第20話 Type mismatch (Error 13)
「なんだよ、リツ」
「いや、たまには男同士の付き合いも良いかなと」
ルカを追いかけて、螺旋階段を抜け、辿り着いた先は……大学で最も高い塔の上だった。目的がなければこんな場所に来ることもないだろうし、あることすら知らなかった。
そこで、塔の柵に肘をつきながら、ルカは遠くを眺めていた。方角は良く分からない。けれど……なんとなく、その目はここではない、どこか遠い場所へと向いているようにも見えた。
「大学に来た時はまともに見れなかったから意識したことなかったけれど、綺麗な町並みだね」
「……? リツはこの国の出身じゃないのか?」
「あ、まぁ……そんな感じかな」
ルカは少しだけ驚いたように目を見開くと、小さく笑って続ける。
「俺も、ここは良い国だと思う。平和だし、綺麗だし、それに良い人ばかりだ」
その言葉は、多分お世辞などではなく、ルカの本心なのだろうと感じた。それほどまでに、ルカの独白は、あまりにも優しい響きをしていた。
「ねぇ、知ってた? シアってああ見えて字が上手くないんだよ」
「……? そうなのか」
「そうそう、前に術式の模写をやらされたんだけど、その時の字が汚すぎて写すのにすごく時間が掛かって。いや違うのかな……上手すぎて読めないタイプの字なのかも」
「あぁ、確かに……俺も、シアから貰うノートの写しが読めないと思ってた。俺が学がないだけなのだと思ってたが……リツもそうなのか……」
「俺も大概、学がないからね。ド田舎の出身だし」
ふふっ、と小さくルカが笑う。珍しい表情を見れて、俺も思わず笑みが浮かぶ。思えば、ルカとこうして一対一で話したことはなかったかもしれない。短い時間だが、同じ時間を共有して、少しは仲良くなれたのだろうか。
「シアは良い奴だと思う。俺なんかの為に苦労してくれてる。だから、アンオブタニウム教室で足手まといな自分が少しだけ悔しく思う」
「大丈夫。俺の方が足手まといだから。ルカは強いじゃん、あの時の決闘もすごかったし」
そう言いながら、俺はルカの真似をして指鉄砲を作ってみせる。それを見て、ルカも微笑みながら自分で指鉄砲を作り、右手を眺める。
「実は……俺は魔術が使えない。知識とか、技術とか、そういう意味じゃなくてな」
「……だよね、そんな気はしてた」
ルカが魔術らしい魔術を使ったのを見たのは、あの決闘が最初で最後だった。授業の実技でも一度も発動させることが出来ていなかったし、そもそも"魔術"の知識に興味がない姿勢から、薄々感じてはいたことだ。けれど、多分それも訳ありなのだろう。
「シュルツ先輩が言っていたのは半分当たりだ。俺は、魔力がない体質じゃない……"魔力が魔術に適合しない"体質なんだ」
その独白に、俺はこくこくと頷いてみせる。理屈としては理解できる。例えばプログラムにおいて、数値を入れる為の変数に文字を入れることが出来ないように、"魔力"と定義された型にハマらない特殊な魔力を持っているのだとすれば、"魔力があるのに魔術が使えない"体質というのは理論上存在することになる。
「――不適合者。それが俺の烙印だ。俺の魔術師としての未来は、生まれた時から終わってるんだよ」
「じゃあ、決闘の時に使った魔術は?」
「あれはただの魔力放出だ。詠唱は……まぁ俺の中で出力を設定する為の自己暗示のようなものだ」
魔力放出だけで、あれだけの威力の攻撃が出来るということは、本当に魔力量や魔力出力は化け物クラスなのだろう。けれど、そんな潤沢な魔力も"適合"しなければ意味がない。圧倒的な魔力の代償に、一切の魔術の使用が禁止された者。それがルカなのだ。
思えば、食堂で珍しくルカが怒った時も、プラチナの連中はアンオブタニウムのことを『不適合者』と呼んでいた。きっと、その蔑称だけは、彼にとって許せない一線だったのだろう。
「それでも、諦めてないんだよね」
「……まぁな」
そう、魔術が使えないのにこの大学に入っている。そのアンバランスな事実は、彼の未練を示しているのだろう。この大学に入れば、きっと魔術を使う手段や、自分の体質を治療する方法が見つかるかもしれない。そんな期待を胸に、きっとここに来たのだ。
ならば、俺に出来ることは一つ。
「――ルカが使える魔術を……俺が開発する」
「……開……発?」
「あぁ、俺は結構、魔術を開発する才能があるみたいなんだ。まぁ、俺が凄いわけじゃなくて、偶然昔の知識が役立っているだけではあるんだけど……」
「無理だよ、魔術である以上……不適合者の俺の魔力は適合しない」
「じゃあ、ルカの魔力が適合する魔術を俺が作るよ。大丈夫、魔術に不可能はない」
それは、在りし日の俺の夢。言葉一つで、どんなことだって出来る。言葉一つで、世界を変えられる。そんな俺の陳腐で幼稚な夢を、この世界で、叶えてみせる。魔術の可能性を、世界の可能性を。
――魔術は世界を記述する。
世界という名の複雑怪奇な法則も、奇跡という名の曖昧模糊な幻想も、不条理という名の悪逆無道な運命すらも、この右手で、この言葉で、全て書き換えてみせるから。
だから、俺は誓うんだ。
「リツ……?」
「あぁ、出来るさ……だって……
――俺はあの魔法使いルビイの弟子なのだから」
あぁ、言ってしまった。約束だったのに。けれど、後悔はしていない。ルカが俺を信じて自分のことを打ち明けてくれたように、俺もルカのことを信じる。それぐらいのリスクは支払わなければ、きっと、俺の言葉に説得力など生まれないのだから。
「は……ははは……」
そんな、俺の堂々とした宣言に、ルカは思わず吹き出して笑い出す。
「魔法使いの弟子、とは大きく出たなリツ。お前も大概訳アリじゃねぇか」
「まぁね、もちろん秘密にしてよ?」
「あぁ、そうだな。これは俺たちだけの秘密だ」
ひとしきり笑った後に、ルカは、再び遠くを眺める。その瞳は、やっぱりここではない何処かを見ていて。けれど、いつだって気怠げで、何も映していないようなその瞳には、今日は少しだけ光が灯っていた。あぁ、きっとこれはただの夕日だろう。燃えるような赤色が、ルカの赤い瞳を照らしていた。




