争やら迷宮やらに行っても、真っ当に稼げば諸経費を計算すれば10年がかりでも買えるかどうか。
それこそ一発逆転の博打でも打たなければ。
……まあその博打に溢れかえっていると言ってもいいのがこの世界なのだが。
スイーパー達は、危険度に比べれば実入りが大きいのでとてもいい仕事をしていると思えるのだが、その反面、真っ当な稼ぎしかないので逆転なぞないのだ。
「お陰で助かってるよ。
俺とオクラは最初に取らせてもらったし、この四人の奴隷の取得で最後だ」
「こっちとしてはずっとやって欲しいところだがな。
なにしろ、狩って稼いだ金の七割はくれるっていうんだ。
まあ仕方ねえか……それだけの武器があれば他にいくらでも稼ぎ方があるからな」
そう、超効率で狩りをして、その七割はスイーパー達にくれてやっているのだ。
儲けはばら撒かねば疎まれるし、ばら撒けばその分、別の道で帰ってくるものだと割り切っている。
「それじゃあ、明日からでも頼む……それじゃあな」
「おっと、ちょっと待ちな」
振り返れば、ずいと首をこちらに寄せてきており、汗臭い顔が眼前に迫っていた。
「あごぁっ」
「あ、いやすまん思わず……余りにオクラっぽくてつい。大丈夫か?」
筋肉に、条件反射で攻撃してしまう癖はなんとかしなければ……。
オクラが物申したげな渋面でこちらを睨んでいるが、元々汚い顔をより歪ませていて目の毒だった。
「て、てめ……」
「すまん、本当に申し訳ない。今度一杯どころか、酔い潰れるまで奢ってやるから勘弁してくれ」
スイーパーのおっさんのあげた顔は赤く腫れており、どこかオクラを彷彿とさせた。
睨みつけてくるオクラ……想像しただけで手が出そうになったのをぐっと堪える。
「ちっ、オクラのせいで酷い目にあったぜ!」
「おい待て、今まで我慢して黙ってたけどそりゃねえだろ……」
スイーパーのおっさんの恨みの篭もった視線に、オクラは項垂れていた。
それにしてもノリのいいおっさんである。
暴力がありふれた迷宮区では、あの暴力もぎりぎりギャグになるから助かった。
「本題だがな、最近鎖鎌のディッケルの野郎がきな臭い動きをしているらしい。
誰かを狙っているという話だが、十中八九お前さんも無関係じゃないだろう」
声を潜め顔を寄せてきた……先程より少しばかり距離がある気がするが。
鎖鎌のディッケルと言えば、レベル90台で冒険者にしては細身の、腕はいいが性根が悪いあまり好かれないタイプの人間だ。
「ディッケルねぇ……確かに急に金を手に入れたのは認めるけど、その分根回しもしているつもりなんだけど」
思わず文句が出てしまう。
これでも気を使って、なるべく反感を買わないようにしているのだが。
その甲斐もあってか、幾度かヒートクリースを狙われたが小規模の攻撃しかなかった。
「ああ、その点お前は非常に上手くやってる。
本当に15かよって思うことはあるが、それ以外なんの問題もねえ」
「……」
「お前さんも、奴隷達も装備は万全。
正直狙っても割に合わねえってのが俺達共通の意見だが……ディッケルの野郎随分と羽振りがいい。
正直あそこまでばら撒いて、元が取れるのかってくらいな。
馬鹿が釣られて結構な人数集まってるみたいだ」
眉を顰めながら話を続けるスイーパーのおっさん。
スイーパーをしている時点で、基本的に安定思考の人間だ。
厄介事が起こりそうで嫌なのだろう。
「ありがとよ、酒を奢る時は浴びるほど飲ませるから覚悟しておけよ」
「へっへ、楽しみにしとくぜ」
これは探りを入れる必要があるな。
■
帰り際、セリアがそっと寄ってきてやんわりと袖を引いてきた。
異例の才能を見せ、どの武器を持たせても習熟の早い彼女は最近の俺のお気に入りだ。
さっそく全ての武器を使わせて、全ての武器の熟練度をとりあえず1まで上げてしまっている。
俺が入手した直後はレベル25で、あれから二月、二倍のレベル差の敵を倒し続け現在レベル45。
圧倒的格上を下し続けたにしても余りに早い速度で強くなっている。
まったく同じ状況でレベル上げを続けてきたリョーコの入手直後のレベルが18で、現在39。
このレベルになってもレベル差が元々のものから1しか変化してないと言えば、その異常さがわかってもらえるだろうか。
「あのー、御主人さま」
「なんだ、人前では話せないことか?」
「あんな話の後に言うのもどうかと思ったのですけど……特殊覚醒称号が、取得できました」
思わず眼を見開く。
やはり[早熟]持ちか、これは詳しく聞かねばなるまい。
「詳しく……いや、宿に戻ってからでいい。俺の部屋に来い」
「はい!」
こちらの身に寄り添い、跳ねるようにはしゃぐセリア。
リョーコがやや剣呑な目付きでこちらを伺っている。
どちらも大分懐いてきているようだな。
(――色々と対策を練った甲斐もあったというものだ)
かつての奴隷仲間に睨まれ疎まれる中、同じ待遇であるビルは手が早く暴力的で恐怖が先行する。
アランは俺の意思をくみ取り行動しているため、女二人に一定以上近寄ろうとしない。
