第12話 余計なライブラリのせいで動かない時は仮想環境を
私は特別だった。
"空の魔法使い"の一族。その証である、『灰』の姓を持って生まれたのだから、それは役割であり責任であり、呪いなのだ。
そして幸運なことに、私にはきっと才能があったのだと思う。
望まれない女として生まれ、政略結婚と書いて廃棄処分と読む。終わりの未来を待つ日々。それが、10歳の魔力測定で変わったのだ。私の魔力属性を見て、人々は手のひらを返した。
天才、神童、才能の原石。呼び方は様々だが、求められる役割は一つだけ。
次の"魔法使い"は私だ。そうでなければ、私はこの世界に存在できない。
私は負けられない。灰家の正統後継者、『灰 夏』として、相応しい在り方をしなければならない。
「――さぁ、始めましょうか」
そんな私の言葉と共に、戦いの火蓋は切られる。腐っても相手はプラチナクラスでリーダー格をしている男。手を抜いたら寝首を掻かれる。だから、この戦いは一撃で終わらせる。
「《ディメンション・カッター》」
「空間属性……!? まさか、てめぇ!!!」
左手に魔導書を構え、詠唱を完了させる。
距離、方角、時間……それらを術式に入力しながら、魔力を込める。
攻撃魔術であることは気付いたのだろう。プラチナの男は回避しようとその場を飛び退く。
――バチン!
狙った空間が弾ける。漆黒の深淵がちらりと映り、歪んだ空間が、そこにある全てを抉り取る。《ディメンション・カッター》はまさしく空間を切断する魔術。あらゆる防御手段、硬度という概念を無視して、対象を切断する……最強の攻撃魔術。それを、私は男の足を狙って発動した。
――しかし、外した。
飛び退いた男の足は健在で、結果はコンマ数秒前に男がいた場所の空間が切り裂けただけだ。
これは必殺の魔術だが、必中ではない。射撃ではなく特定の空間を指定して発動する魔術である都合上、動いている敵に当てるのは非常に困難だ。座標の指定から魔術の発動にタイムラグがあるため、止まっている相手にしか、まず当たらない。
少し結果を急いてしまった。落ち着きなさい私。別に一撃で仕留める必要はない。必要なのは確実に勝利すること。スマートに勝つなんて理想は、今は望む必要はない。
「なるほど、てめぇが噂の灰 夏か……へへっ、アダマンタイトにいないと思ったら、特別学級で燻ってたとはな」
男はゲラゲラ笑う。男は私を知っている。当然だろう。
だからこそ……私は負けられないのだから。
「今度はこっちのターンだ、《サイレント・サークル》」
そして、飛び退いた男は素早く体勢を立て直すと、下衆い笑みを浮かべながら、右手を突き出して魔術を発動する。何の魔術だろうか。恐らく、十大元素ではない。だが……どんな魔術だろうと、攻撃魔術ならば、防御する必要がある。ここは安全に《アース・ウォール》で確実に凌ぐべきか。
「――」
私は詠唱する。
詠唱する。
詠唱……できない。
「(これは……音属性魔術!?)」
《アース・ウォール》の詠唱どころか、悲鳴の声すら挙げられない。いや、違う……これは音を消す魔術だ。聞いたことがある。音の魔法使いが作った魔導書である『アルス・ノヴァ』が普及している最大の理由。それは他の魔術では実現することの出来ない、唯一無二の魔術である、音属性の魔術が載っているからだ。恐らく相手の魔導書はアルス・ノヴァで、これは音属性魔術で周囲の空間の音を消されているのだ。
「(まずい……詠唱が出来なければ魔術は発動できない……!)」
「おいおい、手を構えただけか? ならこっちから行くぜ! 《ウインド・カッター》」
動揺する私を嘲笑いながら、男は追撃を放つ。風の刃……魔術を使えば簡単に防げる一撃だ。しかし今の私に魔術は使えない。故に、自力で回避するしか――
「――(ッあああああっ!?)」
その場から飛び退こうとするが、風の刃はざっくりと、私の胸を切り裂く。視界に鮮血が舞い散り、激痛に思わず叫び声を上げる。だが、そんな叫び声すら、この場には響かない。
「ギャハハハハ、どうしたんだよ、お嬢様? 公衆の面前で露出プレイか?」
私には、あの男を強く強く睨みつけるぐらいしか出来ない。下衆な男だ、わざわざ風の刃を選択したのは、私の制服を切り裂くためだろう。悔しさと恥ずかしさで、死にたくなる。まさか、こんな形で、私が負けるなんて。
「…………」
「おいおい、もう戦意喪失か? さっきまでの威勢はどうしたんだよ」
私は、ガクンと頭を垂れて、力なく地面に膝をつく。
魔導書は抱えたまま。涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠すように、口元を右手で覆う。
そんな私を見て、プラチナの男は大笑いしながら、こちらへ近付いてくる。
