第10話 if(決闘に勝利) 食堂の利用権利
「ほんっ……とに! あなたたちはやる気がないわよね!」
時刻は昼時。ゴールド以上が利用できる第二食堂に、俺たちアンオブタニウム1年組は集まっていた。シアからの昼食の誘いという体ではある。ただし実態は、厳重注意の為に呼び出されたというのが正確だろう。案の定、ルカは面倒くさそうな顔をしながら机に頭を横たわらせている。
「リツは初日の授業を半分欠席、ルカは出席こそしているものの、授業中ずっと寝てるし、本当に私と同じクラスだって自覚ある?」
「俺の方はちょっと事故があって……不可抗力だというか……」
「寝てるのと眠い状態で授業受けるの、変わらないだろ。なら寝た方が効率的」
「理由は何だって良いけれど、クラスの序列が決まるのは連帯責任なのよ。私がいくらアダマンタイト級の成績を出しても、あなた達がダメなら意味ないの!」
「善処はするよ……」
薄々気付いていたことではあるが、シアはアダマンタイトに相当なこだわりがあるらしい。それは恐らく、アダマンタイトクラスの担任があの尊教授というのも理由の一つなのだろう。当然、俺もルカもそこまでクラスの序列に興味があるわけではないし、現状のゴールド相当の設備でも十分快適な学生生活は送れている。だから、どうしても温度差を感じずにはいられなかった。
「ということだから、これ以降は心を改めてちゃんと真面目に授業を受けるように」
「まぁ良いか……分かったよ」
「うい」
別に、サボりたくてサボっているわけではないし、魔術を学ぶことは好きだ。だから、真面目に受けろという提案に関しては断る理由もなく、俺は頭を縦に振る。ルカは……多分変わらないと思うけれど、彼は彼でいつも寝ているのには何か理由があるのだろう。だって、本当に眠そうだし。
「良い返事ね、じゃあお昼にしましょうか、何食べ――」
「おい、そこどけよ」
満足そうに頷いて、シアが学食の方に振り向いた時。どん、と無遠慮にぶつかってきた何者かによって、シアの身体が後退する。当然、シアは不機嫌そうな顔をして、ぶつかってきた男に突っかかっていく。
「ちょっと、前見て歩きなさいよ」
「わざとぶつかったんだよ、阿呆か?」
「なっ……」
「お前らどこのクラスの奴だ? 学食の席が埋まってるから、そこ寄越せよ」
ぶつかってきたのは、3人組の男たち。ガラの悪そうなリーダー格の男と、取り巻きが2人。見るからに嫌な雰囲気だ、関わらない方がいい……と思って、シアを止めようと手を伸ばすが……
「アンオブタニウムよ、悪いけれど席は早い者勝ちなの、他が空くのを待ってもらえる?」
「……あぁ、なるほど。お前らはアレか、アレだな?」
リーダー格の男はにやりと笑う。そして、下衆い笑みを浮かべながら、シアを指差して大口を開けながら叫んだ。
「――特別学級……社会不適合者の集まりってことか」
ガタン。大きな音と共に、立ち上がったのは、意外なことにシアではなくルカだった。
その眠そうな目で、男たちを睨みつける。
「お前らのような障害者と違って、この俺たちはプラチナクラス様だ、分かったらさっさと――」
「――決闘だ」
ぼそり、と……しかしはっきりと。ルカがそう呟いた。
「席が欲しいなら力づくで奪ってみろ、出来るだろ? "プラチナクラス"様?」
「あぁ!? てめぇら……後悔することになるぞ!?」
ルカは小さく冷笑しながら、男たちを挑発する。無論、見るからに単細胞な、自称プラチナクラスの御一行は、ルカの挑発に乗らないはずがなく、リーダー格の男は露骨に顔を険しくして怒鳴り始める。
「上等だ! てめぇら3人とも表に出ろ! 二度と減らず口叩けねぇようにしてやる」
プラチナの御一行は中庭を指差して、ドスドスと足音を立てながら歩いていく。本当に大丈夫なのだろうか、喧嘩を売ってしまって。
