第30話 下り回線だけ遅い
「取り敢えず、船内には入れたわね」
俺達は図書館の商船。その船室の一室に、窓から忍び込む形で乗り込んでいた。既に船は出港しており、ここは海の上。空き部屋のようで、誰かが帰ってくることもなさそうだ。まずはここで状況を整理しよう。
「ねぇシア……魔法使いって……そんなにヤバいの……?」
「ヤバくなかったら魔法使いなんて呼ばれてないわよ。魔法を発現すること自体は……ごくごく稀だけれど存在する。こういう体質を魔法持ちとか、魔法の器とか、そういう呼び方をするわね。あと灰 夏ね」
「そうか……自分の中に宿った"魔法"を"行使する"レベルまで操れる人だけが……"魔法使い"の称号を得る……」
「そういうこと。私が所詮"空間魔術師"であり、ソン教授が"空の魔法使い"である決定的な差であるとも言えるわね」
少し理解が進んだ気がする。魔法とは即ち、究極まで極められた魔力操作のことなのだ。そして、それを"法則"と呼べる段階まで制御できるようになって初めて、人は魔法使いと成る。
あれ……だとすれば少しおかしい。魔法が魔術の極地なのだとすれば、俺だって魔法使いになれるはずなのだ。けれど師匠は俺に魔法使いにはなれないと言っていた。何か……それだけではない条件があるのだろうか。
「勢いで忍び込んだが……本当に大丈夫なのか?」
「多分、侵入したこと自体はもうとっくにバレてる。見つかるのは時間の問題だから、速やかに事を済ませよう。まず……最大の問題。俺達はこの船の目的地を知らないこと」
「……一応、表向きの目的地は調べてあるけれど……まぁこの船が図書館とグルなら、そんなのインクの染みのようなものよね」
「事を済ませた後に……俺達は学園に帰る必要がある。其の為の手段として……そろそろ俺達は最後の手を使うべきな気がしてる」
たとえ、ここで誘拐された生徒を奪還して、仮に船のコントロールすらも奪ったと仮定しよう。そこまで完璧に事が運んだとしても、そこが海上ならば俺達は帰る術を持たない。だから……最終手段だ。
「先輩……変なことを聞くんですけれど……水の上、走れます?」
「……無論。可能」
「なら、先輩には大役を任せたいと思います。まだ今なら港が見えます、水上を走って……大学まで帰還して、そして……
――ルビイ教授を呼んできてください」
その名前を出すのに、俺は多分、少しだけ言葉を詰まらせたのだと思う。ルカは意味ありげに俯いた顔を上げ、シアは小さく首を傾げる。確かに……言葉が足らない。
「ルビイ教授なら、確実にこの場所が分かります、帰る手段だって持っているはずです……だって、あの人は最強の魔法使いだ、そうだよね、シア」
「灰 夏よ。まぁ……そうね……この状況を綺麗さっぱり解決できるのは、学園の擁する三人の魔法使いしか居ないと思う……本来であればソン教授を推すべきなのだろうけれど……リツ、ルビイ教授であることに意味があるのよね」
「あぁ、意味がある。彼女は……多分、俺の場所だったら……世界の何処にいたって、分かるはずなんだ」
これは予測でも憶測でも妄想でもない。確信だ。俺の師匠であれば、ルビイ師匠であれば、必ず俺を見つけ出せる。信用を超えた信頼と確信が、俺の中には確かにあった。
先輩とシアが、顔を見合わせる。俺の珍しく真面目な表情を見て、覚悟も決まったのだろう。先輩は、ふわりとローブを翻しながら、船室の窓に身を乗り出す。
「……多分、一時間。それくらいはかかる」
「十分すぎるよ、ありがとう」
「なるはや……で行ってくる。懸念点はここに戻る時。ルビイ教授がどういう手段を使うのか分からないけれど……私は人を背負ってあのスピードは出せないから……」
「そこは師匠……じゃなくて、教授を信じよう」
「了解。健闘を祈ってる」
先輩は小さく敬礼らしきポーズをした後に、海上を見据えて、腰に手を当てる。いつもの詠唱、《エンハンス》と《アクセル》を重ねて、キィィィンと金切り声を上げながら水上を一筋の流星が奔っていく。
「……問題は、先輩抜き、この3人で生徒の奪還をしないといけないということかしらね」
「俺は……既に……すごく眠い……」
「ルカの睡魔って、もしかしなくても魔力消費に連動してる……よね」
「多分な……」
今にもくっつきそうになる瞼を押し上げて、ルカが呟く。運動神経抜群の人がよく食べるのと同じ理屈なのだろう。ルカのあの膨大な魔力量と魔力出力には、代償として大量の睡眠が要求されるという仕組みだ。そしてルカは今日だけでも既に魔力砲を2発撃っている。当たれば一撃で相手を倒せる最強の攻撃手段だが……今のルカの様子だとあと撃てて2、3回と言ったところか……
「ルカの魔力は温存させて、なるべく俺とシアで霧払いはしていこう」
「そうね、フルネームで呼んでくれれば満点の提案だったわ」
となると、メインウェポンはシアの空間切断になる。当てられるだけの状況は……まぁ2人で協力して作っていくとしよう。《アイス・スパイク》は拘束魔術として結構優秀だ。あれをメインで使って良さそうだ。
そう作戦会議をしているうちに、船室の扉がドン! と開け放たれる。扉の先には赤いフードローブの集団。まぁ当然図書館の魔術師連中だろう。
「そろそろお出迎えの時間みたいね」
「ルカ、作戦通り温存気味で行こう。雑魚の相手は俺と灰 夏で」
「了解……助かる……」
「珍しくちゃんと名前を呼んだわね! さぁ、行くわよ!」
シアと俺は同時に魔導書を構える。シアは右手をかざす形、俺はタクトを向ける形で、戦いの火蓋は切られた。
旅行につき、次話は27日以降の投稿になります。




