第15話 変数を分けることで可読性が上がるらしい
右手で照準。距離は15m程度、ターゲットは5つ……俺は、開発したとっておきの一撃を放つ。
「《ウォーター・ボール・マシンガン》!」
無数の水の弾丸が放たれ、標的を次々と撃ち落とす。昨日、色々試して分かったのだが、俺はあまり照準精度が良くない。なら、当たるまで撃てば良いという発想だ。
これは《ウォーター・ボール》を改造し、forループで無数の水球を発射する魔術。この魔術の最大の特徴は、弾丸に水属性を選択していること。これは風呂沸かしの訓練で分かったことなのだが、《ファイア》や《ウォーター》《ウインド》《アース》などの基本魔術は、同じ基本魔術でも消費魔力に結構な差がある。
その上で、最も魔力消費が軽いのが水属性だ。その代わりに、攻撃に転用する場合は一撃の火力が低く、当てた後の殺傷能力も低いため、実戦で選択されることは少ない。だが、ライオット弾のように用いて相手を無力化するという目的の上では、この少ない魔力消費で大量の弾丸を放てるのは非常にコスパの良い攻撃魔術なのだ。
「ふっ……つい語りすぎたな」
「何よ、その魔術……さっきから一人でぶつぶつ言ってるし……」
良かった、シアさんが驚いてくれている。珍しく早足でこちらに近付いてきて、俺が左手で開いていた魔導書のページを横から覗き込む。
「あなたの魔導書の魔術?」
「いや、俺が開発した魔術だよ。《ウォーター・ボール》をベースにね」
「確かに……似たような魔術は見たことがあるけれど、少なくともこれとは違うわね……へぇ……リツ、やるじゃない」
術式を見て、シアは満足げに頷く。恐らく、この世界の人達にとって、for文などの構文は所謂「呪文」なのだろう。意味をよく理解していない状態で、この世界独自のノウハウの下にただ記述されているというだけ。それを真の意味で理解しているのは少数派……或いは俺だけなのかもしれない。
「ただ、一つ忠告しておくとすれば……小手先の技術だけに囚われないことね、魔術戦において術式の有用性は確かに大きなアドバンテージだけれど、それ以上に多くのことが求められる。これはティオ先生の受け売りだけれどね」
「それは分かってる。俺はまだ弱いよ、シアやルカに追い付けるように頑張らないと」
「その意義やよし、じゃあ居残りはもう良いわ、今日も帰って――」
シアが解散を宣言しようとした、その時だった。
――ズバァァァァァン!
大きな揺れと共に、炸裂音と衝撃波が耳を叩く。俺は思わずよろめいて、その場に尻餅をつくが……シアは落ち着いて受け身を取っていた。
「……何事?」
「あまり良い予感はしないわね、方向的には……中庭の方かしら」
シアは何か思うように右手で魔導書の表紙を小さくなぞると、そのまま音のした方角に走り出す。多分、いやきっと確実に……シアはこの「嫌な予感」に立ち向かおうとしている。俺は……足手まといだろうか。
「いや、考えるな――」
――弱い自分を肯定する理由は要らない。
シアの力になりたい、今はそれだけでいい。思考をまとめると、俺もすぐに立ち上がってシアの後ろを追いかけた。
「……事が終わる前には、間に合ったみたいね」
シアと2人で中庭に足を踏み入れる。そこには、黒い煙が立ち込めており、地面には複数の爆発跡が刻まれていた。そして、そんな戦場の中央に立っていたのは、うちの学校の制服ではない赤色のローブを着た二人組の魔術師。一人は大柄で、もう一人は小柄だ。そして、大柄の方は、肩に女子生徒を一人抱えている。
「誰だ……?」
大柄が、俺とシアのことに気付き、ぎろり、と睨みつける。ゾクリと背筋が冷える感覚。この感覚には覚えがある、師匠が放っていたあの気配……殺気だ。
「……まぁいい、目的の術師は回収した、撤収するぞ」
「おいちょっと待て、あの生徒……見覚えがある……」
大柄の男は、そんな俺たちに興味を示さないとばかりに、くるりと背を向けて歩き出す。一方、小柄の男はこちらの……特にシアの顔を見て、何か考えるような素振りをした後に、にやりといやらしい笑みを浮かべて叫んだ。
「あぁ! 思い出した、"空の器"だ……!」
「……ほう」
「これは思わぬおまけが釣れたんじゃねぇか、大将?」
「いや、今回の目的は達成した。空の器を回収するのは今ではない」
「なんだよ、乗り気じゃねぇのか……なら俺一人で少し遊んでいくか」
「……殺すなよ」
「"生きてりゃ"良いんだろ?」
おぞましい、悪辣な顔だ。金髪の髪と赤い瞳が、こちらを見据える。まずい……来るッ!