その上で奴隷の扱いが悪いことで有名な労働施設に奴隷数名を連れて挨拶に行ったり。
変態的な欲望を奴隷にぶつけ、壊れてしまえば死体を子飼いの冒険者に迷宮で魔物に食わせる落ちぶれた貴族とコネクションを作ったり……。
つまるところ奴隷に、自分達はいい主人に出会ったと思わせているのだ。
リョーコはともかく、セリアは頭がいい。
俺が意図的に、好意を持たれるように誘導していることは薄々感じ取っているだろう。
男女の情、好意というものは、最も簡単に受けられる最も強い忠誠の一種なのだから。
それでも結局、誰に懐くのが一番得か――言うまでもなく俺である。
女というのはここぞというとき現実主義者の生き物であり、本能で強者を感じ取る者だ。
そう考えれば、歴代に名を残す猛者のほとんどが精力的で、かつ何もせずとも女が寄ってきた……これは当然の帰結なのではないだろうか。
とはいっても、下手に誰か一人抱いて内輪で睨みあうことになっても困る。
風俗関係の人間とのコネクションの為にもいい顧客になっているが……そろそろ次の展開を考えてもいい頃合いかもしれない。
――ああ、そうだ。
「オクラ、情報屋を呼んで鎖鎌のディッケルについて調べさせろ。
……そろそろ情報屋との長期契約を、いや流石に規模と出資が釣り合わないか……」
「おう、じゃあ酒場に……」
嬉々として酒場に駆けだそうとする馬鹿の頭をはたき止める。
「待て、一人で出歩くな。
今出払っている奴隷達は今まで通りの時間に戻した後、外出させるな。
どこまで厄介かわからんからな」
「ほう……」
俺の自室で小さめなテーブルを間に挟み、詳しい話を聞いていたところだ。
『選抜者 才能に愛され、優れた環境でその才を遺憾なく伸ばした [早熟][習熟][万能] 器用富豪:あらゆることを短期間で高水準で身につけられる。』
これがセリアが身に付けた特殊覚醒称号(通称職業)だった。
[早熟][習熟]は文字通り、技能を身につける才能があるということ。
[万能]について聞いてみれば、苦手分野がなくなる……物らしい。
この職業を身に付けたセリアなら、『基礎の塊』や『才能を覆す者』を身につけるのは容易いだろう。
「それで、特殊プロセスの発生時はどんな感じだった?」
思わず身を乗り出しながら、ずいと顔を近づけながら詰問する。
「は、はい、えっと確か……素質で[早熟]、前提条件で称号の武芸多芸、特異状況で連日の上位存在との戦闘、だったと思います」
この感じだと、前提条件や特異状況は一パターンだけではないのかもしれないな。
『連日の上位存在との戦闘』は心当たりがあった。
格上との戦闘であるため怪我をする者が絶えず、休日を挟みながらのレベル上げだったのだが、最近は慣れ連携も上手く取れるようになって、連日のように戦闘をしていたのだ。
特異状況次第で職業の能力が強化されるのか、それともより早く職業を身につけられるのか……。
この世界の人間での特殊職業の前例が少ないため資料が足りない。
今はこれで良しとすべきだろう。
「それで、あのー」
気付けば思考の海に沈み、身を乗り出したままセリアのことをほったらかしにしていた。
顔の距離が近い。
セリアはその色白な頬をほんのりと赤らめながら俯き、魔法道具で良く冷えた水の入ったコップを落ちつかなさげに弄繰り回している。
迷宮から帰還後、風呂に入ることも体を拭くこともなく自室に直行したため汗ばみ汚れているが、汗と同時にフェロモンを振り撒いているかのような魅力がそこにはあった。
鎧を下し、解放感故にはだけ気味な着衣から豊満な谷間が見え隠れする。
もじもじと落ち着きなく擦りあわされている太ももは程良い肉付きで、椅子に隠されて見えない丸みがあり魅力的な尻は、男の原始的な欲求を擽る。
その身から醸し出す、齢十五とは思えぬ色気に思わず唾を飲み込んだ。
これが天然物の怖さか。
娼婦の熟練された手管とはまた一風変わった初々しい様子は、男の芯の部分に背徳感という薪をくべ轟々と燃やしているかのようだった。
「すまんな、新しい事実に興奮し過ぎた」
すっと席に座りなおし、少し温くなった水を捨て魔法道具である冷却の水差しから冷水を注ぎなおす。
劣情に燃えた体が水の通った内側から冷やされ、快感と共にやや残念な気持ちに陥った。
――あのまま欲望に身を任せていれば――。
「ひゃ、はいっ! あ、えっと」
一瞬拍子抜けした表情から、一気に顔を赤面させ取り乱すセリアを尻目に。
「とりあえず汗を流すか。
特殊覚醒称号について何かほかに思い当たること、また新たにわかったことがあったら報告しろ」
しかし経験上、勢いに任せた行動というのは後を引きやすい。
難儀なものだ……自分の性格にやや辟易としながら、風呂場へと向かった。
ちなみに出てくる女キャラは全てヒロイン候補です。
ギルドの妙齢の人もです。
本筋とは今のところ誰でも絡ませられる余地が残されているので、感想で様子を伺いつつにしていきたいですね。
セリア登場多くね?ですって?
リアルエロスって書きやすくてつい……。