第7話 目指せOverflowException
魔力測定。
それは、異世界転生における夢のイベント。
あまりの魔力量に測定器が壊れて測定不能になるまでがテンプレだ。
そう、きっと俺も測定器を壊してしまうに違いないのだ。
だって師匠が俺の身体は魔術に特化してるとか言ってたし。
「次……66番、■■・■■■」
周囲には俺と同じ新入生が、学籍番号順で、一列にずらりと並んでいる。そして魔力測定を終えると、即座にクラス分けが行われるという仕組みらしい。
クラスは全部でアイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、アダマンタイトの六種類だ。序列も並べた通り。アイアンが一番下で、アダマンタイトが一番上。なんだかゲームのランクシステムのようだ。
「魔力総量786、魔力出力14、魔力属性は風……シルバーだな」
俺の前に並んでいる新入生が、組分けに次々と撃沈していく。遠くから聞いている限りでは、未だにアダマンタイトに配属された生徒はいないみたいだ。
「次……72番、灰 夏」
おぉ……という歓声があがる。
え、誰?有名人?
列から少しだけ顔をのぞかせて、測定している人物を見てみる。どうやら女の子のようだ、長い黒髪に、すごい一杯宝石のついた魔導書を左手に持っている。お金持ちなのだろうか。
「魔力総量4820、魔力出力159、魔力属性は当然……"空間"と」
「言うまでもないわよ、アダマンタイトでしょ?」
「……」
測定官は、無言で後ろの扉の一つを指差す。あの扉の先は誰も入っていないはずだ。つまり、あそこがアダマンタイトということだろうか。
「まさか、アダマンタイトが私一人……なんてことにはならないことを期待してるわ」
ふっ、と不敵な笑みを浮かべて。夏さんは後ろの俺たちを一瞥する。そして、堂々とした足取りで扉の奥へと消えていった。
確かに、魔力総量も魔力出力も今まで測定してきた人たちとは比べ物にならない。属性……がなんなのかは良く分からないが、空間というのは多分レアなのだろう。少なくとも他にはいなかった。
「次……86番、律」
「はい」
やがて、俺の番が回ってくる。ふ、悪いな後ろの新入生たち。測定器は俺が壊しちまう予定なんだ。
測定方法は、専用のスクロールを使って、測定用の魔術を発動させるという仕組み。スクロールは言ってしまえば魔導書のページを1枚だけ破ったようなもので、1枚につき1つの魔法を書き込めるようになっている。因みに消耗品ではないらしい。安価で量産しやすいので、魔導書よりも一般には普及している。
「じゃあ、このスクロールに手を当てて《魔力測定》ね」
「では、行きますね……《魔力測定》」
ドクン。胸が跳ねる。全身のマナが手のひらに集まっていき、スクロールを通して術式が構築されていく。どうやら全身のマナを体外に全て出力してから元に戻すような魔術なのだろう。採血されているような気持ちの悪さを感じつつ、十秒ほどで魔術は終了した。
「……すいません、86番さん、ここに来る前に魔力消費とかしました?」
「え……別に、今日は何も魔術使ってないですけど……」
「あ、そうですか。じゃあ魔力総量1024、魔力出力32、魔力属性はなしですね」
「え……」
ん、なんか低くない?
いや、別に平均的ではある。周りの結果を聞いてた感じだと、800から900が平均だから、何なら中の上くらいはある……のだけれど、え、マジでそんだけ?
「測り直してもいいですか?」
「あ、そういうのはナシで。じゃあ君はあっちね」
もはやクラス名すら読み上げてもらえなかった。プラチナ……いやせめてゴールドぐらいではあって欲しい……でも属性なし……属性なしかぁ……全属性持ちとか期待したんだけどなぁ……
めちゃくちゃ肩を落としながら、指をさされた扉にとぼとぼ歩いていく。俺の異世界転生の夢、敗れたり。
「……あれ」
扉の先は、小さな教室のようになっていた。教壇と、席が全部で7つ。新入生は結構な数いたような気がするけれど……あまりに席が少なすぎやしないか。
それに、そもそも人が少なすぎる。というか……一人しかいない。ってこの人……
「ふっ、どうやら一人で授業を受ける必要はなくなったみたいね、歓迎するわ、ようこそアダマンタイトへ」
「えっと……夏、だっけ、シアさん?」
「灰 夏よ、フルネームで呼びなさい」
「あっはい、パイシアさんですね」
中国語みたいな名前だな。なんて思いつつ。というか、なんでこの人がここにいるんだ……?
