第17話 実行速度は正義
「ねぇ、ティオ先生」
「なんだ夏。例の件のことならもう少しかかる予定だが」
「そうじゃなくて! このクラス! 7人いるはずよね!?」
「……そうだな。ルカ、リツ、夏……今年の一年生は真面目で俺は嬉しい」
週に一度のホームルームの時間。校内の辺境も辺境にある、アンオブタニウム教室には、入学式と変わらない面子が並んでいた。7人いるはずのクラスメイトだが、今のところ……ルカとシアしか会ったことがない。
「教師としてどうにかしようとは思わないの?」
「それぞれ事情があるのだから仕方がないだろう。あぁ、それと朗報だ、お前らの先輩がクラスに復帰する……確か今日のホームルームから参加してくれる予定だった気が――」
ティオ先生が時計を眺めながら、小さく首を傾げる。それとほぼ同時に。教室の外、廊下の方から。甲高い音が聞こえてくる。あれ、なんか既視感。俺、すごい嫌な予感がします。
――キィィィィィン!
閃光のように、光り輝く何かが、教室の扉を蹴破りながら入ってくる。この戦闘機のような音は、確かに聞き覚えがある……あの日、俺が轢かれた……
「到着。どう……遅刻?」
「あぁ、そうだな……まぁギリギリセーフということにしておこう」
「おー……危なかった。校長先生は遅刻するとすごく怒る。だから、ティオ先生はやっぱり優しい」
青い光を纏いながら現れたのは、制服のフードを深くかぶった緑髪の少女。いつも眠そうな琥珀色のジト目を小さく小さく見開きながら、胸を撫で下ろしている。
「この子……本当に魔術師……?」
シアが、思わずそんなセリフを口にする。今のエントリーを見たら、確かにそんな感想を抱きたくもなる。どうしてあんなに白く細い身体から、あれだけの速度が出るというのだろう。
「……? あ、新入生?」
「そうだ、挨拶しておけよ」
「了解。私はリュミエール。4年生。リュミエでも可」
ゆるっとした喋り方で、ジト目ちゃんことリュミエは自己紹介をする。この子、4年生だったんだ……師匠と同じくらいちまっこいから、勝手に年下だと思っていた。いや、あれ……でもこの学校の学年って年齢関係ないか、実際どうなのだろう。
「私は灰 夏。そこで寝てるのがルカ、で……そこの女々しい男子がリツね」
「俺のどこが女々しいんだよ……」
「……髪型? 顔もだけど」
まさかいつの間にシアからそんな印象を抱かれてたとは……三つ編み、似合ってないのかな……師匠とお揃いで気に入ってたのだけれど。
「お、おぉー……リツ……リツではないか……まさか同じクラスだったとは……」
「あ、久しぶり……この間はどうも……」
「あれは全面的に私が悪い。リツは被害者。堂々と私を叱るべき。出来れば……優しく……」
「いや、怒ってないよ。前も話したけど余所見して歩いてた俺も悪いし」
リュミエが申し訳無さそうにぺこぺこと頭を下げる。本当に気にしてないのだけれど。
そんな俺とリュミエの会話を聞いて、シアとティオ先生は当然首を傾げる。
「リツと知り合いだったのね」
「うん。命の恩人と言っても過言ではない。あのままでは私は退学では済まなかったかもしれない……」
「大袈裟……でもないか、マジで当たりどころ悪かったら死んでたし……」
「早速打ち解けたようで何よりだ。じゃあリュミエ、今後は後輩の面倒を見てやってくれ」
「うん。任された」
こうして、俺達のクラスにかわいい先輩が一人増えた。実際、魔術の腕前はどうなのだろう。どちらかと言えばフィジカルが凄いイメージだが……確か強化魔術が得意だったな。
そんなこんなで。今日から、アンオブタニウム教室は4人構成となった。
「それにしても、まさかリュミエ先輩がアンオブタニウムだったなんてね」
「あれ、シア知ってたの?」
「灰 夏ね。というか……逆になんで知らないのか不思議なくらいよ、彼女は"学園最強"の称号を持つ魔術師にして魔剣士……あの甲高い音を響かせながら戦場を駆ける彼女を畏れて、人々はこう呼ぶのよ……"戦刀姫"と」
「私。そんなにすごくない。未来の"空の魔法使い"の方がずっとすごい」
「ありがとう」
ホームルームが終わった後、リュミエを連れて俺たちは食堂に来ていた。お茶と軽食を用意して、ちょっとしたティーパーティーと言ったところか。普段、俺とルカを連れてこういうことをするとは思えないし、多分……女友達が出来てシアも嬉しいのだろう。
「学園最強なのに……アダマンタイトじゃないの?」
「うん。不服。シアよりはすごくないけど、私も結構はすごい方。アダマンタイトが妥当」
「そもそもアンオブタニウム教室って何なのかしらね。一般的に認知されている意味の特別学級では無いように思えるけれど」
「不明。私は4年目だけれど、未だによくわからない。シアみたいな天才もいれば、リツみたいな一般人もいる。謎」
「……先輩的にも俺って一般人なの……?」
「うん。基本魔術しか使えないって聞いた。決闘で一人だけ負けたって」
事実だ。何も否定できない。今は結構色々な魔術……というよりは基本魔術の改造魔術は使えるようになったが、それでも多分才能的な意味では一般人なのだろう。魔力測定も惨敗だったし。
「リツはこう見えて結構すごいわよ、少なくとも一般人と呼べる器ではないわね」
「おぉ……シアちゃん的には高評価。リツはすごいんだ。殺さなくてよかった」
「殺されなくて良かったよ……」
リュミエ先輩が目を輝かせて俺を見ている。シアがここまで俺を買ってくれているとは思わなかった。ちょっと嬉しい。でも、リュミエ先輩にはフルネームで呼べって言わないのね。そこは負けてるみたいです。
「ところで、先輩は何で今までクラスに参加してなかったの……?」
「校長先生からの特別任務。成功すればいっぱいお金もらえる。単位も出るゆえ……」
「そういうのもあるんだな」
ん、校長先生か。誰なんだろう、うちの校長。今まで気にしたことなかったし、入学式の挨拶もソン教授がやってきた気がする。表舞台に出てくることの少ないミステリアスな存在だ。俺も頑張ってればお目通りが叶うのだろうか。
「……金か」
ふと、ルカがぼそりとそう呟く。そうだよな、生きてく上ではお金が必要だよな。俺の学費とかは多分師匠が払ってくれているのだろうけれど、自分でも何かしら稼げるようになりたい。アルバイトとかないのだろうか。
「ん……でも、ティオ先生が次の特別任務はリツたちと一緒って」
「あ、もしかして」
俺とシアは顔を見合わせる。間違いなく例の件だろう。学園最強のリュミエ先輩が来てくれるとなれば、とても心強い。それに多分ルカも来てくれるはず。他のアンオブタニウムの生徒は……どうなんだろう。
「リツ、確かにあの件も重要だけれど、それよりも直近のイベントを忘れてない?」
「……何かあったっけ?」
今の時期にイベントか。何かあっただろうか。あぁ、シアが特別視するということは、多分……あれのことだろう。あまり乗り気じゃないんだよなぁ。そんな俺の内心など知らぬ存ぜぬという顔で、シアは高らかに宣言した。
「――中間試験よ!」




