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8.幼馴染との再会は甘くない

 

  

 街灯の灯りを眼鏡のガラスに反射させた詰襟姿の学生が立っていた。主婦達より頭ひとつ高いところを見ると高校生だろうか。眼鏡の奥の表情はよく分からない。


「あらー、智志君じゃない。随分大きくなってー。おばさん見違えちゃったわ」

「いえ、背ばかり伸びただけです。みなさんはあまりお変わりにならないようで」

「智志君ったら、口が上手いんだからー。ウォーキングの成果かしら?」

「あら、そう言えばもうこんな時間!」


 家人に帰宅時間でも伝えてあるのか、主婦達は慌てて腕を大きく振る競歩のスタイルで闇の中に消えていった。

 そして街灯の下に残されたのは、薄っぺらい紺のコートの襟元を硬く握り締めている姫子と、かつての幼馴染である村山智志その人だった。


 久し振りに見た智志の薄茶掛かった癖っ毛や眼鏡、線の細い感じは昔のままだが、同じぐらいだったはずの背が見上げるほど伸びている。運動部や遊びと言うよりは予備校の帰りだろうか。気のせいか、少し疲れて見えた。


「――じゃあ、僕はこれで」

「まっ、待って、智志君! ひっ、久し振りだねっ、元気だった?」

「まぁ、なんとか」


 声が引っ繰り返ってしまう姫子とは対照的に、智志の応えはそっけない。年齢的なものもあるだろうが、思い返せば中学一年のあの日以来、智志とはまともに話したことがなかった。王子が故国に帰郷したあの日から、ずっと――。


「たっ、助けてくれてありがとう」

「僕は何も」


 智志が黙って指差す先には一軒の民家――村山邸である。

 その隣には、老ダンダーンと乳母の待つ妙に敷地の広い――飛竜離着陸用――我が家が、街灯にうっすらと浮かび上がっていた。つまり、姫子が主婦達に捕まった場所は智志の家の前だったのだ。暗くて気付かなかった。


「邪魔だったから、退いて貰っただけ」


 助けてくれたのは『ついで』なのかと姫子が思っていると、家の門扉に手を掛けた智志が背中を向けたまま、ぼそぼそと呟くように、


「おばさん達のお喋りは気にしないで」

「……うん」


 本当は故国に戻っただけだが、智志も王子が死んだと思っている。だとしても、智志の気遣いが胸にじんわり沁みて、姫子は目頭が熱くなるのを感じた。


「智志君は、昔から優しかったよね」

「いや、僕は……じゃあ」


 会話を無理矢理打ち切るように、智志は門扉の向こうの階段を上がっていく。

 その後ろ姿をぼんやり見ていた姫子は、なぜか胸に一抹の痛みを覚えた。そして鞄を抱き締め、痛みから逃げるようにその場をあとにする。


(なんだろう、胸が苦しい……)


 幼い時のように何もかも話してしまえたらどんなに楽だろう。しかしもはや子供の空想が通じる年齢ではなく、智志に正気を疑われるのだけは避けたい。

 王子が生きていることだけを伝えるのは、出来ない相談だった。


 姫子は不可思議な胸の痛みを抱えたまま、自宅の門を潜った。知恵熱だろうか、頭も熱くなっている。胸の痛みが、ここにいない誰かへの罪悪感や思慕であると気付くほど、姫子はまだ自分の気持ちを理解しているわけではないのだった。

 

 


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