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第21話 RESET

「……灰 夏」


「なによ」


「これは、もしもの仮定の話だが……」


 シュヴァルツ先輩の部屋。寝室でありながら"研究室"と形容するのが相応しいそこで、私は彼女の研究に付き合っていた。

 その一室は、暗室となっており、白い壁に無数の文字が刻まれている。まるで呪うように、刻み込むように。洪水のように溢れ返る情報が無数に記録されている。最初は不気味だと思った。けれど、そこに刻まれた文字をある程度読んだところで、彼女の"特異性"に気付いた。今はそんなことは思えなくなった。


「自己の存在を複製する魔術があるとしよう。ある分野の研究においてクローンと呼ばれるそれが、記憶も含めて実現すると仮定する。もし、貴様の友人がある日突然、複製にすり替わっていたとして、貴様はそれを友と呼べるだろうか」


「随分と哲学的ね、らしくない……わけではないけれど、そうね……」


 もし、ルカがリツがある日突然、同じ見た目、同じ記憶を持った別人とすり替わっていたら。考えるだけで血の気が引くような気分がする。知らなければ、多分、そのままの関係でいられるだろうが……


「私は許せないと思う。少なくともその複製を、同一人物としては認めたくないわね」


「……ふむ、そうか」


 シュヴァルツ先輩はそう相槌を打ちながら、今日の実験の結果を紙に書き込む。心做しか、やや低めのトーンで。そんな彼女に、私は続ける。


「――だとしても、もしその複製が身も心もオリジナルと同じならば、私はきっとまた友人になれると思うわ。何度リセットされようとも、ね」


「ふっ……面白い見解だな」


 先輩は小さく笑う。彼女も、友人と呼べる相手がいない性分に思える。誰かと密に付き合ったことなどないだろうし、彼女の"特異性"を考慮すれば、そんな一抹の不安が浮かぶのも納得できる。

 私は嘘は嫌いだ。実際、さっきの仮定を受け入れられないのも本心だ。けれど、何度だろうと同じだけの関係を築けるのだと信じているのも本心だ。


「……よし、今日のところはこれでいいだろう。灰 夏、残りの空間魔術はあとどれくらいだ?」


「あと半分くらいかしらね。そもそも空間魔術はソン教授の"空の魔法"を全て魔術に書き起こしているわけじゃない、彼だって立派な魔法使い……秘匿するべきところは秘匿しているのよ」


「そうか……まぁ良い、気長に貴様が"空の魔法使い"に至るのを待っているとしよう」


 そう言って、先輩はもういいとばかりに片手で合図する。私は机の上の魔導書を拾い上げて、先輩の部屋を後にした。さようなら、シュルツ先輩。そして、また"はじめまして"をするとしましょう。


「あぁ、それと」


 彼女に背を向けて部屋を出る直前。先輩は最後にこう言い残した。


「あのルカという男に"悪かった"、と伝えておいてくれ。問診で患者を急かすべきではなかった、あれは全面的に我が悪い。後日ではあるが、今の我はそう結論付けた」







「クソっ……がッ……」


 時は深夜。アダマンティン魔術大学。その地下牢の前に、警備員の亡骸が無数に転がっていた。

 そして、そんな地獄の底から這い上がるようにして、一人の男がふらふらと歩いている。赤いローブに金色の髪。一介の学生であるリツに敗北を喫した"その男"は……右腕を失くし、拷問の末に左手の指も殆ど失っていたが、それでも警備員の魔術師を圧倒できるほどには強者であった。


「あのクソガキ……絶対に殺してやる……何が魔術の可能性だ、魔術は所詮、人殺しの道具でしかない。奪うことしか能のない殺しの技術だ……それを今度こそ解らせてやる」


 棒のようになった足を引き摺って、男はゆっくりと地下牢から這い出ていく。こんな時間に校内を歩いている人間などいる訳もなく、男は容易に大学から脱出することに成功した。


 そして、大学から数キロ離れた近くの隠れ家へと転がり込む。扉を蹴破り、倒れ込むようにして暗い部屋に身を投げる。中には、男と同じ赤いローブの人間が一人と……優雅にソファに腰掛けてお茶を飲む男が一人。


「ゲホッ……ゴホッ……おえっ……」


「随分な醜態だな、キッド」


「へへ……命があるだけ儲けもんだろ……それより、治療を頼むぜ」


 赤いローブの大柄の男が、ボロボロの男を"キッド"と呼びながら、その高い背丈で哀れな男を見下ろす。そして……机の上の魔導書を乱暴に投げつける。


「自分で治せ。お前の失態だろう」


「いや、違う……俺は悪くない、悪いのはあのガキだ……空の器に"リツ"と呼ばれていた、白髪に碧眼のガキ……あぁ、間違いない……あいつは例の」


「……あぁ、確かにそんな噂があったな」


「"継承"が済んでいるかは不明だが……もし本当に■の器だとしたら、俺たちの計画の完遂までの道は随分と短くなるんじゃねぇか?」


「……」


「あぁ、それと……あいつらはどうやら例の回収対象を奪還しに来るらしい。つまり、飛んで火に入る夏の虫だ……器が2つも手に入るチャンスだぜ?」


「……良いだろう。仲間を売った叛逆の罪は、その功績を以て無効としよう」


 大男が、審判を下す。いつからか、その右手は背中の大剣に伸びていた。恐らく、いつキッドを処刑するか見極めてたのだろう。だが……幸運なことに、キッドは許しを得た。そんな事実を知るか知らぬか、キッドは薄っぺらい笑みを貼り付けて、ボロボロの肉体の修復を始める。


「……お前の差し金か? 術師」


「いや、そんなことはないですよ。これは彼ら自身が決めたことですから、私はただ見守っていただけ。あなた方にとって都合の良い展開になって良かったじゃないですか」


「術師、お前が俺たちに協力する目的は何だ?」


「……そうですね。蠱毒や淘汰……のようなものでしょうか。私には私の目的がある。それを果たすために都合が良いから、あなた達に協力しているのですよ」


「ふむ……まぁいい。都合が良いのはこちらもそうだ、互いに利用するとしよう」


 赤いローブの大男と、ソファで寛ぐ男が会話する。どうやら寛いでいる男は、ローブの集団……つまり図書館のメンバーではないのだろう。利害の一致、それだけの理由で図書館に協力している"何者か"でしかない。


 こうして、怪しげな男たちの企みは続く。

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