「《エンハンス・トリプル》……!」
強化魔術。禍々しい赤い光が、男の身体を三度照らす。これは……まさか……
前傾姿勢、同時に男の姿が掻き消える。
「シアッ!」
「分かってる! 《マッド・サークル》……!」
シアが発動する。水属性と土属性の複合魔術……一定範囲の地面を泥沼に変える術式だ。相手は恐らく接近戦特化……なら足回りを止めてしまえば……
「――おせぇよ」
「っ……!? あがっ……」
速い。泥沼が形成されるよりも疾く、眼前に迫った男の蹴りが、シアの腹に向かって放たれる。
苦悶の表情で顔を歪めながら、シアの身体が後方に吹き飛ばされる。
「同時に強化魔術を3つ重ねている……for文を使った魔術……」
「あ? 誰だテメェ……」
この男も"使って"いる。間違いなくあの強化魔術はfor文を使った繰り返しで生まれたもの……当たり前だが、師匠が言っていた通り、最初から"そういう魔術"として切り分けてしまえば、別に誰だって使えるモノ、それが魔術。
「《ウォーター・ボール・マシンガン》ッ!」
シアが危ない。ただそれだけの直感。俺は別に勇敢でもないし、善人でもない。けれど……どうしようもなく身体は動いてしまう。俺は多分そういう性分なのだ。
放たれるは水の連弾。無数の水の嵐が、男を襲う。
「……知らねぇ魔術だな」
そんな俺の会心の一撃を、男は避けることもなく全身で浴びてみせる。そりゃそうだ……強化魔術で硬度を上げた肉体に、ゴム弾程度の威力の水をいくらぶつけてもびくともするはずがない。
だが、そんな俺の無謀で無意味な一撃でも、この男の興味は引けたらしい。自分の濡れた身体を見て、次に俺のことをじっと見据える。その赤い瞳が、俺を捉えたのを感じた。
「その白い髪……青い瞳……てめぇ……まさか」
――バチン
男が言い終わる前に、男の右腕が弾け飛ぶ。そう、一瞬で良かった……こいつの動きを止めることが出来れば、シアの空間切断で男を倒せる。どれほど強化魔術を重ねて身体を強靭にしても、シアの空間切断であれば関係ないのだから。
「鬱陶しいな、腐っても空間属性使いか……」
右腕が切断されたというのに、男は泣き喚くことも叫ぶこともなく、ただ冷たく現状を理解すると、そのまま更に踏み込み、俺のことも蹴り飛ばす。異様な胆力……明らかに常人ではない。こいつは痛みに慣れすぎている。根っからの戦闘狂だ。
「こいつも殺しちゃまずいよな、面倒くせぇ……まぁ魔導書だけでも回収するか……」
俺の身体は、ボロ雑巾のようにぐちゃりと地面に転がる。苦しい、詠唱をしたくても声が出ない。
そんな俺に、男はすたすたと近付いてくると、床に転がった俺の魔導書に手を伸ばす。
「……あ? 離せよ、クソガキ」
だが、負けじと俺も手を伸ばす。左手で抑え込むようにして、魔導書をしっかりと抱え込む。そんな俺を虫でも見るような目で見下ろして、男は俺の頭をガンガンと踏み付ける。
「っ……《ショック・フォール》」
「……下手くそが、当たらねぇよ」
苦し紛れに放った雷の弾丸。その出力は俺の注げる魔力の殆どを含有している。高密度に圧縮された高圧電流のプラズマ球が、相応の速度を伴って男の顔に迫るが、男は少し身を捻るだけでそれを回避する。男を外したプラズマ球は、そのまま徐々に減速しながら天へと登っていった。
「俺の魔導書は渡さない……これは、俺の何よりも大切な――」
「……そろそろ黙れよ」
時間切れだ、痺れを切らした男は、手加減抜きで俺の顔面を蹴り上げる。無様に鼻血を垂れ流しながら吹き飛ぶ俺を横目に、男は師匠から貰った大切な魔導書を手にした。
「弱者は何も守れない。奪われるだけ、当たり前のことだろうよ」
「"魔術の制御はONとOFFだけじゃない"……この言葉の価値が分からないお前が、それを手にする資格はない……」
