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31話 教育





31話

教育








「おいオクラお前食い過ぎだぞ。追加の肉注文してこいよ」


「そう固いこと言うなって!


 おいおっさん、受付行って肉と追加の酒をさっさと持ってくるように言ってこい」



オクラと取り合うかのように肉を貪り、麦酒を煽るように飲む。


さり気無く追加の酒まで頼むとは、相変わらず抜け目のない野郎だ。



幼少期……といっても10歳からだが、マクロを利用して極限にまで身体を鍛え上げているため、俺は15歳にしてはなかなか体格が良い。


オクラのようにゴリラのような体格なわけではなくあくまで年齢相応だが、はち切れんばかりに凝縮された筋肉が詰まっている。


つまりその分食うということだが、既にいつも食う量の優に二倍は胃に収めている。


――原因は十中八九、触手や欠損した腕を取り込んだことだろう。



思考を巡らせながら肉を咀嚼していると、今まさに俺が食おうと手を伸ばした、レア気味に焼き上げた肉汁が滴る骨付き肉が目の前からかっ攫われる。



「あってめ、それ俺が食おうと……『手を止めろ』」



もう我慢ならないと隷属の首輪の『命令』でオクラの手を止めることにした。



「おっ、大人気ないぞお前!


 飯食うのに命令権使わなくたって……」


「黙れ。『10分したら動いてよし』」



にやつきながら、わざとゆっくりオクラの手から骨付き肉を取り上げた。


まったく。


だいたい、御主人様と同じテーブルで同じ飯が食えるだけありがたいと思ってもらわないとな。


恨めしそうな目でこちらを見つめる、総勢16人の奴隷の視線を一顧だにせず……。


おっと、目の前の筋肉ダルマを忘れていた。


総勢17人の奴隷の視線を一顧だにせず食事を進めた。









満足するまで食って飲んで満足した俺は、そのままベッドで寝たいという欲望を抑え、恨めしそうな目線をこちらにむける16人に向き直る。



「さて、ひと通りの説明はこっちの筋肉ダルマに受けていると思うが……。


 俺が今日から、お前達の御主人様だ」



まっすぐ整列し、不安気な目線をお互いに送りあい、困惑した表情をしている16人。


しかし彼らの口から言葉が発せられることはなく、防音の魔法がかけられた部屋に響く音は俺の声とオクラの未だ続く食事の音だけだ。



「突然のことに大いに混乱していることだろう。


 しかし、疑問に答えるつもりも懇切丁寧に説明してやるつもりも無い。


 お前達は俺の質問に馬鹿みたいに答えていればいい」



整列、直立した16人の傍らには、無造作に金品や装備品、アイテムが積まれている。


それらは隷属の首輪の機能でこの場所に呼び出した際、彼らが任されていた市場でのアイテム販売の売上や在庫が主なものだ。


その他に、レベルの低い奴隷達でパーティを組ませ、ビッグ1の低い階層で金稼ぎをさせていた成果もあるが……。


所詮はレベル50以下の稼ぎだ、その額はたかが知れている。



「お前等の元主人のユージ達が、別に保管していた金品やアイテムが保存してある場所がわかる、もしくは心あたりがあるものは自発的に発言しろ。


 ……ああ、黙る命令をしていたんだったな。


 『発言を許可する』」



奴隷たちが集まった当初は、どういうことだこれからどうなるんだ云々と喧しかったため、オクラが喋った順に「教育」をして、黙るように命令していたのだ。


命令は意識的に首輪を発動させないと効果がないのだ。



「ちょっと、どういうことなのよ! 急に御主人様だって……」


「よくわからんがユージはどうなったんだ!? 死んだのか!?


