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第2話 影として

……ここから、俺の物語が始まる。冤罪で命を奪われた男――その名も、“シャドウ・レイ”。


「……シャドウ、レイ……?」


俺はその名を口にした。否、影として存在する“俺”の心が、そう呟いた。


《名は力。お前に授ける名は、“シャドウ・レイ”――この世界における、お前の存在の証明だ》


神と名乗った存在が告げた。


“シャドウ・レイ”。影にして光。矛盾を孕むその名が、妙にしっくりくる。かっこよすぎて、思わず笑った。


「……いいじゃん、それ。めっちゃかっこいい」


最弱? この俺に?


今さら、何を与えられたって構いやしない。問題は“使い方”だ。


「――いいよ。それで充分だ。俺がこの世界で這い上がるには、これ以上の道具はいらない」


《それでは、スキルも授けよう。“影遊び(シャドウ・プレイ)”。人の影を操る力だ。影を操る……つまり、それはすなわち、“人”を操るということ。だが、その力はこの世界において最弱スキルとされている。直接攻撃もできず、制限も多い》


俺は“影”だ。人間ではない。名前だけが、存在を繋ぐ唯一の鎖だ。誰かの足元に寄り添い、壁に溶け、光に逆らって生きていく。けれど、俺は誰の影にも属していなかった。地に落ちた影として、風の中にただ在った。それでも不思議と、恐怖や孤独はなかった。むしろ、何かを掴もうとするような期待があった。


《それでは、異世界に転生する。3つから選べ。1つ目は、エンパイア帝国。この帝国では魔獣やスライムなど戦争など絶えない帝国だ。スリルを楽しむなら結構いいかもしれない。2つ目はキングダム・クロニクルという世界だ。多くの魔法使いが生活する世界だ。こちらは()()()()で平和な世界だ。そして、最後に、ブルーマウンテンじゃ。この世界は、魚人が暮らす世界だ。のんびりして、マイペースなあなたにぴったりかも。そして、この3つのうち1つの世界でお前は、新たな人生を影として》


「ある意味は気になるのだが、昔ファンタジーは好きだからな」

「よし!決めた!キングダム・クロニクルだ!!!」


《では、転生を開始する。よい人生を》


ある日、一人の旅人が森を歩いていた。剣を背負い、鋭い目つきの青年。道なき道を進みながらも、迷いを抱えたような足取りだった。


俺は興味を持ち、彼の影にそっと触れてみた。影の重心をわずかにずらす。すると、彼はふと立ち止まり、地面に落ちていた毒蛇に気づいた。


「……危なかった」


彼は小さくつぶやき、蛇を剣で払いのけた。俺の存在には気づかない。だが、“助ける”という行為が、確かにそこにあった。


その日を境に、俺は人々の影に宿り、少しずつこの世界を知っていった。本当の疲れも、嘘の笑顔も、(レイ)はすべて見抜いている。


レイはその“真実の輪郭”をなぞるようにして、人々の人生にほんの少しだけ干渉した。子どもが転びそうになったときに影で支える。夜道で盗賊に襲われそうな旅人の足元に影を延ばして注意を促す。


どれも些細なことだ。でも、そのひとつひとつが、たしかに“意味”を持っていた。


「……俺は、まだ、ここにいる」


誰に向けた言葉でもない。ただ、影として在ることを、誇りに思えた瞬間だった。


俺はもう、誰かに裁かれる存在じゃない。誰かを裁く存在でもない。


ただ、この世界で、静かに“在り続ける”。それが、シャドウ・レイという名前に込められた、使命なのかもしれない。


夜が来ると、影は長くなる。俺の感覚もまた、広がっていく。


月の光に照らされながら、俺は広い世界を眺める。

山々が眠り、森の木々が囁く中、小さな村の灯がちらちらと揺れている。


誰かが笑っていた。誰かが泣いていた。そのすべてが、俺の“中”にあった。

喜びも、悲しみも、怒りも、愛も。


影という存在は、そういうすべてを映すものなのかもしれない。


いつか、この世界で誰かが道に迷ったら。


そのときは、俺が影となって導こう。いつか、光を見失った誰かがいたら。


そのときは、俺が闇の中で寄り添おう。俺にはもう、何かを守る力がある。


それは剣ではないし、魔法でもない。ただ静かに“そばにいる”力。


それこそが、誰よりも大切な力なんだ。俺の旅も、始まったばかりだ。


名前をくれた神も、最弱のスキルも、今では感謝している。


だって、あのまま終わっていたら、俺は何も知らずに消えていた。


でも今は――


影として、静かに誰かを支え、世界を歩いている。


それが、生きるということなら。それが、俺の“新しい人生”なら。


シャドウ・レイは、ここに在る。


誰も気づかずとも、それでいい。


夜明け前の静寂。風が、草原を撫でる。


その風の中に、確かに一つの影が、ゆっくりと揺れていた。


それが、“シャドウ・レイ”――影にして、生きる者の物語の始まりだった。

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