第16話 SQL
「リツくん……! リツくん……!」
「ぁ……」
意識が覚醒していく。あぁ、声が聞こえる。俺にとっては馴染み深い声。師匠が俺を呼んでいる。あ、でも師匠って呼んじゃまずいよな……だから……
「ルビイ……教授?」
「リツくん! 良かった、目が覚めたんだね」
ゆっくりと身体を起こす。頭と胸に包帯。傷は塞がっているみたいだが……まだ蹴られた場所が鈍く痛む。俺の顔を心配そうに覗き込む師匠と……その隣には黙って座りながら俺の顔を見ているシア。あぁ、多分だけど……二人は俺の目が醒めるまで、ずっと一緒にいてくれたんだなと、胸が暖かくなった。
「さて、律君も目が覚めたことだ、改めて話の続きをしましょうか」
「……ソンくん、相手は怪我人だぞ。日を改めるべきじゃないのか」
どうやらここは大学の医務室のようだが、そこにシアと師匠以外の大人が三人立っていた。一人は黒髪ロングの貴族男であり、空の魔法使いことソン教授。そして俺達の担任である強面グラサンのティオ先生。もう一人は知らない人だ。金髪にシルクハットを被ったマジシャンのような男で、猫のように細い目をしている。
師匠は俺を安静にしたいようだが、事は一刻を争うだろう。俺は片手で師匠を静止する素振りを見せながらその意思を伝える。
「構いません。続けてください」
「律君。ありがとう。ではまずここまでの話を整理するとしましょう」
ソン教授がふっと右手を振ると、空中にまるでホログラムディスプレイのように文字や図像が浮かぶ。空の魔法使いの称号が示すのが、空間という法則を司るものならば、こういうことも出来るのだろう。
「先刻、我が大学に襲撃がありました。主犯は恐らく二名……赤いフードローブを纏った魔術師ですね。彼らは大学の結界を何らかの手段で突破し、内部に侵入。ゴールドクラスの教室近くの中庭で、学生7名を戦闘不能にした後に……律君とシアと遭遇した。ここまでが私たちの把握している話です」
「その後に、私とリツは侵入者と交戦。片方の男はリツが倒して捕まえたけれど、もう一人の男には逃げられたわ。そしてその男は、女子生徒を一人攫っていった」
「俺と戦った男は……シアのことを"空の器"って呼んでました……情報になるか分からないですが……」
「いや、ありがとう律君。その情報はとても重要だ」
ソン教授が優しく微笑みかける。そして、真面目そうな顔をして大人たちは同時に顔を見合わせる。その静寂を破ったのは、近くの柱に背を預けて遠くを見ていたティオ先生だった。
「――間違いなく……"図書館"だろうな」
「……図書館?」
「Sorcerer Quarry Library……魔術師狩りの図書館……通称"SQL"や"図書館"と呼ばれる組織だね」
ティオ先生の言葉に師匠が補足する。図書館という言葉の響きだけならさほど脅威には思えないが……魔術師狩りというワードが引っかかる。もしかして、その図書館が集めているものって……
「彼らの目的は"魔法および魔術の保存"だ、その為に"魔法使い"や"優秀な魔術師"、"未知の魔導書"を"収集"して、永久に利用できる形で"保管"する……そういう技術と目的を持っているテロリストだよ」
「……つまり、あの攫われた生徒は」
「彼女は実力こそゴールドクラスだが、そこそこの魔術師の名門の出身でね。十大属性の中でも希少な、光属性の魔術師を輩出する一族の一人だった」
「熱心な研究者でもありましたね。彼女は在学中に幾つも光属性の新しい術式を発表していた……それが奴らの目に留まったのでしょう」
「あぁ、図書館の収集対象になるの無理はない……それほど優秀な生徒だった」
ルビイが悔しげに唇を噛む。他の一同も、どんよりとした雰囲気の中、やるせない沈黙だけが場を支配していた。そこに、シアが挙手をしながら言葉を挟む。
「先生方……今すぐにでも、攫われた生徒を助けに行くべきではないでしょうか」