 なら解放してくれよ!」



発言を許可されたため、数人が堰を切ったように叫び始める。


細かい命令……情報以外は発言禁止などはしていないので、このようにこちらの意に反する行動が取れるのだ。


奴隷の管理がずぼらな者が奴隷に殺されることが稀にあるが、このような命令の穴をついた行動をとられた故のことだ。


まあ、普通は最重要の命令として、管理者――御主人様――に害をなすことの禁止など、テンプレートに沿った基本命令をするため滅多に起きうることではないのだが。



「『今発言した二人は黙れ。動くな。呼吸を止めろ』」



ユージは奴隷の教育がなっていなかったらしい。


俺はそこに手を抜くつもりはない。


首輪がなくても命令を聞くように仕込まねばなるまい。



じろりと残りの人間を睨みつけてやると、我に返ったように数人が発言をする。



「あの、予備の装備を預けていた倉庫ならわかります」


「使わない魔法武器は、高価だから分散して預けていました!


 一箇所ですがわかります」


「お金は倉庫に預けるには不安があるので、殆ど自分たちで所持していたみたいで。


 でも、いざという時のお金を荷物に潜ませて預けていたみたいです」



ふむ、現金はあまり残っていなさそうだ。


オリシュを嵌める際に高価なアイテムを使っていたし、エルフのキルエを買うのに500万G使っていたようだからそれは仕方ないか。



「あたし、そのお金を預けていたところ、心当たりがあるよ!


 あたしが店番してる時に魔法書買って行ったでしょ、じゃない、いきましたよね?


 あのお金を渡すとき、連れて行かれた倉庫があるんだ……です!」



こちらの顔をじっと見つめていた女が、はっとしたようにこちらに呼びかけてくる。


見れば、今はフードをかぶっていないがその服装には見覚えがあった。



「お前、俺が軽傷治癒の魔法書を買ったときの、口の悪い店番の女か」


「あ、ああ。ホント、偶然だ……ですね。


 あの、知ってることは自発的に全部話すし、協力的な態度で動くからさっ。


 話が一通り終わったら、何があったか聞かせてくれると嬉しいな、いや嬉しいです!」



その表情には余裕が無いが、精一杯の流し目……のつもりか? を送ってきている。


口調が荒いが頭はまわるようだし、さすがにこの世界で五年過ごしただけあって、自分を危険にさらしてまで他人の心配をすることはないようだ。


当たり前と思わないでもないが、元日本人は性根の根本がどす甘いので暴力に敏感なのだ。


奴隷達の様子を見るに、どうせユージ達もその感性を捨てきれず、奴隷に随分と甘い対応をしていたのだろう。



きつめな目付きだが、なかなか整った顔をしている。


身長は普通か少し高め、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでおり、褐色で柔らかそうな肌、黒髪を肩甲骨(肩の下)まで伸ばし、その髪はなかなか手入れが行き届いているようで、さらさらとなびいている。