「知るか。てめぇはもう用済みなんだよ、イラつかせやがって、そんなに死にてぇなら――」
散々挑発をしたのだ。もう男も限界だろう。あぁ、そうだ……もう十分だろう。
――十分時間は稼いだ。
「……あ?」
ふと、男は髪が逆立つような違和感を覚える。背後からだ、少しの違和感だが、致命的な何か。それに気付き、慌てて振り向く。だがもう手遅れだ。その瞬間に、地面に青く光る稲妻が走り、それが鎖のように男の全身へと向かっていく。
これはもう雷魔術ではない。それによって発生した電流だ。既に通電したそれを回避する術は、男にはない。
「っが……あがががががっ!?」
「げほっ……魔力を失うことで魔術が効果を終了するならば……複数の魔力を注いだ魔術の、片方の魔力だけを止めたら……どうなると思う?」
成功した。ただそれだけの実感を手に、俺はふらふらと立ち上がる。
《ショック・フォール》……それは《ショック・ボール》を改造した魔術だ。術式は以下の通り。
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《ショック・フォール》
魔力 generateMana;
魔力 controlMana;
generateMana = 自己.魔力.充填(INPUT / 2);
controlMana = 自己.魔力.充填(INPUT / 2);
雷.発生(generateMana).射出(controlMana).発動();
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ただ、発動に必要な魔力を異なる2つに分けただけ。ただそれだけだが、これによって通常の魔術では出来ない"あること"が出来るようになる。
――それは、"魔術の部分的な終了"だ。
今回は『発生』のマナの供給は残したまま、『射出』のマナの供給だけを断ち切った。これによって、放たれた雷の弾丸は……途中で魔術を終了させることなく、推進力だけを失う。
空に向かって打ち上げた雷の弾は推進力を失うことで、そのまま地面へと落ちてきたというわけだ。これこそが俺の魔術……《ショック・フォール》だ
「けれど、ただ落とすだけじゃ当てられるわけがない。だから、その為の《ウォーター・ボール・マシンガン》だ」
そう、落下した雷の弾丸。その電流を確実に近くにいる敵に流すために、まず敵と地面を濡らしておく必要があった。《ウォーター・ボール・マシンガン》はそれ自体も攻撃魔術だが、もしそれを命中させた場合、次の一手である《ショック・フォール》に繋げることも出来る、二段構えの魔術だったのだ。
「クソがッ……」
目を見開いて、俺を睨みつけたまま、男は意識を失う。そうでなければ困る。だって、俺の全魔力を注ぎ込んだ一撃。正真正銘の最終手段だったのだから。
「……返してもらうよ」
俺は男の手から魔導書を拾い上げ、ホコリを払う。それとほぼ同時に、最初に吹っ飛ばされたシアがよろめきながらこちらへと戻ってきた。
「リツ、大丈夫……?」
「ギリギリ、かな……シアこそ大丈夫?」
「シアじゃない。灰 夏よ。ごめん……私が関わると決めた問題なのに、巻き込んじゃって」
「まぁ良いよ。それより、一段落は付いたけれど、問題は山積みだ」
そう言って、俺は床で気絶している男を一瞥する。この男は何者だったのか、そして既に姿の消えたもう一人の男は何者なのか。連れ去られた女子生徒のことも気になる。
「まずは、こいつを拘束しよう、あとは先生たちが来たら考えよう」
「そうね……ありがとう。リツ」
ふらり、俺の視界が傾く。あぁ、そりゃそうか……魔力全部使ったもんな。こんな感覚は初めてだ。もう敵はいないだろうか。シアが無事だと良いんだけれど……
そんなことを思いながら、俺の視界はフェードアウトした。




