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夜に預けたオルゴール

作者: 相坂トア
掲載日:2025/12/25

夜は優しい。

 夜の広場は、昼間よりずっと広く感じられた。

 舗装された地面は昼の熱をまだ少し残していて、歩くたびに靴底がかすかに音を立てる。

 噴水は止まっていて、水の代わりに風だけが円を描くように流れていた。


 街灯の光が届かない端のほうに、古いベンチがある。背もたれに触れると冷たい。

 僕はそこに腰を下ろし、ポケットに手を入れた。

 オルゴールは、歩いてきた間に体温を吸ったのか、少しだけぬるい。


 空を見上げる。

 雲の切れ間に、星がぽつぽつと浮かんでいる。


「……ここ、座ってもいい?」

 声がして、顔を向けると女の子が立っていた。

 僕がうなずくと、彼女は一度ベンチを確かめるように触ってから、少し間をあけて座った。

 ベンチが小さくきしむ。


 しばらく、何も言わずに並んで空を見る。

 遠くで車が走る音。風が木々を揺らす音。

 夜は、思ったより賑やかだった。


「星、見えるね」彼女の声が、空気に溶けていく。


 彼女の視線が、僕の手元に落ちるのがわかる。

 ポケットのふくらみ。


「それ、なに?」

「オルゴール」

「見てもいい?」

「いいよ」

「鳴らす?」

「……鳴らない」


 彼女は「そっか」と言って、それ以上は聞かなかった。


 風が吹く。木の葉が擦れて、乾いた音が重なる。

 少し、涼しくなった。


 沈黙は、気まずくなかった。


「開けないの?」

「……こわい」

「ふうん」

 それだけの返事。そこに「ねえ」と彼女は続けた。

 

「今ならさ、ひとりじゃないよ」


 その言葉は、なんだか夜の空気みたいだった。

 僕は少し考えてから、ポケットからオルゴールを出した。


 月の光が、蓋の縁で小さく反射する。

 金属の模様が、淡く浮かぶ。


 指先で蓋を押す。

 小さな抵抗のあと、静けさが開く。


 音は、しない。


「……やっぱり」

「うん」


 そのまま、しばらく中を見る。

 止まった歯車。動かない針。


「でも」

 僕が言うと、彼女がこちらを見る。


「思ってたより、いやじゃない」

「……そうなんだ」


 僕は小さく笑って空気を揺らした。

 少し間があって、彼女が言う。

「悪くないね」


 僕は空を見上げる。

 雲が流れて、さっきより星が増えていた。


「私、そろそろ、帰るね」

 彼女は立ち上がり、ベンチの影から外に出る。

「またね」

 彼女が軽く言うから、僕は少しびっくりして、言葉が出るまでに少し間が空いた。

「……また」


 ひとりになった広場で、僕はもう一度ベンチに深く座り直す。

 オルゴールを握り直す。


 音は出ない。

 でも、夜は静かで、悪くなかった。


 星は、来たときより少しだけ多く見えた。

読んでいただいて、ありがとうございました。

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