第18話 セキュリティホールは放置しない
「えっと、今日集まったのは……試験対策……だよね?」
「えぇ、そうね。みんなおはよう」
翌日。リュミエ先輩を含めた俺たち4人組は、早朝に学生寮の前に集合していた。ただ、いつも以上にルカが死にかけている。今にも倒れそうな形相で、シアを睨みつける。
「シア……今……何時だと思ってやがる……」
「午前6時だけれど」
「帰る……俺の貴重な睡眠時間を奪うな……」
「しょうがないじゃない。平日だし9時から授業もあるんだから、今の時間にやらないと」
「趣旨的に。平日の今の時間に実行するのは妥当。シアはかしこい」
「えっと……みんなで試験勉強……的な感じではない?」
リュミエ先輩はなんだか分かっている様子だが、俺とルカは本当に状況が飲み込めずに首を傾げている。いやルカはこれ倒れそうになっているだけか……
「リツ、いい? 私たちにとって試験は個人戦じゃないのよ」
「……? そうだね?」
「例えば、ここにいる4人が100点を取ったとしましょう。で、残りの3人が0点だったとしましょう。平均点は?」
「57点くらい……?」
あぁ、そういうことか。確かに、今の状態で俺たちがいくら必死に成績を上げても、クラス全体の評価は大して上がらない。一方で……もし、仮に50点程度しか取れないのだとしても、母数を一人増やすことが出来れば……10点以上平均点を上げることができる。
「そう、クラスの成績を上げる最も手っ取り早い方法は、そもそも試験に参加しない心積もりの人を参加させること、そして……私たちアンオブタニウム教室には一人不登校の問題児がいる」
「そいつを更生させるってことか……俺は帰っていいか?」
「ルカ、あなたもクラスメイトのことなんだから少しは興味持ちなさいよ」
「……リツ、俺が途中で力尽きたら……ベッドまで運んどいてくれ……」
「あはは……オーケーオーケー」
朝が弱いとかいう次元ではない死にかけのルカのことを支えながら、俺たちは寮に足を踏み入れる。この大学の寮は不思議空間になっていて、廊下には2mくらいの等間隔に所狭しと扉が並んでる。
こんなに狭い間隔で並べたら部屋はどれだけ細長いんだ……と思うかもしれないが、そこは多分ソン教授の技術で、中に入ると1LDKの部屋が広がってる。部屋に入る鍵は学生証が担っている。
「さて、ここね……問題児の部屋は」
そして、俺たちは寮の一室の扉の前で立ち止まる。当然、学生証が無いので中には入れない。まずはシアが呼び鈴を鳴らす。が……暫く経っても扉から誰かが出てくる様子はない。
「……斬る?」
助けて。なんかリュミエ先輩が物騒なこと言ってます。
「これぐらいは想定内よ。まぁ見てなさい」
そう言いながらシアが取り出したのは……鍵や学生証……ではなく、自分の魔導書。なるほど、魔術で鍵を開けるみたいな感じだろうか。確かに俺の元いた世界でも、某有名魔法小説で鍵を開ける魔法が出てきていた。セキュリティ的にどうなの? と思ったりもしたが、やっぱりあるんだろうか。
「《ディメンション・ホール》」
ばちん……というシアの魔術特有の音が響く。それと同時に、眼の前の扉の空間が歪んで、大きな穴が開いた。なるほど……穴を開ける魔術か
「特定の空間を発動中だけ、魔力で構成された空間と置換する魔術ね。維持し続ける必要がある分、空間切断よりも消耗は激しいから、さっさと通るわよ」
穴の奥には暗い部屋が見える。早朝だし、まだ寝てるのだろうか。そんなことを思いながら、俺たち4人は穴を通って部屋へと侵入した。うん、普通に犯罪だと思います。
一見すると普通の寮の部屋だ。強いて言えば……思ったよりも飾り気がない。家具や装飾も最低限で、まるで引っ越した直後の部屋のようだ。けれど、キッチンには器具や調味料は置いてあるし、そこそこ生活感はある。ミニマリストな方なのだろうか。
「ところで、シア。この部屋の主って結局誰なの?」
「灰 夏。いい加減覚えなさいよ。まぁそれは今から分かるんじゃない? 分かっているのは……今回の中間試験で必ず必要になる人材であるということ、あと部屋の番号」
そんな行き当たりばったりな状態で押しかけたのか。通報……という概念があるのかは分からないが、されても文句は言えないぐらいの無法なことをしている気がする。
そんな風に、がやがやしながら部屋を散策している時のことだった。
「っ……リツ!」
唐突に、何かに気付いたリュミエ先輩が、高速で踏み込んで俺に接近する。魔術による補助無しだというのに、その反応速度、移動速度は異次元で、一瞬にして俺と接触すると、そのままダイブしながら俺を押し倒す。そんなに俺のことを轢きたいんですか!?
