第34話 熱暴走
「ソン教授がシアを誘拐するって……おかしくない?」
「あぁ、その通りだ。ソンくんにとって、シアちゃんは自分の後継者だ。大事な娘を、図書館に渡すような真似をする理由がない」
「……いや、そうでもないかもしれないな」
困惑する俺と師匠に対して、ティオ先生だけが、腕を組んだままそう呟く。
「図書館の目的は空の魔法を自分達の蔵書に加えることだ、つまり……ソン教授は本来ならターゲットになるべき相手だと言える」
「そもそも、シアちゃんはまだ魔法使いになっていない。今のシアちゃんを蔵書に加えた所で、図書館が空の魔法を獲得したことにはならないはずなんだ」
「もしかしたら、ソン教授は空の魔法をシアに継承するつもりなのかもしれん。そうすれば、シアを自らの身代わりとして図書館に差し出すこともできる」
「……最低な可能性だけれど、最も納得できる仮説ではあるね……それは」
本当にそうか? ソン教授ほどの力のある魔法使いであれば、別に図書館に狙われていても返り討ちにできるのではないだろうか。わざわざシアを隠れ蓑にして、自らの魔法と娘を差し出すなんていう不利益しかない行動を取るだろうか? あの明晰で知的なソン教授らしくない。そう俺は感じざるを得なかった。
「ともあれ、こうなっては手段を選んではいられないようだね。ボクは船に戻って例の図書館の幹部を連れてくるよ。多分、シアちゃん達が連れ去られた場所も、彼なら知っているだろうし――」
そう言いながら、師匠が立ち上がった瞬間の時だった。閃光、と……それから少し遅れて轟音と衝撃、熱波が順番に俺達の場所を襲う。つまりは……大爆発だ。
「ゲホッ……っ……!? 船が……」
黒煙の中、俺は咳き込みながらふらつく三半規管で、それを目視する。炎上する船、いや……もはや船の形状は成してはいなかった。無数の金属片と木片が炎上しながら、海底へと沈んでいく。周りを見渡すが、どうやら衝撃こそ食らったものの、怪我人は居ないようだった。
「……迂闊だった、最初から……あの船は……ッ……リツくんの前だから格好つけ過ぎたな……ボクの馬鹿がッ……」
かすかに、師匠の声が聞こえる。その瞳は、紅玉のように紅い紅い瞳は、燃えるような炎の色を宿しながら、苦悶の表情を浮かべ……そして、ゆっくりと……倒れた。
「師匠!?」
ふらつきながらも、俺は慌てて師匠に駆け寄る。苦しげな表情を浮かべたまま、師匠は意識を失っていた。外傷はない……さっきの爆発で破片を受けたとか、そういう様子ではない。けれど、頬は燃えるように赤く、身体は焼けるように熱かった。高熱……急に何故?
「落ち着けリツ。ルビイ教授は……もしかしてあの船に魔法を?」
「……だとしたら、だとしたら何なんですか!? 師匠の魔法に、何かデメリットがあるんですか……!?」
「……有り体に言えばそういうことになる。彼女の法則は……終わりという概念に厳しい……あの船の焼失は……そのまま彼女の焼失と似たような結果を生む」
「どういうことなんですか……そもそも、師匠の魔法って何なんですか!? 最強の魔法使いだとか……全知全能だとか……俺はその程度しか……その程度しか、師匠のことを知らないのに……」
ティオ先生の言っていることは意味不明だった。師匠の授業のように抽象的で、概念的で、そして理解不能だった。だから俺は怒鳴ってしまったのだろうし、苛立ちを隠せなかったのだろう。けれど、そんな俺の言葉を受けても、ティオ先生はただ黙って俯いていた。
「無事なんですよね……焼失? 燃え尽きる、そんなことないですよね……師匠は……」
「無事だ。そもそも……昔の教授であれば、こんなことはありえない。少なくとも船の1つに魔法を行使したところで、受けるペナルティはせいぜい暑苦しくなる程度だろう。だが、今は少し事情が変わっていてな……」
「それも話せないんですか、"俺には"」
「……そうだな」
「分かりました……すいません、気が動転して……」
「俺も悪かった。けれどこれは、教授との約束なんだ。リツ、お前には決して自分の魔法の詳細を伝えるなと……固く固く口止めされていてな」
「一先ず……大ダメージを受けたけれど、命に別状はない、ですか?」
「あぁ、命に危険はないはずだ。リツ、お前も何ともないな?」
「……まだ耳がぐわんぐわんしてますけど、全然動けます」
三半規管が回復すると同時に、少しずつ頭も冷えてきた。この後どうするか。ティオ先生は一度死ぬほどの重傷。師匠が治療したが、戦うのは論外だろう。ルカも気を失っているし、師匠までもがダウンしてしまったとなると……一度安全な場所で回復を待つ必要がある。学園に戻るべきだろうか?
「私も平気。でもダウンしてる人が3人は運ぶの厳しめかも?」
「気にするな、俺は歩ける。リツはルカを、リュミエは教授を運んでくれ」
「分かりました」
――ジジッ
視界にノイズ。何かが、視界から消える。何が? さっきまで俺の側に居たのは誰だ……?
あの、青い蝶は何処に消えた?
そんな疑問は、まるで宙に浮かぶようにふわりと浮かんで、脳裏から消え去っていく。あぁ、俺は今何を考えていたのだろう? 確か……
「――緊急事態だ、一年坊主」
途端、耳元でそんな声が響き渡る。この声は……シュルツ先輩?
「シュルツ先輩……このイヤリングって距離制限あるはずじゃ……」
「あぁ、それに関してはストックで解決した。空の器に感謝しておけ。同時に複数人は無理だったがな。周りに誰がいる?」
「あ、えっと……ルビイ教授、ティオ先生、リュミエ先輩、ルカ」
「空の器は?」
「……話すと長くなるんだけれど」
「ならいい。こっちも長くなるから端的に状況を伝える」
この状況で、シュルツ先輩から連絡が来たという事実。それは、少なくとも吉報ではないことは予感していて。この切羽詰まった絶望的状況下に、追い打ちをかけるような一言だった。
「――学園が図書館に占拠された」




