第29話 if文って一行で書きたくなるよね
アンオブタニウム教室が海で遊び倒した後。日が暮れる。
俺達は目的の商船に繋がる桟橋が見える位置に、全員で潜伏していた。
「ティオ先生……本当に待ってるだけで良いのか……?」
「あぁ、俺達には待つ以外に選択肢がないからな。この街の何処に誘拐された生徒が隠されているかも分からない。そんな状況で生徒を奪還するならば、船に運び込んだ瞬間を狙うしかない」
ティオ先生がちらりと時計を見る。時刻は深夜11時半、あの商船の出港時刻まで30分程度しかない。本当に、誘拐された生徒が運び込まれてくるのだろうか。待っている船を間違えた可能性は? 既に運び込まれている可能性は? 考えればリスクは尽きない。だが、これ以外に出来ることがないというティオ先生の言い分もよく分かる。だから、俺達はただ息を潜め続けた。
「……ティオ先生。まずい……かも?」
「……みたいだな」
ふと、リュミエ先輩がフードを深く被りながら、右手を腰に添えてそう呟く。それに合わせてティオ先生も、やや険しい顔をして、先輩の言葉に肯定を示す。何か起きているのは分かるが、桟橋に人影らしきものは見えない。だとすれば、緊急事態が起きているのは……俺達の方か。
「夏、ルカ、リツ……囲まれてるようだ、一旦こいつらを始末してから……」
ざばっ。そんな音と共に、俺達が監視していた商船の帆が展開される。まずい、出港するつもりだ。つまり……誘拐された生徒は既に運び込まれたということ。こうなれば選択肢は2つに1つだ。あの商船に乗り込むしかない。
「時間がない、合わせろ……!」
「「「了解!」」」
合図と共に、ティオ先生は立ち上がり、物陰から通りへと身体を晒す。同時に雷の弾丸が夜闇を斬り裂きながら無数に飛来する。数は恐らく5つ……つまり相手も5人。
先生は幾つかの雷撃を身のこなしで躱しながら、必要なものだけを手のリングで吸収する。入学式の時にシアにやってたものと同じだ。
「授業の時間だ。ルカ……魔力操作の真髄を今から見せる」
そして、ティオ先生が右手を強く握り締めると同時に、放出された雷属性の魔力が鞭のように細長い形状を取る。そして、それを大きくしならせながら、離れた相手の足元へと振り下ろす。
――バチィッ!
その雷の鞭の一撃は、相手も飛び退いて回避するが、そのタイミングに合わせて、ティオ先生の左手の照準は狙いを定めていた。放たれるは雷の弾丸。一見するとただの《ショック・ボルト》だが……それが敵の眼前に迫った瞬間。ティオ先生は開いていた左手をぎゅっと握り締める。
――バチィッ!
それを合図とするように、雷の弾丸がその場で散弾の如く弾け飛ぶ。スパークのように炸裂した電撃を、間近で浴びた敵は、動きが止まり、足がもつれる。それを、返す刃の雷の鞭が追撃し、そのまま本命の電流が流れ込む。
「がっ……あがががががっ……」
「まずは一人……」
雷が吸われることが分かったからか、様々な属性の弾丸が、ティオ先生に放たれる。だが、今度はティオ先生は避ける動作をしなかった。その理由は……
「《アース・ウォール》!」
シアが生み出した土の防壁が、ティオ先生の身体を守ってみせる。そして、更にそれとほぼ同時にきらりとティオ先生の背後で光が煌めく。
「《エンハンス》……《エンハンス》……《アクセル》……標的補足……排除」
低い居合の姿勢をしていたリュミエ先輩の身体が、青く青く輝く。それと同時に、青いエフェクトで残影を残しながら、神速の戦刀姫が放たれる。キィィィンという金属音のような耳鳴りと共に、リュミエ先輩の刀が抜かれる。
白い鞘から抜かれたのは、漆黒の刀身。ガラスのように透明感のある、その漆黒の刀が、バターのように敵の両足を斬り伏せる。
「残り3」
「リツ……!」
「了解!」
ルカの合図と共に、俺はタクトを取り出す。今必要な魔術を、今この場で創造する。ルカの魔力放出を確実に当てられる魔術。弾速は十分、なら、相手の軌道を固定すれば良い。足元だ。ティオ先生のやったさっきの魔術を真似る。
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《アイス・スパイク》
魔力 consumptionMana;
consumptionMana = 自己.魔力.充填(INPUT);
iceBall = 氷.発生(consumptionMana / 3).射出(consumptionMana / 3).発動();
if(iceBall.hit == true) iceBall.追加発生(consumptionMana / 3).発動();
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書き換える。魔導書が輝く。ビルドは通った。さぁ、後は自分を信じろ。
「《アイス・スパイク》!」
タクトも指向性の制御に使えるらしく、俺が杖を向けた方向に、氷の弾丸が放たれる。一見するとただの《アイス・ボール》だ。しかも狙いは敵の足、少し跳ぶだけで簡単に回避できる。だから……相手も当然跳んで躱そうとする。
――ピキピキピキ!
