第25話 想定外の変数
「おい待て、話と違ッ――」
「《ばん》」
「《アース・ウォール》!《アース・ウォール》!《アース・ウォール》ッ!」
ルカ対アッシュの試合は、予想通り概ね一方的な形で幕を閉じた。ルカの魔力放出による暴力そのものと言っても良いエネルギーの弾丸は、無数の土の壁を穿ち抜きながら、アッシュの事を場外まで吹き飛ばし、一撃でノックアウトする。
続いて、リュミエ先輩の障害踏破だったが……
「《エンハンス》……方角調整……距離3000m……目標視認……《アクセル》……!」
開始と同時に居合の構えに入り、前傾姿勢で遥か遠くのゴールを視認したかと思えば。複数の強化魔術を自らに施し、文字通り、光のような速度で、障害となる全てを斬り裂きながら、ゴールまで直線で到達する。
「タイムは?」
「な……7秒38……」
「ん……自己ベストならず。反省」
キィィィンという彼女特有の移動音と共に、彗星がゴールに着陸する。タイムを測る担当の生徒は腰を抜かして、異次元のタイムをただただ口にすることしか出来なかった。
そんなこんなで、俺達の中間試験は無事終了するのであった。
「よし、それじゃあ諸君、お疲れさん。俺の知らない内に色々あったようだが、ともあれ無事に全員が試験を受けることが出来て良かったと思う」
そして放課後。俺たちはアンオブタニウム教室に集まって、ティオ先生からの成績発表を聞いていた。自信は……あると思う。全員がベストを尽くして、ほぼ満点に近いスコアは出せたと思う。
「まず、個人の成績を発表する。灰 夏、100点。シュヴァルツ、100点。ルカ、95点。リュミエール、100点。リツ、100点……こんなところか、全員よく頑張ったな」
ほぼ満点。ルカの点数が少し低いのは、恐らく"魔術戦"の授業で正式な魔術を使って勝っていない部分で減点されているのだろう。そこに関しては仕方がない。
「続いて各クラスの平均点の発表だ。アダマンタイト、612点。プラチナ、554点。ゴールド、494点……」
やはり、ダメだったか。俺達の成績を全て足すと、数値は495点。ゴールドにはギリギリ勝利できたが、プラチナには遠く及ばない。今回のテストの結果としては……現状維持ということになるのだろうか。
ちらりとシアの方を見る。思ったよりも、浮かない顔というわけではなさそうだった。彼女としても、俺たち全員が全力を尽くしたことは知っているわけで。結果を粛々と受け止める強い心は持っているのだろう。
「アイアン、363点。そしてアンオブタニウム……
――560点」
「……え?」
俺は思わず素っ頓狂な声を漏らす。他のクラスメイトも目を丸くしている。どういうことだろうか。俺達のクラスの合計点は495点のはず……しかし、ティオ先生が発表した数字はそこから65点も多い。どういうことだろうと、部屋がざわめいている中、ティオ先生が歯を光らせながら、にっと笑って言葉を続ける。
「うちのクラスの6人目の生徒が試験だけは受けに来てくれてな、点数は65点……まぁ平均以下だが、お前らの熱意に影響されたんだろう……というわけで、アンオブタニウムは明日からプラチナ相当のクラスとして扱われる」
誰なのだろうか。見たことも会ったこともないクラスメイトの誰か、その一人のお陰で、俺達は目標であるプラチナクラスへの勝利を果たせたのだ。ともあれ……
「シア!」
「やったな」
俺とルカが、同時にシアの方へと言葉をかける。そして、シアは少しだけ含みを持つように小さく俯いた後に、大きな声で笑いながら叫んだ。
「……そうね、みんな……ありがとう!」
あぁ、こんなに嬉しそうなシアを見たのは初めてかもしれない。まだアダマンタイトには遠いけれど、少しは、彼女の目指す高みへと近付くことが出来たのだろうか。そして、俺たちはその手助けが出来たのだろうか。そんな奇跡と共に、こうして俺たちの中間試験は幕を閉じたのだった。
「それと、お前らに大学から依頼が来ている、リツと夏は薄々察していると思うが」
そして、そんな喜びも束の間。ティオ先生はやや低めのトーンで、恐らく"例の案件"についての話を始める。あれから一ヶ月程度、遅すぎるとも感じるが、先生たちは先生たちで色々と準備をしていたのだろう。
「先日、この大学がSQL……図書館から襲撃を受けた。そこで、一人の生徒が攫われた。その生徒の奪還作戦のメンバーとして、このアンオブタニウム教室が選ばれた」
「……話はリツたちから聞いてるが、全員参加なのか?」
珍しくルカが、机から顔を上げて、そんな風に質問を飛ばす。ルカの性格からして、面倒だから行きたくないという気持ちもあるのだろう。しかし、もし戦闘になるのであれば、ルカの戦力は百人力だ。
「まぁ参加は任意だが、報酬はちゃんと出る。ルカ、少なくとも試合を棄権して手に入る額よりは美味しい話だぞ」
「……そうか」
ティオ先生が、ちょっぴり意地悪な言い方でニヤニヤと笑う。いつの間に先生もその事を知っていたのか。誰も話してはいないだろうし、自力で知ったのだろう。意外と生徒のことを調べているんだなぁと。
「我は不参加だ。金には困っていないし、図書館に手を出すのも反対だ。藪蛇と言うだろう」
「無論。私は参加。友達が捕まってるなら、助けないと」
シュルツ先輩は当然のように嫌そうな顔をしながら参加しないことを表明する。そう言えば、俺たちが初めて部屋に押しかけた時も図書館かどうか気にしていたような気がする。何か因縁があるのだろうか。
リュミエ先輩は来てくれるらしい。それだけで安心だ。学園最強の戦刀姫。こんなに心強い称号はない。
「詳しい作戦資料は各自の部屋に送っておく、決行は来週の土曜だ。一応伝えておくが……これは授業ではない。俺は必ずしもお前たちの命を保証できない。それだけは心に留めておいてくれ。以上、解散」
そう、これは大学の授業ではない。命懸けの任務だ。報酬があると言っても、其の為に俺は、自分の命を賭けられるだろうか。あの時、図書館の男と対峙した時。やらなくてはならないという使命感と同時に、全身を包む恐怖があった。恐らくあれは、人の本能。潜在的な死の恐怖。あの男はきっと、本当に俺を殺すつもりだったのだと思う。
「でも……」
弱い自分を肯定する理由は要らない。怖いからという理由で、助けられる命を見殺しにするような人間ではありたくない。戦う理由は無いかもしれないけれど、戦わない理由だって俺にはないのだから。




