第3話 寄り添う場所、受け止める心
静かな森の奥深くに二人は歩いていく。
初夏のこの季節でもこの森の空気は澄んでいて涼しい。
(なんだか見覚えがある。この静かな森……)
「ねえ、もしかしてここって……」
「ああ、もうすぐだ」
アリアは幼い頃にレオンと二人で来た「あの場所」ではないかと予想する。
(あ、聞こえてきた……)
微かに近づいてくる自然の音。
だんだんそれは大きくなり、やがて二人の目の前に現れた。
「うわあ……」
アリアは思わず感嘆の声を漏らした。
二人が訪れたのは、この国で一番大きく荘厳で美しい滝だった。
目を閉じてじっと水の音に耳を澄ませる。
力強い水の音に混じって、向こうの方で小鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「いいよな、やっぱりここは」
「ええ」
レオンの言葉に同意しながら、アリアは滝の流れをじっと見つめる。
数メートルの高さから流れる滝は、水の勢いが強い。
よく晴れた青空と森の自然の色が対比になっており、まるで絵画から飛び出たよう。
「昔、ここに来た時にさ、もう一度来たいって思ってたんだ」
レオンは懐かしさに浸りながら、そう口にした。
一方、アリアもまた彼と一緒で昔を想いながら、豊かな自然の心地よさに身を任せている。
「私もあなたも十歳くらいだったかしら。絵本に出てきた滝に似てるからって、あなたが連れて来てくれたのよね」
「そうだったな。王都から近いけど、意外とみんな知らねえよな」
「そうね。特にこの地域は『泉の聖女』の伝承もあるし、『聖域の泉』のほうが有名ね」
「聖域の泉」は王都郊外にある小さな泉のことである。
初代「泉の聖女」がその手で触れた泉として有名で、地元領民の信仰対象であり、観光客も多く訪れていた。
「覚えてたの? 私が滝が好きなこと」
「ああ、あの日からよく滝の絵を見たり、画集を買ったりしてただろ。なんとなく『泉の聖女』のこともあるから今までここに連れてくるのは控えてたけど」
(そっか。レオンは私が「水」を見たら、『泉の聖女』の妹のこととか嫌な思いするんじゃないかって思ったのね)
アリアは彼の優しい考えに気づき、くすりと笑った。
「なんだよ!」
「いえ、あなたが意外と繊細でそれでいて気遣い屋なんだな、って思っただけよ」
「意外とってなんだよ。俺は普段から気を遣える人間だ!」
「どうかしらね~」
アリアはさらに目を細めて笑った。
そんな彼女の様子を見て不満そうなレオンだったが、今度はじっとアリアを見つめ始める。
「なに?」
「いや、やっぱりお前の笑った顔が好きだわ、俺」
さっきまでの雰囲気とはまるで違う。
茶目っ気を封印した真剣で低い声がアリアの耳に届いた。
「レオン……」
彼はゆっくりと彼女に近づき、アリアの繊細で長い髪を掬う。
「お前はいつも強くあろうとする。けどさ、ずっと強いままでいれるわけねえ。俺はずっとお前の味方でいる。だから、辛い想いも吐き出せ。全部、俺が受け止めてやるから」
レオンの言葉にアリアは目を大きく見開いた。
二人の間に少しの間、沈黙が訪れる。
(そっか、レオンには隠せないのか……)
アリアは彼に背を向けて、滝をじっと見つめる。
大きく息を吸って、吐く。
揺れる心とは裏腹に、真っすぐに流れ落ちる力強い滝の姿を眺め、アリアは唇を噛みしめた。
そして、か弱い声でレオンに尋ねる。
「いいの? 私はあなたを頼っても……」
「ああ」
「強い女になりきれない、弱い私があなたに頼らせてもらって、味方でいてもらっていいの……?」
「当たり前だ。俺が全て受け入れる。だから……」
レオンがそう口にした瞬間、アリアが彼の胸に飛び込んだ。
「うぅ……」
アリアの目から涙が溢れていく。
彼女は縋りつくわけでなく、ただ彼の胸を借りている。
そんな彼女の背に手を回そうとするレオンだったが、その手は宙を彷徨って、そして彼女に触れることはなかった。
レオンはぐっとその手を強く握って、心を抑えた。
(強くありたい。それなのに、泣いてしまう自分が嫌……)
彼女の想いを汲み取ったように、レオンは優しく呟く。
「ずっと強くいなくていい。そんなの苦しいに決まってる。だから、お前が泣きたい時だけでいい。吐き出したい時だけでいい。耐え続けなくていいから。傍にいるから。絶対」
「レオン……」
婚約破棄されて心が痛まないわけがない。
平気なふりをしていても、アリアの心はすり減っていた。
(あの時はなんでもないように振舞えた。でも、やっぱり自分を「いらない」と言われるのは……苦しい)
彼女が自分すら気づいていなかった心の傷に、レオンは気づいていたのだ。
「ねえ、レオン」
「なんだ」
「もう少し、ここにいていい?」
「……ああ」
二人は日が暮れるまで自然に包まれて過ごした──。
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