第32話 実装の隠蔽
そう、そして俺の前日譚はここまで。
師匠に出会って、大学に通って、仲間と共にここまで来て。そして、この男……キッドに魔術の可能性を示してみせた。
頭上から、ふわりと少女が舞い降りる。その手には俺の魔導書。そこに刻まれた術式を、白い三つ編みをなびかせながら、師匠は興味深そうに眺める。
「なるほど……"権限"の概念か……確かに、いつからか魔術というものは相互に干渉出来るのが当たり前になっていたね、その穴を突いた魔術が《ディスペル》というわけか」
「ッ……!? お前は……!」
「あぁ、流石にボクのことは知っているか。君たちが望んで止まない、願って止まない。手に入れたくても届かない、天上の存在。理外の異能者。魔法使い……ルビイだ」
あぁ、もう安心だ。
「リツくん、では授業の時間だ。ボクの魔法は《ディスペル》出来ると思うかな?」
「……同じ魔力を消費する行為でも、魔術と魔法には違いがあるような気がしています……そうですね、例えばソン教授……空の魔法使いの一部の魔法は《ディスペル》出来るのでは?」
「ご明察、それは何故だい?」
「ソン教授は自らの魔法を元に……"空間魔術"という術式を作り出している……つまり魔法にアクセスして参照することで、魔法の権能の一部を魔術という形で引き出している」
魔法とは言ってしまえば唯一無二のAPIやライブラリのようなものだと言ってもいい。それを参照することで、魔術でも魔法の権能の一部を扱うことが出来る。これが俺の立てた仮説だ。
その答えに、師匠は嬉しそうに小さく笑いながら、大きく頷いた。
「その通り。魔術とはそもそも魔法という"法則"を用いて行使される術でしかない、つまりはボクのように自らの魔法を秘匿している人間の魔法に……《ディスペル》でアクセスすることは出来ないわけだ」
そう語りながら、師匠はゆっくりと右手を挙げる。そして、その指先が指し示す方向へ……師匠の三つ編みがまるで意思を持つように向かっていき、キッドの肩口を抉り取る。
「っ……!?」
「まぁ、そもそも《ディスペル》なんて口に出すぐらいまどろっこしい真似をしている君のような低級魔術師に、魔法による攻撃を防げるわけないのだけれどね」
「どうなってる……そもそもスカラーはどうした!? この最悪の可能性を考慮して、多額の金を支払ってまで魔法使いを雇ったってのに……!」
「……彼はもう撤退したよ。ボクと戦うのは料金外だ。だって君たち、1人分の金しか支払ってないだろう?」
「あいつにとって、このリツとかいうクソガキや、空の器や不適合者を殺すのは、そんなに難しいことじゃねぇだろうがよ!!!」
「スカラーくんはそういう男だ。殺す人数は受け取った額の分だけ、それ以外の被害は絶対に出さない。そういう律儀な子なんだよ、彼はね」
「あぁそうかよ……使えねぇ……! 《ショック・ショット》!《アース・ショット》!《ファイア・ショット》!」
「……無理だよ、君じゃボクには勝てない」
雷、土、炎の三種類の弾丸が、師匠へと迫る。けれど、師匠は何かを詠唱することも、避けることも、ましてや弾を視認することすらしなかった。ただ、悲しそうな顔で立っていただけ。三発の弾丸は、師匠の白い三つ編みによって、排除される。それは自動的なようにも、意思を感じるようにも見える、奇妙な挙動だった。
ザク、ザク、ザク……と三つ編みがキッドの身体に風穴を開けていく。避けられない。手足はまるで鎖のように三つ編みで縛られており、やがて……ドクドクと鮮血を垂らしながらキッドは地面へと倒れ込む。
「あぁ、でもなぁ……俺は確かに負けたかもしれねぇが……俺達は負けてねぇ……何なら、俺はこうして勝利を掴んだ……」
「……待て、キッド……もしかして、お前の役目って……」
嫌な可能性。俺は、思わず駆け出す。二人が進んでいったハッチの先に。師匠は俺の様子を見て、素早く近くのロープに何か魔法を掛けたかと思えば、ロープがヘビのように地面を這って、キッドの身体を綺麗に拘束する。そして、後を追いかけた。
船底に位置する通路を進む。その先には、倒れ込んだルカの姿があった。血溜まり……裂傷、つまり……斬られた跡だ。落ち着け、ここには師匠がいる。
「師匠……俺の友人です、手当を」
「分かってる。ただ、シアちゃんは……?」
居ない。どこにも居ない。ここは行き止まりで、他に行く場所などないはずなのに。檻がある。中には当然誰もいない。おかしい、ここで何が起きた? ハッチが開いた素振りなどなかった、二人は確かにここに辿り着き、ここで何かが起きて、忽然と被害者とシアの姿だけが消えた。それはまるで……
「空間魔術……?」
「ルカくんは無事なようだ。裂傷だが、随分と違和感がある。刃物より鋭利な何か……そうだね、これはまるでシアちゃんの空間切断による切り口に近い」
「シア……がやったのか?」
おかしい、そんなはずはない。シアがルカを傷付けるわけがないし、被害者を連れて1人で何処かへ行くわけがない。これは何かの間違いで、ここではもっと重大な何かが起きていたはずなんだ。
「落ち着くんだ、リツくん。一旦ゼネルに戻ろう。リュミエちゃんとティオくんと合流だ」
「そうだ……ティオ先生は無事なんですか!?」
「……彼は敗北した、けれど……死んではいない……その辺りも後で話すよ」
「分かりました」
生きている。それだけで十分だ。先生は……俺達との約束を守ってくれたのだから。
「この船を貰うか……操舵なんてボクは良くわからないし……仕方ない」
師匠は1人でぶつぶつと呟いていたかと思えば、ふっと右手を振り上げる。途端……船がガコンと大きく揺れる。そして、独りでに進路を変え始めた。師匠の魔法……なんとなく、その性質が掴めてきた気がする。無機物を自在に操作する……いや、それだけでは"法則"としては足りないのだろう。恐らく、これは師匠の魔法の一端に過ぎない。
「ボクは残党を片付けてくるよ。リツくんはここで休んでて、ルカくんを見ててあげてほしい」
「分かりました……ありが……」
ふらり、俺は思わずよろめいて、そのまま地面にぺたんと座り込む。あぁ、魔力もすっからかんだし、全身は痛い。ちゃんと満身創痍だ。だから、後は師匠に任せよう。そうして目を閉じようとした時。
ひらり、青い蝶が俺の肩に止まる。
「お前……いや、君は……」
この青い蝶から、ずっと意思を感じていた。まるで、俺達を導いてくれているような、守ってくれているような。そんな感覚。それに、ずっと前から友達だったような、そんな既視感。もしかすると、ここで何が起きていたのか……この子なら、知っている……かもしれない。
そんな可能性を脳裏に浮かべて、俺はそのまま意識を失った。