――ジャキン!
そして、それとほぼ同時に。さっきまで俺が立っていた場所の床から……漆黒の槍が突き出てくる。危ない、もし先輩が俺を倒してくれなかったら、今頃俺は串刺しになっていたことだろう。
明確な攻撃の意思。いや、これは一種の警告だろうか。ともあれ、俺を刺し貫こうとした張本人。恐らく、この部屋の主である人物が、すたすたと寝室の扉から出てくる。
「……不法侵入とは良い度胸だな? 犯罪者ども」
「いきなり攻撃するのはよくない。当たりどころが悪かったらリツは普通に死ぬ」
「そうなれば正当防衛を主張する。先に強盗まがいのことをしてきたのは貴様らだろうが」
リュミエ先輩に手を引いてもらいながら、俺はゆっくりと立ち上がり……部屋の主と対峙する。
黒に限りなく近い紫色の髪。強い目つきでこちらを睨みつけながら、制服ではなく白衣を着て、左手には漆黒の魔導書を構えている。
明らかに臨戦態勢な部屋の主を前に、リュミエ先輩も右手を腰に当てて、いつでも抜刀できるという姿勢で俺を庇うように立つ。
「……戦刀姫。ということは噂の一年坊主共か、我の部屋に何の用だ」
「話が早いわね。私は灰 夏。そこで壁に寄りかかって寝てるのがルカ。あなたが殺そうとしたのがリツ。リュミエ先輩のことは知っているみたいね」
ギロリ、と強い視線で、部屋の主は俺達を順番に観察する。全身が萎縮するような感覚。圧倒的な覇気を前に、足がすくむ感覚を覚える。俺の中のイメージで形容するなら、この人は魔王だ……
「ふむ……どうやら、図書館の連中ではないようだな。まぁ良い、適当に座れ。シュヴァルツだ、愛称はシュルツだが、貴様らが呼ぶのは許さん」
そう言いながら、シュヴァルツさんことシュルツさんは、ぱちんと指を鳴らして暗い部屋の電球を付ける。あれ、そんな機能あったっけ。
取り敢えず、今にも開戦しそうなピリピリとした空気はなんとか霧散する。そして、リビングにある4つの椅子に座るように促しながら、自分はその少し後ろにある一人用のソファに腰掛ける。
そして、俺たちが言われた通りに席に座ると同時に、再びシュルツさんが指を鳴らすと、机の上にまるで今淹れたばかりのような良い香りのするお茶が出現する。あれ……本当にこれ魔術?
「随分ともてなしてくれるのね」
「最低限は客人だからな。で、何の用だ」
「単刀直入に言いましょう。私たちは、シュヴァルツ先輩に大学に復帰してもらいたい。先輩のクラスであるアンオブタニウム教室のために」
その言葉を言い終わるかどうかというタイミングで、斬り込むようにシュルツ先輩は返す。
「却下だ。もうあの大学で学べることは何もない。授業も講義も、我には受ける理由がない」
「分かりました……では、試験だけでも構いません。クラスへの出席や普段の授業は受けなくてもいいです。お願いできませんか?」
「話にならんな……我にメリットが何も無い。せめて、貴重な時間を割くだけの理由がなければな」
そう言いながら、もう話は終わっただろうとばかりに、シュルツさんは白衣を翻しながら立ち上がる。そして……俺たちに背を向けて寝室に戻ろうとするが……
「シュルツ。良い提案がある」
「……なんだ、戦刀姫」
「シアはソン教授の後継者。次期"空の魔法使い"。どう……? "記録"……したくない?」
「……ほう?」
シュルツさんがくるり、と振り向く。その表情は今日一番輝いていたと言っても過言ではないだろう。そして、すたすたとシアの下に歩み寄ると、研究対象を眺めるとばかりに舐め回すように観察する。
「空の器か。確かに……ソン教授の空間魔術は"記録"できていない。試験に出る見返りとしては……まぁ及第点だな……」
「……? どういうこと?」
一方、肝心のシア本人は何も分かっていないとばかりに首を傾げながら、ややドン引きと言った姿勢でシュルツさんから身を引く。
「簡単な話だ。灰 夏。貴様には定期的に我の魔術研究に協力してもらう。そうすれば試験で、この天才シュヴァルツ様の力を貸してやろう」
「分かったわ。それぐらいで良ければ喜んで協力する」
「くくく、良いだろう。交渉成立だ。だが先に言っておくが……実技の科目は期待するな、我の専門は座学なのでな」
「問題ないわ。協力してくれてありがとう」
どうやら話はまとまったらしい。シアとシュルツさんは、がっちりと握手をして、今日、アンオブタニウム教室は4人から5人になったのであった。