なるほど、これで奴隷ならセクハラを試みる男がいても不思議はあるまい。


だからフードをかぶって顔を隠していたのだろう。



「今『自発的に』話をした人間は一歩前に出ろ。


 お前達は、暫定的に奴隷を仕切るリーダーになってもらう。


 機を読めず、阿呆みたいにぼけっとしていた残りの人間は『隣り合った者同士、渾身の力で腹を殴り合え』」



ぎょっとした顔をしながらも命令に逆らえず、ぎこちなくず隣り合った物同士向き合い、交互に殴り合う10人。



「かっ」


「っづ……」


「がほっ、ぐう……」


「ひっ、いや、やごぇっ」



運悪くレベル40台に達している大男と当たった細い体躯の女は、可哀想に崩れるように倒れてしまった。


殴られるのもきついが、殴られた直後に渾身の力で相手を殴りつけるのもまた辛いことだろう。


大半が床に座り込み、腹を押さえて蹲っている。



「……ん、ああ忘れていた。呼吸を止めていた二人、『呼吸を許可する』」



「――っ、ぜえっ、ぜはっ」


「ひゅ、ごほっごほ、げほっ」



今まで息を止めていた2人は、動くなという命令が解かれていないため直立したまま、青い顔をしてヨダレを垂らしながら空気を大きく吸い込んだ。


その顔色の悪さは、呼吸が出来ないというものだけではなく、このまま忘れられて呼吸が出来ずに死んでしまうのではないかという不安からくるものもあっただろう。


まあ意識がなくなれば命令は遂行できず呼吸をしてしまうので、死ぬことはおそらく無い。


この国では奴隷でも殺すと罪にはなるが、戦乱や魔物など死ぬ原因は絶えず、隠そうと思えばいくらでも隠せるので特に問題はない。


奴隷殺害の罪を暴こうとするのは、立場のある人間を追い落としたいがため、もしくは大人数の奴隷が死んだ場合くらいだろう。


とはいっても、殺しても損をするだけなので殺すつもりなどこれっぽっちも無く、恐怖を与えるためにわざと忘れたふりをしていたのだが。



(これで、冷酷で無茶をする末恐ろしい御主人様と思ってくれるだろう。


 自発的に言うことを聞いてくれるようになれば御の字だが……逆らうそぶりを見せなくなってもしばらくは、厳しい対応をしていくべきだな。


 変態サディストじゃあるまいし、別にいじめて喜ぶような性癖は持っていないんだが、そう思われていたほうがなにかと都合がいい)



「ぐっははは! いつものこととはいえ、相変わらずスティルはこええなあ」



天然か計算か、うまい具合にオクラものって来てくれている。


自分が手をあげなかったのも、わざと婉曲的に苦しい手段をとったのも、苦痛よりも恐怖を与えたかったからだ。



自分の身体の自由がきかず、相手の気まぐれやうっかりで死ぬことがあるかもしれない……。


なんて意味のない死。


どれほどの恐怖だろうか。



「クールだ。い、イカス……」



先程のフードの女がなにやらつぶやいている。



「なんだって?」


「あ、いやなんでもない! じゃなくて、なんでもないです!」



頬を赤らめてぶんぶんと首を振る。


なんだ、マゾか変態かこいつ?



「怒らせたらまずいと思っているのだろうが、酷い言葉遣いだな」


「ごめ、すいません。育ちがよくないから……」



青い顔をしながら俯き、ぼそぼそと話している。


機嫌を損ねて罰を受けるかも知れないと怖がっているのだろう。


どうやらマゾではなく、ただのヤンキー女か。



「ふん、まあいい……。


 オクラ、こいつらにも飯を食わしてやれ。ケチるなよ。


 その後は、この女以外を連れて心当たりの倉庫を片っ端からまわってアイテムの回収。


 倉庫の認証は一時的にお前に委託しておく」


「あーよっこらせっ。腹ごなしには丁度いい運動か。


 おらお前等、急いでカッ食らえ! 好きなもん食っていいぞ!」



余程腹が減っていたのか、日頃こんな豪華な飯を食わされていなかったのか、群がるように食卓に飛びつく15人。


ムチの後にはアメ。


何をするかわからない得体のしれない怖さがあるが、気前はいい……こう思わせられれば成功だが、この様子なら大丈夫そうだな。


数人がヤンキー女を哀れみの篭った目で見ている……お仕置きをされるとでも思っているのだろうか。







「おいヤンキー女、名前は」


「や、ヤンキー女……あ、いえ、リョーコだ……です」



「ほんとに敬語が使えないんだな……。


 お前はヤンキー女で十分だな。


 とりあえず部屋に来い。酌をしろ」




そのまま相手の返事を待たず個室に入る。


恐る恐るといった様子で付いてくるが、その歩みは重い。



「ドアを閉めろ。……どうした、随分と浮かない表情だな」


「……いや、じゃない、いえ、あの」


「面倒くさい奴だな。普通の口調で喋ってみろ。許可する」



ベッドに座り、備え付けのテーブルに酒の瓶とツマミ替わりの骨付き肉を置きながらそう促すと、しばらく口ごもっていたが、意を決したように顔を上げた。



「お、犯すのか」



あまりの予想通りの問に笑いが出そうになる。



「なんだ、犯して欲しいのか」


「――っ、んなわけ」


「随分と初心うぶだな。そんな口調の割に、お前処女か?」


「――――」



顔を真赤にしながら、何か叫ぼうと口をパクパクとしているが、やがて観念したように俯いた。



「なんだ、奴隷だったのにユージ達は手を出さなかったのか?」


「……マキが、同郷の人間が汚されるのは見たくないと止めてくれていたんだ。


 それとさっきあんたが息を止めさせた女、あいつがユージ達の相手をして媚を売ってたから」



要は、寝て気に入られることで、飯やら仕事やらの面で可愛がってもらっていたということだろう。



「ほお、そっちの要領はいいみたいだな、あの女」



わざとにやつきながら言ってやる。



「お、お前も一緒だろ!