「え、俺……アダマンタイトなの?」
「私と同じクラスってことは、そうなんじゃない? というか、名乗りなさいよ」
「あ、律。リツです……」
「同郷……? ではなさそうね、白髪に青い瞳、どこの出身?」
「どうなんだろうなぁ……ちょっと田舎者なもんで……」
出身とかその辺を突っ込まれるのはまずいな。適当に濁しておこう。
それにしても俺アダマンタイトか。なんだろう、推薦入学だからなのかなぁ……ちょっとズルしたみたいで複雑な気分。
「誰かに似てる気がするのよねぇ……うーん……」
まずい、そうだ俺師匠に結構似てるんだった。調子に乗って髪型まで似せたのはやっぱ良くなかったかもしれない。
シアさんは不思議そうな顔をしながら、俺の顔をまじまじと眺める。誰かーと、助けを求めるように、きょろきょろと狼狽えていると……
「……いてっ」
「あ、ごめん」
俺の後ろの扉が勢いよく開け放たれ、俺はそのまま前に転倒する。いや、扉の前で突っ立ってた俺が悪いんだけども……
「あなたもアダマンタイトなのね!」
「……間違えました」
気怠げな男の声が響く。そして、声の主は部屋から出ていこうとするが……
「あれ、開かない」
「一方通行みたいね、これはあの尊教授の結界魔術で、大学内はあの方の魔術で高度に複雑化されているのよ、この扉みたいに一方通行の扉もあれば、空間と空間を繋げる扉のようなものもあって、この大学は外見の見た目以上の――」
シアさんが嬉しそうに解説を始める。あ、あのソン教授ってちゃんと凄い人だったんだ。
パンパンとホコリを払いながら、俺は立ち上がって来訪者を確認する。
ぼさぼさの青髪。眠そうな顔。そしてノートサイズの薄っぺらい魔導書。シアさんもそうだが……俺のクラスメイト……開幕から個性が強すぎる……
「まぁ、入れたってことはあってるのか……ルカだ、よろしく」
「あ、俺は律……」
「おやすみ」
挨拶を返そうと、片手を振り上げて自己紹介をしようとした俺の隣をふらりと通り抜けて、ルカはそのまま吸い込まれるように机にダイブした。あまりにもスムーズすぎる。そして既に寝息を立てている。なんだ……こいつ……
師匠。俺、このクラスでやっていけるか不安です。
「お、揃って……はないが、まぁ揃ってるな……」
そうこうしている間に、次の来訪者。今度は教室の後ろの扉ではなく、前の扉から現れた。制服を着ていない……ということは、担任の教師だろうか。
「夏、ルカ、律……よし、"今日いる面子は"全員揃ってるな」
現れたのは、スーツを着たグラサンの強面の男。本当に魔術の教師なのか疑うほどに、肉体派の匂いがする。だが、確かに名簿らしき紙を持っている。状況からして、間違いなく……
「というわけで、入学おめでとう。俺がお前らの担任のバスティオンだ、ティオで構わん。よろしくな」
「……ちょっと、あなた本当に魔術師? アダマンタイトなら、少なくとも教授クラスの担任は付けてもらわないと……」
シアが早速食って掛かる。俺ですら疑問に思うのだから、この魔術エリートのお嬢様は多分尚更気に食わないのだろう。
「――お前らはアダマンタイトじゃないぞ」
「……へ?」
それに対して、ティオ先生はさらりと、まるで今日の天気を言うかのような口ぶりで。衝撃の事実を告げる。あ、シアがフリーズしてる。
「このクラスは"アンオブタニウム"……まぁ有り体に言うなら……特別学級?」
「っ……!」
「まぁ、序列的には上から三番目、校内のアクセス権限もゴールドと同等はあるから扱いが悪いってことはな――」
シアが片手を突き出す。まずい、完全にキレてる。学生と言えども、恐らく学年トップの魔力総量に魔力出力のシアが暴れたら、多分ここにいる誰も彼女を止められない。
ティオ先生は見るからに魔術が使えなそうだし、そもそも魔導書を持っていない。
「《ショック・ボルト》ッ!」
ズドン。目も眩むような閃光と共に、まるで銃が放たれたかのような、そんな爆音が響き渡る。
放たれたのは電撃の弾丸。目にも止まらぬ光の一矢が、ティオ先生目掛けて飛翔する。
「……」
ティオ先生は黙ったままだ。そのサングラスの中で、どんな表情をしているかは伺えない。ただ、自分に向けて放たれた雷の弾丸に対して、動じる様子もなかった。
代わりに、右手を振り上げ……
――電撃の弾丸を右手でキャッチした。
「なっ……」
「バチッバチ……」
今の一撃の余波だろうか。ティオ先生は全身にバチバチと電撃を放っている。平気そうな顔をしているが、全く効いていないのだろうか?