「言うじゃない、ルカ」
「……良い機会だろ、上下関係ははっきりさせておいた方がいい」
嬉しそうなシアに対して、ルカはちらりと周りを見渡しながらぼそりと呟く。気付けば、俺たちはかなりの注目を浴びていたらしい。耳を澄ませると「決闘だって……」「プラチナに喧嘩売るなんて……」とか聞こえてくる。悪目立ちはしたくなかったのだけれど、仕方がないか。
「……これ俺も巻き込まれる感じ?」
「何言ってるのよ、あなたも同じアンオブタニウムでしょ」
「そうだけど……」
正直、乗り気ではない。シアはともかく、俺とルカはあのプラチナ3人組に勝てるのだろうか。そんな不安を抱えつつも、シアに半ば引きずられるようにしながら、俺たちは中庭に向かった。
「ルールは1対1の3本勝負でいいな?」
「えぇ、もしあなた達が勝ったら、私たちは二度とあの食堂に近づかないわ」
「くくく、それだけじゃないだろ? 『プラチナ様に逆らってごめんなさい』と土下座してもらおうか」
「良いわよ。ただし当然、私たちが勝ったら、同じ条件を呑んでもらいましょう」
中庭には、決闘場のように開けたフィールドがある。バスケのコートぐらいの広さだ。その中央に向かい合うようにして、俺たちアンオブタニウムの3人と、プラチナの3人組が立っていた。
噂を聞きつけたギャラリーも結構いる。なんだか大事になってきたぞ……
「初戦はルカ、よろしく」
「おう」
ルカを残して、俺たちはフィールドから離れる。プラチナの連中も、当然リーダー格の男は最後まで残しておくつもりらしい。下っ端の1人がルカと向かい合う。
「ギャハハ、まさか! そんな玩具みたいな魔導書で戦うつもりかよ」
蛙の子は蛙。朱に交われば赤くなる。下っ端の男も、性格はリーダーに負けず劣らず下衆らしい。小物みたいな言動に対して、その左手にある魔導書は本物。確かあれは……魔術世界において一番普及している王道の魔導書。『アルス・ノヴァ』とかいうやつだったか。
一方でルカの魔導書は、授業のノートなのではないかと疑うほどに薄っぺらい冊子1枚。しかも製本されているようにも見えない紙束のような状態だ。本当に大丈夫なのだろうか……
「じゃあ遠慮なく行くぜ? 《アース・ショット》!」
下っ端の男は、試合開始と同時に詠唱を開始。鋭利な土の弾丸が、ルカに向かって飛んでいく。
「ショット系!? あいつ……決闘で命を奪う気……!?」
シアが叫ぶ。ショット系魔術は、遠隔攻撃魔術のジャンルとして、ボール系アロー系ボルト系の更に上位に位置する魔術だ。弾の大きさは小さいが、その射出速度は圧倒的。ただの土塊だとしても、時速数百キロで射出されれば、それは命を奪える威力になる。
少なくとも、学生の決闘で選択するような魔術ではないし、精度も要求されることから、命中させる難易度も高く、腐ってもプラチナ……ということだろう。
「ッ……!?」
ルカは、その弾丸を避けようと身を翻す。だが、拳銃並の速度で発射された土の弾丸を避けれるはずがない。弾丸はルカの肩口を抉り、まるで爆発するように血肉が爆ぜる。
「えっと……《ファイあ・ボーる》」
ルカは、痛みに顔を顰めながらも、左手のノート魔導書をぺらぺら捲り、見つけたページを見ながら右手を構える。しかし……
「……何も起きない?」
ルカの手のひらから、炎の玉が生まれることはなかった。魔術の不発。珍しい現象だ。しかも選択したのは初歩中の初歩である《ファイア・ボール》。失敗することなど、まずありえない。
「あぁくそ……面倒くさい……」
「ギャハハ、タフなやつだ! まだまだ行くぞ、《アース・ショット》!」
イライラした様子で、ルカは魔導書に目を凝らす。まるで、何が間違っているのか分からないとばかりに。
