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第35話 Reboot

 目が醒める。いつだって、目覚めははっきりとしている。意識は明瞭、視界もクリアだ。身体を起こして、耳元で鳴り響く目覚まし時計を手に取る。そして、自分は気付くのだ。


 ――自分は何者だ?


 記憶喪失というワードが素早く脳裏に過る。少なくとも、言語や生活に纏わる記憶は喪失していないのだろう。今の自分の状態が記憶喪失であることも、今横になっているのが恐らくは自分の部屋であることも、今もなお喧しく叫ぶこれが目覚まし時計であることも、自分は明瞭に理解している。

 目覚まし時計を止める。反射のような感覚で、現在時刻へと目をやる。けれど、そこには、時間は書かれていなかった。ただ、びっしりと埋め尽くされた文字が、恐らくは今の自分の状況を説明する。


 曰く。自分はシュヴァルツと云うらしい。

 曰く。ここは魔術大学らしい。

 曰く。自分の魔力属性は"記憶"であり、記憶魔術師であるらしい。

 曰く。その体質故に、自分は全ての体験を記憶できるらしい。


 曰く。その代償に、自分は意識の喪失と同時に全ての記憶を喪失するらしい。

 そして、曰く。最後の一行にはこう書かれていた。


『――今日のお前がしたいように生きろ、幸運を祈る』


 以上。現状理解。恐らくは壁に書かれているのが自分を補強する情報だろう。約一時間ほど掛けて、自分は壁に書かれた、恐らくは自分のことであろうことを記憶する。確かに、自分は目で見た全てを、耳で聞いた全てを、感じた全てを、一字一句違わずに記憶することが出来るらしい。


 "我"はそうして、再びこの世界に生まれ落ちる。我は毎日の終わりと共に死を迎え、そして毎日の始まりと共に生まれ落ちる。そういう存在なのだと、理解する。


「ふっ、最近の記述を見るに、どうも友情ごっこに現を抜かしていたようだな」


 リツ。灰 夏。ルカ。リュミエール。バスティオン。壁一面に描かれた我の記録に、人の名前が出てくることは珍しい。けれど、ここ数週間はこれらの人物の名前がひっきりなしに出てきている。つまりは、馴れ合っているのだろう。客観的に見て、確かに我らしくない最近だ。


「しかし、奴らは任務で学園を離れているようだな。今日の我は何をするべきか……」


 あれほどの情報を我に詰め込んだ、過去の我は、決して未来のことを記述していなかった。目標だとか、目的だとか、使命だとか、そういうモノで、"今日の我"を縛ることは決してなかった。多分、今日を終えて我が眠りにつく時も、同じようにそうするだろう。明日の我に、未練や呪いは残したくはない。その気持は同じだった。


「直近の我はルカの研究をしていたようだが……」


 不適合者。正確に云うならば、不適合魔力体質、とでも云うべきだろうか。魔力属性は不明。何故なら測定魔術すらも起動できない、そんな魔力を持っているからだ。

 多くの場合、魔術師の特異体質は魔力属性に起因する。我の体質も同様だ。記憶属性の魔力が引き起こす副作用。これらによって引き起こされるネガティブな症状を"魔力症"と呼ぶ。

 つまりはルカの症状も、一種の魔力症と定義するのが正しい。しかし、魔力属性が分からなければ対応するのも難儀なものだ。不適合魔力体質。そういう結果だけがあり、そのプロセスは一切不明なのだから。


「検査……我流に云うならば、人体実験紛いのことをすれば、少しは判明もするだろうが……」


 受け入れてはくれないだろうな。直近の我の記録を見る限り、そう思う。ともあれこの件はリツが動いてくれているらしい。彼に任せておいても良いだろう。


「次点のタスクとしては……図書館の件か」


 曰く。我は過去に図書館に追われていた時期があったらしい。それもそうだろう。記憶属性は恐らく稀有なものだし、我の記憶魔術は、同じく魔術の記録を主とする図書館にとって、喉から手が出るほど欲しいものだ。

 そんな我を匿う意図で、ジャバウォック校長が我をこの大学に編入させた。そういう話らしい。

 ジャバウォック校長は、通称……竜の魔法使い。この魔術大学の校長であり、最高権力者。我が今滞在しているこの国において、国家レベルの発言力を持つ。そもそも、この大学自体が彼の影響で治外法権だ。幾つかの国家の法律を逸脱しているという噂もある。