 くそっ、男は皆そうなんだ……仕方ない、のか」



なにやら観念したように、身を投げ出すようにベッドに座り、仕方ない、しょうがないんだと呟いている。


ふわりと甘酸っぱい、若い少女特有の香りがする。



「……何を言ってるんだか。おいなにをしている。早くしろ」


「――っ! は、はじめてなのにアタシから……!?」



大きく身じろぎをしながら身を引き、目を真ん丸にしながらこちらを伺ってくる。


身じろぎした拍子に上着がずれ、膝下まであったスカートもめくれ上がり際どいラインまであらわになる。


褐色で柔らかそうな肩と鎖骨、細めだが引き締まった太ももが大胆に晒される。


普段見えないような位置も綺麗な褐色であることから、日に焼けたというより色黒なのだろう。


はっとしたように勢い良く着衣を直し、防御でもするように自分の肩を抱いている。


なんだこいつ、めちゃくちゃ面白いぞ。



「くっ……あっははは。


 ……俺は、酌をしろと言ってるんだ」


「へっ?」


「なにをポカンと……」



さらに酌を促そうとすると、ゴンゴンとドアがノックされる。



「おいスティル。来たぞー」


「ああ。入れてくれ」



ぽかんとして、状況がわからないのかきょろおきょろと落ち着かないヤンキー女を、にやけながら観察する。


こいつは、なかなかどうして面白いじゃないか。



そこへ、すけすけのセクシーな服を着たグラマラスな女性が部屋へ入ってくる。



「あら? その子は……複数人プレイってことかしら?」


「へ? ……は?」



娼婦の言葉の意味が数秒遅れて頭に入ってきたのか、新たな来訪者に緊張した白い顔色が一気に赤く変わる。


こんなに血圧が変化して身体に害はないのだろうか、と心配に感じるほどだ。



「ふっくくく、なにをそんなにうぬぼれて考えていたのか知らんがな。


 なんの技術もないマグロ……しかもガキを相手するより、サービス豊富な成熟したいい女を抱く方がいいに決まっているだろう。


 まあ女がいない状況か、どうしても頼むっていうなら抱いてやらんこともないぞ」



「あら酷い人。


 私を褒めてくれるのは嬉しいけど、あんまり年頃の女の子をいじめちゃだめよ?」



怪訝そうに伺っていた娼婦も状況がなんとなくつかめたのか、くすくすと笑いながら話に混ざってくる。


フォローをしながらも余計辱めているのは、天然でなく恐らくわざと……俺にのっかってきてくれているのだろう。


身体も好みだが、トークもなかなか上出来だ。



「ばっ、くそ、この……!」



顔を青赤白ところころ変えながらこちらを睨みつけてきているが……。



「なんだ、出ていかないのか。


 見たいのか? まあ俺は別に構わないが」



「なっ、なわけあるかああああ!」



ずぶわっと擬音が付くような勢いで立ち上がると、すごい勢いで部屋から出ていき……思い出したかのように戻ってきて扉を大きな音をたてながら閉めた。



「あらあら」


「結局一杯も酌をしないで出て行きやがった……」


「あら、私のお酌じゃご不満?」



呆れながら扉を見ていると、つんとした顔をしながらしなだれかかってくる。


先程の若い柑橘類の匂いとは違い、情欲を煽り立てるような甘い香り。


娼婦にありがちな濃い香水の香りはしない。


これだけいい香りがするなら、確かに香水など必要あるまい。




「不満なんかあるもんか……酒もいいが、先に一汗かいておこうか」











30話の特殊覚醒称号の説明に


特殊覚醒称号自体が非常に珍しいが、覚醒称号の複数持ちはもっと稀だ。


歴代でもほんの僅かしか存在しておらず、この国を建国した初代国王もその一人だったらしい。


――初代国王の特殊覚醒称号の『創造主』に『英雄』。


変わり種の俺も流石にここまで特殊なケースではないだろう。


を加筆しました。



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