もちろん、敵もそんなのを待ってくれるわけがない。再び土の弾丸が放たれる。
「がはっ……」
命中。次は足だ。血肉を抉り、左肩と右足に穴が穿たれ、ぼたぼたと血が流れる。
「ちょっと! ルカ、もう良いわ! サレンダーしなさい!」
やり過ぎだ。当たりどころが悪ければ、本当に命に関わる。シアもそれに気付いたのだろう、慌てて試合を終わらせることを提案するが……
「これだから俺は魔術が嫌いなんだ……魔術の決闘だからそれらしくしようと思ったが……もういいや……面倒くせぇ……」
ルカは撃たれた足を曲げて、がくりと膝をつきながら、悪態をつく。だがそれは、敵に対するものではなく、ただ純粋に「面倒くさい」というルカらしい感情だった。
ルカが右手を挙げる。その指は、まるで子どもがごっこ遊びをするような指鉄砲の形。魔術の構えとしては、特殊な形状だ。多くの魔法は、指向性を持たせる時の基準として、手のひらの中心を基準座標にする。だから魔法の構えと言えば手を開いた状態で突き出す姿勢が当たり前であり、唯一無二の構えなのだ。
「なんだよ、さっさとサレンダーしないとてめぇの身体は穴だらけに――」
「――《ばん》」
それが詠唱であると、誰が認めるだろうか。そんな、子どもの掛け声。おもちゃの銃。
ただ、この場にいる人間は肌で理解する。
激しく渦巻く魔力の奔流を。
嵐のようなマナの渦を。
暴力としか形容できない……
――魔術の発動を。
「なっ……」
放たれたのは魔力の弾丸。いや……魔力の"砲弾"と形容するべきだろうか。巨大な魔力の塊が、ルカの指から放たれ、そして刹那の間で対戦相手へと至る。避けるという概念を否定し、胸を直撃する。
「――がはっ!?」
雷鳴のような轟音。その膨大なエネルギーは、男の身体に直撃した瞬間に行先がないとばかりに爆発四散する。そして、男はまるで風に吹かれたゴミのように揉みくちゃになりながら吹き飛ばされる。
そして、そのまま数十メートル先の壁へと叩き付けられ、そのままぐちゃりと地面に倒れ込んだ。
「……やべ」
ルカは、やっちまったとばかりに目を見開いて、そっと俺とシアの方を見る。
「勝負あり……みたいね」
こくんと小さく頷いてから、シアが宣言する。プラチナのリーダー格の男は、何が起きたのか分からないとばかりに狼狽えた後に、慌てて壁に叩き付けられて気絶している男に駆け寄る。
「い、今のはなんだよ……おい!? てめぇ、起きろよ!?」
「…………」
完全に意識を失っている。本当に、何が起きたのだろうか。今のは本当に"魔術"なのか? あまりにも型破りだ。意味不明な詠唱、意味不明な構え、意味不明な属性と、意味不明な結果。何も理解できないまま、ただルカの放った何かによって、相手は一撃で討ち果たされた。
「シア、悪いんだが……治してくれ」
「分かってるわよ……《ヒール》」
俺とシアは、膝をついているルカに駆け寄る。そして、シアは慣れた手付きで回復魔術で手当を開始した。なんとなくそうだとは思っていたが……ルカは回復魔術も当然使えないらしい。俺もだけど。
「取り敢えず勝っといた、後はよろしく」
「良く分からないけれど、見直したわ、ナイスよルカ」
「おう」
普段から気怠げで、魔術を使っているところなど見たこともなかったが、少なくとも……ルカは弱くない。何なら、さっきの一撃は俺が見てきた今までの戦闘で最も大きな威力の魔術だった。もしかすると、こう見えて実はシアよりも強いのかもしれない。
「じゃあ俺は寝る……疲れた」
「えぇ、お疲れ様」
そう言い残して、ルカはがくんと頭を垂れる。膝をついたまま眠りに落ちたらしい。それを見て、シアは咎めることなく労いの言葉を掛けた後に、目配せで俺に合図する。あ、はい……ルカのことは運ばせていただきます。




