第2話 while(alive)の終わり
連日連夜、仕様変更にバグ修正。その次の日も、次の日も。同じことの繰り返し。
プログラマは、別に輝かしい仕事なんかじゃない。
夜の街を歩く。終電はとっくに過ぎて、2つ隣の駅まで徒歩で歩く。
帰ったら、泥のように眠って、数時間後にはまた出社。
for文で定義されたかのような繰り返し。終わりのない無限ループ。もし、神がこの世界をプログラムしたのだとしたら、あまりにも適当なヤツなのは間違いない。
「雪、か……」
頬に触れる冷たい何か。あぁ、もう今年も終わるのか。季節感など感じなくなっていた。
ガキの頃、小さなロボットを簡単なプログラムで動かした時の感動。そいつはただ前に進むだけの木偶の坊だったが、俺にとってはただそれだけで、自分の手で世界を支配できるような全能感に満ちていた。言語で世界を定義する。そんな理想を夢見て、落ちてきた先がここだ。
「――ヒューッ」
風を切る音。違和感。こんな時間に鳴るものではない。雪にフォーカスを当てていた視界を、それよりも遠くの黒い空に向けてみる。
人影。人だ。制服を着た誰か。落ちてきている。あぁ、そうか……この世界は、未来ある若者にすら、夢を見ることすら許されないほどに、腐っているのだな、と。
駆ける。バカだな、俺。そうして何になる。あの高さから落ちてきた人間を受け止めたところで、結果は変わらない。死ぬ人間が一人から二人になるだけだ。無駄。無意味。まるで俺の人生のようだ。
「あぁ、それでも」
もし、俺に力があったのなら。この腐った世界を、バグに満ちた世界を。
「修正して……やりたかった……」
全身に衝撃。痛みは感じなかった。両手で小さな体躯を受け止めて、そしてそのまま俺の全身は地面に叩き付けられる。フェードアウト。ここで俺の人生は終了。呆気ないものだ。
「がはっ……!?」
目が醒める。意識は明瞭、全身の感覚もはっきりしている。病院……ではない、柔らかいベッドに、朝日が差し込んでいる。森の中のような植物の香りに満ちた、木造の建築。そして、俺の枕元には一人の女性が座っていた。
「目が覚めたかい、少年」
「なんで……俺、生きてる……?」
「落ち着きたまえ、怪我はしていないし死んでもいない、ここは現実だ、君の想像している場所とは違うかもしれないけれどね」
改めて、恐らく俺を助けてくれた女性の姿を直視する。魔女。そう形容するのがシンプルだ。黒い帽子に黒いローブ、そして何本もの三つ編みが垂れる長い白髪。妖艶な赤い瞳。
「……まさか、な」
状況を整理すれば、よくあるシチュエーションは一つだけ。ただ、それはあまりに非現実的な……
「恐らくはそのまさかだよ、異世界転生者君」
「……は?」
「おや、この呼び方は元の世界では主流ではなかったかな? なら生まれ変わり……とかそっちの方が伝わりやすいかな……」
「いや、いやいやいや……百歩譲ってその通りだとして、何故あなたがそれを知っている……んですか?」
「うむ、敬意を感じる、殊勝なことだ」
異世界転生。ゲームやアニメにそこまで明るくない俺でも知らないことはない。日本の一大ジャンルだ。非現実的、とか言ってる暇はないだろう。
「複雑なメカニズムは省略するが、結論として、この世界における死者蘇生の失敗作、それが君だよ」
「……は?」
「うん、まぁ、そうだね。本来であれば君の肉体には別の魂が宿るはずだったのだが、失敗して君の魂が宿ってしまったというわけだ」
死者蘇生の失敗作。魂。あぁ、要するにファンタジーなのだな。とだけ理解した。
「良いんですか? もしそうなら……俺って招かれざる客なんじゃ……」
「あぁ、まぁ……そうだね、確かにボクの目的は果たされなかった。けれどそもそも、死者蘇生なんて上手くいくはずがないんだよ。これは、悪戯に命を弄んだ罰のようなものだ。だから、ボクは責任を持って君の面倒を見る」
少しだけ哀しげな表情で、自嘲するように嗤いながら魔女はそう呟く。そして、ひょいと椅子から降りると、分厚い本を片手にてくてくと扉の方へと歩いていく。座っていたから気付かなかったが、思っていたよりも背丈の小さな魔女さんだった。
「嫌いなものはあるかな? ボクはあまり料理が得意ではないから、簡単な物しか作れないが」
「あ、いや……大丈夫です、なんでも……」
「オーケー、えっと……あはは、自己紹介すらしていなかったね、ボクのことはルビイで構わないよ」
「律です」
「リツくんだね、よしきた、改めてよろしくね」