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7.うちの王子がお騒がせして(ry

  

  

 自宅まで二キロの道のりを、姫子は白い息を吐きながら二十分以上掛けて歩いていた。故国での高貴な女性の嗜みとして飛竜を駆っても、自転車には乗れない姫子であった。


(今回に限って呼び戻すなんて、おかしい)


 双子の兄役であった王子――カーディル王子が故国からの召喚を受け、一足先に戻ったのは中学一年、四年前のことである。

 それ以来、半年に一度の頻度で使者が必要物資と共に王子からの手紙を運んでくるのだ。普段なら、家に戻った時に手紙を渡されるだけのことだった。


(これまでと、何が違うっていうの?)


 乏しい知識を掻き集めたが、思索に向かない姫子の限界はすぐだった。

 家に戻れば自然に分かることと、気持ちを切り替える。そうやって黙々と歩いているうちに、自宅近くの児童公園の黒い固まりが見えて来た。


 冬でも常緑樹が青々と繁る児童公園は、子供の頃によく遊んだ場所だった。

 最近は夜になると性質(たち)の悪い連中の溜まり場なってしまい、姫子も寝しなにバイクの爆音や声高な笑い声などを耳にすることがあった。自治会では児童公園の治安の悪さが毎年議題に上がっているが、ことなかれ主義で次年度役員への申し送り事項となるだけで全然解決しないと、乳母がこぼしていたことを思い出した。


 心持ち早歩きになった姫子が、自宅まであと一歩というところで、


「あら姫ちゃん、お帰りなさい」


 一番面倒なのに出くわしたと、一瞬だけ思ってしまった。

 それでも、無表情に思われがちな白い顔に大げさな笑みを浮かべて、


「ただいまー」


 闇夜にとぐろを巻く近隣の主婦達に向かって、朗らかに会釈をする。

 ジャージ姿から察するにウォーキングの最中だろう。お喋りをしながら住宅街を練り歩く主婦達の姿は、夜間でもよく見られるものだ。だがしかし。


「学校まで自転車じゃないの? ああ、乗れないんだっけ。いまどき珍しいわね」

「確か女子高よね、勿体無いわー。共学だったら彼氏が選び放題だったのに」

「ほんと、すっかりお姉さんになっちゃって。人の家の子は育つのが早いわねー」

「――ああ、ええっと」


 矢継ぎ早に繰り出される質問で、姫子は返答に窮してしまう。

 そしてとどめが、


「そういえば、()()()()()()()()()()も、こんな寒い日だったわよねぇ」

「そうねぇ、あれからもう四年も経つのねぇ。時間が経つのって早いわねぇ」

「まだ中学一年生だったのに、可哀想に……」


 その話題が持ち出されると一同はしんみり、姫子に至っては完全に沈黙した。

 毎年、今時分になると必ずこの話題になる。

 四年前、故国に旅立つ際、王子の命令で偽の葬式を出したのだ。

 近所の人達は当然、王子が死んでしまったものと思い込んでいる。思い出すたびに心を痛めさせてしまい、申し訳ない限りだった。


(だからあんな手の込んだこと、やめればよかったのよ。王子も酔狂なんだから)


 近所の主婦達に悪気はないだろうが、王子の話を蒸し返されるたびに気が滅入ってしまう。言われ続けているうちに、本当に死んだような気がしてくるからだ。


(王子は、戦を指揮するために、故国に帰っただけなんだから)


 とはいえ、事情を明かすわけにもいかず、言ったところで子供の頃の智志のように信じてくれるはずもない。姫子が黙って下を向いていると、どれぐらい時間が経ったのか。主婦達のたわいないお喋りが不意に途切れた。


「――こんばんは」


 背後から若い男性の声が割って入り、驚いた姫子は慌てて振り返る。

 

 

(↓続きます) 


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