「!?」
跳び上がった敵の足元で炸裂した氷の弾丸。普通であればそのまま弾けて終わりだが、今回の魔術はそれで終わりではない。if文……つまり「もし」を使った条件分岐。今回であれば……「もし氷の弾丸が何かに命中したならば……」という条件分岐だ。そして、その「もし」を満たした時、氷の破片は追加でその場に氷を生み出す。
「っ……!?」
破片が膨らむように肥大しながら敵の足を絡め取るように凍りつき、地面から敵の足をまるでツタのように絡め取る。思惑は成功した。後は主役の出番だ。
「《ばん》!」
指鉄砲の構えをしたルカの手から、膨大なエネルギーの一撃が放たれる。氷で足を取られた敵は慌てて《アース・ウォール》を詠唱するが、無駄だ。その程度の壁ではルカの一撃は止まらない。
「これで1人だ」
「上出来だ。特別授業の成果が出ているようだな」
いける。俺達5人の連携は、相手の魔術師を上回っている。残りは2人……このまま確実に排除すれば……船が港を離れる前に追い付けるはず……
そう、思っていた。
「ッ……!? リツ! 避けろッ!!!」
「え?」
何かが飛来する。夜闇に紛れて、何かが飛来する。見えない、速すぎる……耳元で風を切る音。狙いは頭。あぁ、避けられない。そう悟った時。
――パチン!
強く頭を引っ張られるような感覚と共に、何かが起きた。何が起きたのか、俺は理解できない。だが確かに、俺の頭を撃ち抜くはずだった"何か"は……衝突音と同時に軌道を変えた。
「……? 外した? いや……弾かれた? おかしい、こんだけ近い距離で外すわきゃあねぇな……つまりまぁ……"本物"か……」
コツコツと、金属質な靴の音を響かせて、図書館の連中の後ろから1人の男が現れる。図書館の正装であろう赤いフードローブではなく、カウボーイハットにベージュのダスターコートを羽織った男。その右手には、ふわふわと鉛玉が浮かんでいる。魔術……なのか?
「……久しぶりだな、要塞。青春ごっこに絆されて、随分と腕が鈍っているようだが……」
「――お前ら……作戦変更だ。奪還作戦は失敗だ。今すぐこの場から離れて身を隠せ」
低く落ち着いた声でそう話すカウボーイの男に対して、やや焦りを帯びた声色でティオ先生はそう言ってのける。目線はこちらに寄越さない。多分……寄越せない。少しでも目を逸らしたら、多分……あの鉛玉で頭をぶち抜かれる。そんな直感がある。
「でも先生……船を追いかけないと、誘拐された生徒が……」
「夏。状況が変わった。確かに魔術師の集団である図書館程度であれば、遠足ぐらいの気持ちで奪還できただろう。だが今は違う……あの男は……
――魔法使いだ」
ぞくりと、背筋が凍る音がする。気怠げな表情で、こちらを見下ろすカウボーイの男。だが、その存在が放つ圧倒的な存在感が……ティオ先生の言葉が冗談ではないことを示していた。
「おれは……別に殺戮をしたくてここに来たわけじゃない……依頼料より多く殺すつもりはない。命1つで1000万……それがおれの今回の仕事の料金だ……それで、誰が死ぬ?」
「先生……勝てる……わけない……わよね……」
「……」
勝てるわけがない。直感ではない、多分これは確信だ。ティオ先生の沈黙が、全てを物語っている。どうする……もはや目的はすり替わっている。"どう生き延びるか"だ。
いや、それでも……本当に良いのか? 生き延びるだけで本当に良いのか。助けられる可能性が残っているのに、諦めるという選択肢を選んで良いのか。
それこそ、弱い自分を肯定するということなんじゃないのか?
「先生……お願いしてもいいですか?」
「……リツ、どういうつもりだ」
「俺達だけで船に乗り込みます、そして生徒を取り戻します。あの男の人は、多分図書館の純粋なメンバーではないみたいですし、渡された額以上働くつもりはなさそうですし」
「なるほど……そうか……」
「ティオ先生。勝てるかどうかは聞きません。ただ1つ……
――負けませんか?」
「……」
意地悪な質問だろう。俺はきっと、最低な生徒なのだろう。それでも、一縷の望みはそこにしかない。ティオ先生が生徒である俺達を信じるように、俺達だってティオ先生を信じなければこれは成り立たない。
「――負けない。行って来い、俺の自慢の生徒ども……こいつをぶっ飛ばしたら、俺も行く」
「分かりました。行ってきます!」
俺達は同時に顔を見合わせて頷きあうと、そのまま桟橋へと飛び降りて、港を出ようと動き出した商船へと走っていく。残されたティオ先生は、そんな俺達の後ろ姿を一瞥だけすると……カウボーイの男と、今度こそ向き合う。
「要塞……まぁ相手にとって不足はないな……ガキ1人を1000万は少し良心が痛む」
「懐かしいな、スカラー。今の肩書はなんだったか……"磁の魔法使い"だったか?」
「おれはおまえも"雷の魔法使い"と呼ばれる日が来ると思っていたんだがな……」
磁の魔法使いスカラー。それがこのカウボーイの名前だった。勝てないだろう。でも、負けないだろう。負けなければ勝ちなのだと、バスティオンは自分に言い聞かせる。
そして、魔法使いと魔術師の一騎打ちが始まった。