 閑話休題。


 先日の学園の図書館襲撃のターゲットは、我ではなかった。名門魔術師の家系だと聞いている。しかし、どうも腑に落ちない。悪い言い方をするならば、"その程度"の魔術師だ。図書館が狙うべきターゲットは他にいるだろう。学園が擁する3人の魔法使い。或いは、特異な魔力属性が立ち並ぶアンオブタニウム教室の面々。何なら、灰 夏は空の器だ。"魔法持ち"ではなく、"魔法の器"としての条件が全て揃っている、図書館からすれば最大のメインターゲットだ。

 そんな彼女ではなく、何故か一般生徒を狙った。ソン教授による防衛が行われている、この大学に侵入するには相当の対価を支払う必要があったはずだ。何度も取れる手段ではないはずだ。それをその程度の誘拐に消費したという事実には、何か裏があるのは間違いないだろう。


「Case1。恒常的に魔術大学の襲撃が可能となる手段を図書館が手に入れた」


 否定。何故なら、その手段を手に入れたのにも関わらず、ここ数ヶ月の間、繰り返し襲撃が行われないのは不自然だ。時間が経てば、対策を打たれるかもしれない。そんなリスクがある状態を自ら生み出す理由がない。


「Case2。アンオブタニウム教室の面々が本命であり、それを手に入れるための囮作戦」


 妥当。しかし腑に落ちない部分もある。上層部でどういうやり取りがあったのかは不明だが、アンオブタニウム教室を奪還作戦のメンバーに選ぶのはハイリスクすぎる。単純な戦闘能力で云うならば、アダマンタイト、何ならプラチナですら十分だろう。魔術師殺しの元傭兵、バスティオンという駒を動かしたかったのだとしても、もっとやり方はあったはずだ。つまり……


「Case3。学園上層部に、内通者がいる」


 妥当。中でも、1人だけ、今回の件で全ての辻褄の合う人間がいる。堅牢な魔術防御を誇る魔術大学への侵入を許したという事実は、図書館が凄かったのではなく、その防御を行っている人間が意図的に手を抜いた、招き入れたというだけだった可能性。

 つまりは……


「Case4。今回の件の首謀者は空の魔法使い、灰 尊である」


 妥当。それ以外に考えられない。だとすれば……今の状況はかなり危ういのではないだろうか。もし全ての仮説が正しいのだと仮定すると、アンオブタニウム教室の面々が危ない。


「仕様がない。我も少しは動くとするか」


 誰に云うでもなく、我はそう呟く。いや、誰かに宛てた言葉ではあったのだろう。それが今の我なのか、過去の我なのか、或いはそれ以外なのかは分からないが。ともあれ、動くなら早い方が良い。我は自らの魔導書を手に取ると、そのまま寮の部屋を後にする。







「おい、そこの教師」


「えっと、何かな?」


 茶髪に眼鏡の教員を発見する。その男は、白衣の我の姿を見て少しだけ面食らった後に、にこやかに笑って受け答えをする。確か……特徴から推測するに、ラッセルという教師だろう。


「ソン教授の今日のスケジュールを答えろ」


「あれ? 君……どこのクラスの子かな、ソン教授は先週末から出張で大学内には居ないはずだよ。ソン教授の授業は休講になっているはずだけれど、連絡来てない?」


「ふむ、そうだったな。失礼、助かった」


 必要な情報を手に入れると、我はそそくさとその教師から離れる。先週末ということは、アンオブタニウム教室の出立とほぼ同時か。やはり仮説は正しそうだ。

 本人が居ないのならば、それはそれで都合がいい。探りを入れる良いチャンスだ。問題は……どうやってソン教授の研究室に入るかどうかだ。


「何らかのセキュリティはあるだろうな、当然」


 となると、それらを突破して中に入り、情報を手に入れる必要がある。我の記憶魔術のストックで突破するのは、少し厳しいだろう。空間魔術のストックは灰 夏の使える範囲のものしかない。

 少し、ズルをするか。恐らく、彼女は今回の件で手を貸してくれるだろう。我は彼女と面識がないが、過去の我は彼女について多くのことを調べ上げている。故に、接触の手段も心得ている。

 そして、我は医務室へと向かった。アンオブタニウム教室に在籍しているメンバーの1人。我やルカと同じく魔力症により、観測されることで崩壊する肉体を持つ眠り姫。


 ――エル・レディンガーとの接触をするために。

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