今の一撃の威力は明らかに殺傷性を持ったものであったことは間違いない。単純に筋力で受け止めたわけではないだろう。それは出来ないはずだ。電流は筋肉を強制的に動かし、正常な動作を阻害する。つまり、電撃を力で受け止めるという概念など存在しない。シアもそれを分かった上で、ティオ先生に有効だと予想される電気系の攻撃魔法を選択したのだろう。
「まだッ! 《ディメンション・カッ――」
だが、シアは既に次の魔術の準備を済ませていた。初撃が防がれる可能性は、きっと少なからず考慮していたはずだ。だから、次の一手。恐らく、今度はより防ぎにくい攻撃を――
「――そこまでだ」
ピリッと張り詰めた空気が教室に走る。
何が、起きた?
ティオ先生の姿がない。移動した? いつ?
そもそも、シアの魔術はどうなった?
そう思って、視線をシアの方へと向けた時。俺は、ただ純然とした"結果"を理解した。
ティオ先生は、シアの背後に立ったまま、右手でシアの口を抑えていた。結果は分かった、シアの負けだ、魔導書を通じて発動する魔術も、起動には必ず発声を必要とする。つまり、声が出せなければ魔術は発動できない。あの距離まで接近されて口を封じられたら、チェックメイトだ。
「術式の選択、魔力出力、照準精度、状況判断……どれもまぁ満点だ、だが1つ欠けているものがあるとすれば……知識だ」
「いたっ……」
ティオ先生は、ぺちっと小さくシアにデコピンを放つ。同時に、シアの発動途中の魔力は霧散した。師匠が俺にやってくれたやり方と同じだろう。
そして、先生はすたすたと教壇の方に戻り、黒板に何かを書き始める。
「まず雷系魔術の弱点。それはより流れやすい物体に誘導されるという部分だ。この性質から、雷魔術には古来より明快な回答が用意されている」
そう言って、ティオ先生は右手の腕輪を見せる。
「このリングには電流を魔力に変換する魔術が組み込まれている、魔力から電流を生み出せるなら、逆も出来るって理屈だ。通常であれば、右手のリングに相手の魔法を直撃させるなんてのはハードな仕事だ、だが雷系魔術であれば、金属製のリングに自然と電流が誘導される。これが雷魔術への防衛手段だ」
確かに合理的だ。俺の目では先生が雷の弾丸をキャッチしたように見えたが、正しくは雷の弾丸が先生の手を目掛けて軌道を変えていたということ。雷属性の魔術は火力・副次効果・速度……どれも最強クラスだが、一方でこんな弱点も抱えているというわけか。
「魔術師にとって、マナの流れを切断される雷魔術は一発食らっただけで致命傷だ。もちろん、近接武器を扱う戦士も同様。だからこそ対抗策を持っておくのは常套手段。リターンが大きい分、防がれるリスクも大きいってことだ」
ちらりとシアの方を一瞥する。悔しげな顔こそしているが、その目はしっかりと黒板に書かれた文字を見据えている。プライドよりも知識の探求を優先する。意外と真面目なやつなのかもしれない。
「因みに、俺の瞬間移動は種も仕掛けもある魔術だ。電流で人間の脳の限界を超えた速度で筋肉を動かし、事前に用意された動きを再現する。一種の強化魔術だ。さっきの話で雷魔術は弱い、と思った奴もいるかもしれないが……攻撃に使うだけが雷魔術じゃないってことだ」
そうか……シアの雷撃を右手で受け止めた後。ティオ先生の全身が放っていたあの電気は、シアの攻撃の余波なんかじゃなかった。ティオ先生自らの雷属性魔術だったのだ。まるで自分がダメージを受けたかのように演出し、その"演出"を利用して自らの魔術の発動プロセスをこっそり完了させ、不意打ちで接近、魔術師の心臓である口を塞ぐ。
「すごい……」
俺は思わず感嘆の声を漏らす。これが魔術師。魔力総量や魔力出力のようなカタログスペックが全てではないのだと、今この場でティオ先生は証明してみせたのだ。
そして、ティオ先生はニヤリと笑いながら、シアに向かって振り向く。
「さて、夏、不満はあるか?」
「……ありません、これから、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
何かまた噛み付くのだろうかと思ったが、意外にも、シアはすっと立ち上がり、深々と頭を下げる。悪い子ではないのだろう。問題児揃い……ではあるのかもしれないが、なんだかきっと上手くやっていけるような気がしている。
因みに、ルカはさっきのバチバチの戦闘中もずっとすやすやだった。まぁ……多分、大丈夫。