「なぁ、謝れよ。俺たちに楯突いたこと、土下座して詫びろ。あぁ、そうだな……折角だからお前には全裸で土下座してもらおうか、それぐらいの誠意が必要だよな」
「…………」
「おい、なんとか言えよ……なぁ!」
黙っている私に痺れを切らしたのか、男は更に私に近付いて、頭を踏み付けようと足を振り上げる。
――バチン
「……は?」
ごとん、と私の頭の横に何かが転がる。あぁ、きっとそれは……
――切断された男の右足だろう。
「っ……!? いでええええええええええええ!?」
まるで切断されたことに今更気付いたかのように、男の足からはおびただしい量の血飛沫が舞う。もちろん私の頭にも、その穢らわしい血が付くが、もはやなりふりなど構っていられなかった。そう思いながら、私はゆっくりと立ち上がる。
「あーあー、あぁ、魔術は解除してくれたのね。それとも痛すぎて解除しちゃった?」
「っ……!? てめぇ……クソ、いつ詠唱しやがった……!?」
切断面を必死に押さえ、涙目になりながら男は叫び散らす。当然、こんな結果を引き起こせる魔術は一つしかない。私の《ディメンション・カッター》だ。しかし、詠唱できなければ発動できないのも事実。なら……どうしたか。
「私の魔力属性は"空間"……つまり、私のマナはそれ自体に独自の空間を内包している」
言ってしまえば、私のマナは、その量と同様の"空間"を持っているということ。例えば10のマナがあったとすれば、10cm四方の立方体の空間が、そのマナの中に存在しているようなものだ。数値は例でしかないが、空間属性のマナはそういう性質を持っている。だから私は――
「自分の口元に、マナを放出して、ごくごく狭い"空間"を作り上げた……その空間では、あなたの音魔術による音を消す効果の範囲は適用されない……」
「っ……!?」
もちろん、これは一時凌ぎにすぎない。右手から魔力放出をして詠唱を可能にするということは、魔術の指向性の設定をする"右手"を犠牲にする行為だ。詠唱が出来ても、狙いを付けられなければ意味がない。だが、私の《ディメンション・カッター》は特別だ。指向性を持った攻撃ではなく、特定の座標に"発生させる"攻撃なのだから、右手は必須ではない。
けれど、当てれなくても意味がない。だから一芝居打って、チャンスを伺った。相手が油断しきって、確実に……《ディメンション・カッター》を当てられる瞬間を。
「詠唱を封じて、勝ったと思った? 確かにあなたの魔術も凄いわ、術式の選択、魔力出力、照準精度、状況判断……どれも及第点ね、でも決定的に足りていないものが一つ……」
それぞれの魔導書における奥義。アルス・ノヴァの固有魔術を、あれだけの精度と速度で展開できるのは、確かに並大抵の魔術師には出来ない芸当だ。未知の魔術に対して回避を選択する反射神経も判断能力も、多分その点だけなら私より上、けれど……
「――知識よ」
大事なのは詠唱を封じた後に、相手に何が出来るか。影響範囲外に逃げるかもしれない。近接戦闘に切り替えるかもしれない。詠唱を使わない魔術の発動は考慮できているかどうか。相手の魔力属性で対応されないかどうか。これらの不確定要素を可能な限り排除できるのは……他でもない知識だ。
「ラッセル先生の授業をもう少し真面目に受けることね、空間属性は十大属性ではないけれど、灰一族の相伝だから使い手も多い、授業でちゃんと習うはずよ」
「クソっ……」
自分の破れた制服を、そのまま追加で引き裂いて、包帯代わりに男の足を止血する。完全に切断したが、一応これだけ綺麗に切断すれば魔術で治療できる。少しやり過ぎかもしれないけれど、相手も相手なのだから、相応の罰だろう。
「というわけで、2対1で……私たちの勝ちね!」
ふふっ、と小さく笑いながら、私は大きな声で勝利を宣言する。
くるりと、振り向くと、心配そうな顔でリツが駆け寄ってくる。
「シア! その傷……大丈夫……?」
「辱めるのが目的で、傷自体は浅いから大丈夫。それより……フルネームで呼びなさい」
「あぁ、ごめん……パイシアさん……」
全く、リツはどうも馴れ馴れしいところがある。まだ出会って時間も経っていないのに、まるで私に対して友人みたいな口調で話しかけてくる。
まぁ、悪くはないけれど。今まで、友達なんていなかった。私は一人孤独に戦ってきた。与えられた役割と、責任と、呪いを胸に。
けれど、今は違うのかもしれない。私の胸元を見て、目のやり場がないとばかりにきょろきょろとするリツを見ながら、私はくすりと小さく笑う。
別に、私が私であるために、孤独である必要はない。
一緒に戦う仲間がいる。そんな"在り方"も……少し良いのかもしれない、なんて思いつつ。




