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第3話 強制終了の手段は用意しておこう

 異世界転生してから一週間ほど。

 分かったことは幾つかある。


 まず、現在地は樹海の中。林とか森とかではない、樹海だ。今のところそんな気は起きていないが、この家から一人で出ていこうと思えば確実に遭難する。そんな場所。


 そしてそこに一人で暮らしていた魔女っ子こと、ルビイさん。見た目に恥じずちゃんと魔女のようで、料理も洗濯も採集も全部魔法でこなしてしまう。


「魔女、ふむ……まぁ大体あっているかな、この世界の呼び方では『魔法使い』ではあるけれど、魔法使いの女性を指して魔女と呼ぶのは別に違和感はないね」


「魔法って誰でも使えるんですか?」


「良い質問だ。端的に回答するのであれば、魔法は使えない。ただし、魔術は使える」


「……何が違うんですか」


「魔法は世界が定義する、魔術は人が定義する」


「……わかりません」


「まぁ今は分からなくてもいい、取り敢えず人の身で使えるのは魔術の領域までだ、君も『魔法使い』にはなれなくても『魔術師』にはなれるということだ」


 ルビイさんが、その赤い瞳をキラキラと輝かせながら解説してくれる。なんとなく学者肌なのだろうと思っていたが、見た目通りらしい。


「俺でも使えるんですか? 魔術……とやらは」


「使えるだろうね、魔術を使うには魔力、マナと呼ばれるものが必要だが、基本的に生命は全て、大なり小なりマナを持っている」


 特別な才能が必要、とかではないらしい。この世界では魔術は一般的で、誰でも使えるものなのだろう。使えるものならまぁ……使ってみたい、よな。


「ふふふ、使いたいって顔をしているね」


「まぁ、そりゃ……男なら誰でも一度は夢見ますよ」


「良い心がけだ、というわけで、特別にボクが直々にリツくんに魔術を教えてあげるよ」


 ルビイさん。嬉しそう。ニコニコしながら、黒いローブを引きずって、てとてとと物置へと走っていく。最初は大人びた人だなぁと思っていたが、やはりちまっこい姿を見ていると、段々背伸びをしている子どものように見えてくる。いや、本当にちゃんと凄い人なんだけど。多分。


「よし、これだ」


 そう言ってルビイさんが持ってきたのは、国語辞典くらいの大きさの書物。ホコリを被っているが、そこまで古いものではなさそうだ。


「魔術の発動工程には幾つか種類がある。まずは詠唱……これは例えば」


 ルビイさんが手をパーにして前に差し出す。そして、目を閉じて言葉を紡ぐ。


「《炎 発生 自己 魔力 充填 十 発動》」


 発動。の文節と同時に、ルビイさんの手のひらに小さな炎が生まれる。本当に小さな人魂のような感じ。普段からルビイさんが魔術を使っているところは見ていたが、改めてプロセスを目の当たりにすると中々の感動だ。


「これが詠唱。初歩的な魔術ですらこれぐらいの複雑な詠唱が要求されるから、わざわざ使う人はもういない。それを効率化するための手段がこれ、魔導書だ」


 そう言って、今度は左手にさっきの本、魔導書とやらを持って、同じように手を差し出す。


「《ファイア》」


 すると、先ほどと同じように小さな炎が手のひらに浮かぶ。全く同じ魔法、ただ、発動のプロセスが異なるということか。


「こっちの方が短くて便利ですね」


「そういうことだ、魔導書は詠唱を記録した辞書のようなもので、一節だけで本来の詠唱と同じ効果を発現させることができる、省略できるのは魔導書に記録されている魔術に限るがね」


「なるほど……」


 確かに、これだけ簡単に魔術を発動できるのであれば、わざわざ詠唱するメリットは薄い。


「他にも発動手段は色々あるが、最もメジャーなのはこの魔導書を使う形式だ」


「でもルビイさんは魔導書なしでたまに魔術使ってません?」


「ボクのは無詠唱魔術、発動プロセスは詠唱と同じだけれど、心の中で唱えてるっていう違いかな」


「……詠唱暗記してるってことですか……?」


「そういうこと。それに無詠唱は結構難しい、簡単な魔術ならともかく、複雑な詠唱を頭の中で完全に記述する必要がある、どこかに欠けがあったら当然発動しない、あるいは暴発のリスクもある」


 やっぱり凄い人だった。ルビイさん。


「じゃあ実践ね、はいリツくん」


 そう言って、俺の手に魔導書が渡される。当然というか、結構重たい。片手で持つのは中々大変そうだ。

 やり方は見様見真似で。片手を前に突き出して、一応精神集中。そして……


「《ファイア》」


 ぼっ。出来た!手のひらの上に火が生まれる。温かい。

 温かい? 熱い? 熱くない?


「あつっ!?!!!?」


 手に激痛が走る。熱い熱い熱い! 慌てて手をブンブンと振るが、火は消えてくれない。どうやって消すのこれ!?


「魔術を発動させるのは簡単だけれど、制御には訓練が必要だ、落ち着いて全身のマナの流れを……」


「落ち着いて制御できる魔術にしてくださいよ!!!? あつい!」


「ふふっ、頑張れリツくん」


 鬼教官ルビイ先生はどうやら助けてくれないらしい。落ち着け、熱い。熱いけど落ち着け。全身のマナの流れ……確かに、感覚的に何かが手のひらに流れているのは分かる。これを断ち切れば良いのか、どうやって?


「できません!!!!!」


「ふむ、そんなに難しいかな……子どもでも感覚的に理解できるはずなのだが……」


 ルビイ先生は不思議そうに首を傾げながら、仕方ないなぁとばかりに暴れる俺の肩を掴む。そして……


「ほい」


 バチン、と額にデコピンを放つ。痛い! ついでになんかビリビリする!

 だが、確かに今の衝撃でマナの流れがぶつりと分断された感覚がある。手のひらを見ると、どうやら火は消えてくれたらしい。


「マナの流れを強制的に切断することで魔術の強制終了ができる。電気系の攻撃魔法が有効だ、今のは《ショック》だね」


「やっぱ俺……魔術向いてないかもしれないですね……」


 発動は誰でもできる。だが、制御には恐らくセンスや才能が必要なのだろう。そして異世界人の俺には、多分それが欠如している。マナとやらに触れて生きてきたわけでもない。


「おかしいな、ボディのスペックから考えれば、君は相当魔術に適正があるはずなのだけれど」


「……そう言えば、俺って死者蘇生の失敗作でしたね……」


「気を悪くしたのならすまない……ただ、君の今の身体は間違いなく魔術に最適化されているはずだ、磨けば光るはずだよ」


「なんか……安全に制御の練習ができる魔術とかって……」


「《ウォーター》とか」


 ルビイ先生が、苦笑いして目を逸らしながら手のひらに水球を浮かべる。確かに、これなら安全そうだ。


「ルビイさん……」


「な、なにかな……?」


「最初からこっちの魔術を教えて下さいよ!!!」


「うわーん! だって派手な魔術の方がリツくん喜ぶと思ったんだもん!!!」


 俺の悲痛な叫びにそう言い残して、涙目になりながらルビイさんは逃げていった。

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