「落ち着け夏。別に図書館に捕まったからと言って……殺されるわけじゃない、奴らの目的は寧ろ逆であり、攫われた生徒は"保護対象"だ。図書館の本拠地に連れて行かれなければ、酷いことはされていないはずだ」
「それでも、尚更急がないと……本拠地に連れて行かれてしまうのでは無いでしょうか」
「あぁ、だがそこに関してはお前らは大手柄だ、リツと夏。なんたって図書館のメンバーを一人鹵獲できた。そいつから情報を引き出せれば、助けられるかもしれない」
ティオ先生が、小さく笑いながら親指を立てる。救えなかった、そんなやるせなさを感じていた俺とシアにとって、少しでも意味があったという事実が何よりも誇らしい。そして、多分シアの性格的に……もう無関係ではいられないだろう。俺だってそうだ。
「……私に出来ることはありますか?」
「今すぐはない。まずはあの魔術師を尋問する。その後に……力を借りるかもしれない」
「ティオくん! 彼らはまだ学生だ、わざわざ危険に晒す必要などない! 図書館程度の戦力なら……ボクだけでも――」
「ルビイ教授。教師が生徒の成長の機会を奪っちゃあ勿体ないでしょう」
師匠が身を乗り出して抗議する。本当に、俺たちのことが心配なのは伝わってくる。多分……俺たちはこの一件において足手まといで、師匠やソン教授のような大人達の手で解決するほうがずっと安全なのだろう。けれど……
「俺もやります。力になれるかは分かりませんが」
「リツくん……」
「……話はまとまったカナ?」
そして、今まで沈黙していた一人の男が、唐突に口を開いた。シルクハットに糸目のマジシャン男。どうも慣れない上ずったイントネーションで、ニヤニヤと笑いながら言葉を続ける。
「ルビイ教授もソン教授も、この大学から離れられては困るからネ。キミたちがここを離れたら、誰が数百人の生徒を守るというのだネ?」
「あぁ、その通りだ。"魔法使い"の御三方は抑止力として大学に残るべきだ、今回の一件は俺と……アンオブタニウム教室が何とかしよう」
あれ、なんか話が大きくなってる気がする。俺とシアだけじゃなく、アンオブタニウム教室で括っちゃうんですかティオ先生。いや確かに……ルカとかいれば心強いけど。他のクラスメイトは会ったことすらないけど。
「良い成長の機会かもしれませんね。では、後のことはお願いします、ティオ先生」
ソン教授も、納得したとばかりにうんうんと頷きながら、くるりと背を向けて歩き出す。そして、ふと思い出したかのように振り向いて、俺ではなくシアを見ながら一言だけ。
「シアも励みなさい。期待しているよ」
「……勿論です。期待に応えられるように全力を尽くします……
――お父様」
バチン。と空間が弾ける音と共に、ソン教授の姿が掻き消える。空の魔法使いであるソン教授と、空間属性使いのシア。その関係性は、薄々勘づいてはいたけれど。まさか本当に……シアがソン教授の娘だったとは。
「リツくんは安静にすること、無理しちゃダメだからね」
「あ、はい……ルビイ教授」
起き上がって動き出そうとする俺を、師匠の三つ編みがぺしっと優しく叩く。確かに今日はちょっと、色々ありすぎた。でも、久々に師匠と話せて嬉しくもあった。そうだ、師匠に話したいことがいっぱいあったんだ。
「それよりルビイ教授、聞いて下さいよ――」
その後に、俺は師匠に今までのことを話した。入学の時のこと、シアのこと、ルカのこと、ティオ先生のこと、そして、俺が作った魔術のことを。
俺は話が上手くないから、きっと、面白い話ではないかもしれない。ただの日常、他愛のない話。けれど、師匠は嬉しそうに聞いてくれた。あぁ、そうだ。俺はずっと、こうして師匠と話したかったんだ。
あぁ、今の俺は、どうだろう。
少しは、師匠の弟子として相応しい場所に、近付けているのかな。




