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6.お姫様で居続ける必要ってある?*(※小三の頃)

 

 

 智志と一緒に王子を眺めながら、姫子は考える。正しかろうと誤りであろうと、未来の国王であるカーディル王子は他人の意見など求めてはいない。故国から遠く離れても、王子はあくまで王子だった。そのありようは変わらない。


(――でも、あたしはどうなんだろう?)


 この異界でも姫君でいられるだろうか。

 いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。


「……ええっとね」


 黙って砂山を作り直し始めた智志に視線を戻し、姫子はぼんやりと話し出す。

 記憶の糸を辿りながら、白昼夢に落ち込むように――。


「私のお父さまは、大臣だったの」

「うん」

「王宮で謀反人達に捕らえられてしまって」

「……うん」

「普通、貴人の刑は毒杯を賜るのだけれど、お父さま見せしめに縛り上げられ街中を引き回されてから、広場に集められた民衆の前で首を落とされたんですって」

「…………」

「遠い北の国からお嫁にいらしたお母さまは、あとを追い自害なさったって」


 乳母に抱かれ、銀色飛竜の背から焼け落ちる王宮を見たこと。飛竜の背に乗り、幾日も追っ手との追跡劇を演じたこと。故国から『空の回廊』を通って異界へ来た時、町灯りの眩しさに目が眩んだことなどを、手振り身振りを交えて語った。


 また、王都は一面の砂漠の真ん中にあったのだが、その中央にある王宮庭園では一年中香りの良い花が咲き乱れ、芳醇な果物が実を付けていたこと。後宮の美女達がその才を競い、金糸銀糸を織り込んだ絹や宝飾品でその身を飾り、舞を踊ったり詩を吟じたり楽器を爪弾いたりして国王の無聊を慰めるさまなどを話した。


 あまり深く考えもせずにクラスの女子達に故国の話をしていた姫子だったが、ある時、急に嘘吐きと呼ばれるようになった。その件でクラスの中心的な女子と王子が大喧嘩したことにより、姫子は女子達から完全に無視されるようになったのだ。


 単なる嘘吐きというより、子供達の間に蓄積されてきたある種の違和感が一斉に噴出したのだが、以来、姫子の話をまともに聞いてくれるのは智志だけになった。


 それらの事柄は老ダンダーンに口止めされていた真実でもあったが、誰かに語らなければ、姫子――フェトナも故国での出来事がすべて夢だったのではないかと、ともするとそう思いそうになってしまうのだ。


 両親の死を知ったのは、かなり時間が経ってからだった。


 深夜、老ダンダーンと啜り泣く乳母の会話を盗み聞いたのだ。

 それ以外に情報はなく、今でもコカブ――銀色飛竜の背に乗って故国に戻れば、屋敷の庭で微笑む両親が待っているような気がしてならないのだった。


 聞き役に徹していた智志は何を思うのか。幼い姫子が繰り返す夢物語へ最低限の合いの手を入れ、ただ静かに耳を傾けているばかりだった。

 

 

 

 

 室内を流れるのは、誰かが入力した一昔前に流行った曲だった。姫子は無意識に口ずさみながら、かの幼馴染へ思いを馳せる。


(智志君、全然会わないな。元気かしら)


 家が隣り同士でも姫子は地元の女子高、智志は隣町の男子校に通っている。

 嫌われているとまでは思わないが、通学時間も微妙に異なるせいか、たまに道で出会っても頭を下げてすれ違うだけだった。幼馴染が成長しても親しい間柄でいられるのは漫画や小説の中だけの話で、現実はこんなものなのだろう。


「……うひゃっ!」


 物思いに耽っていた姫子の太腿の辺りで、制服のスカートのポケットに入れておいたスマフォが震えたのだ。


「もーっ、このブルブルって嫌いー」


 文句を言いながらスマフォを引っ張り出すと、ラ○ンの通知が一件来ている。内容を見て、姫子は思わずスマフォを取り落としそうになった。


『王子からの急使有り、至急帰られたし♪』


 それは祖父役の老ダンダーンからのメッセージだった。

 母親役のサビーハは冷蔵庫や洗濯機といった基本的な家電以外の操作は全滅なので、ラ○ンなど使えるはずもない。姫子はメッセージが来た理由に首を捻りつつも財布からお札を取り出し、隣でウェブ小説を読んでいる康代の掌に握らせた。


「えっ、何? 奢ってくれるの?」

「お爺ちゃんに呼ばれたから、先に帰るね。お釣りは支払いの足しにして!」

「ちょっと待ってよ、私も帰るから――」

「方向、真逆じゃん? ゆっくりしていきなよ。じゃあねー」


 カラオケに誘ったのはどこの誰だという康代の無言の非難も顧みず、姫子は鞄を掴んで階段を駆け下り雑居ビルの外に出た。


 鞄を持ったまま、器用に学校指定の地味な紺のコートに袖を通しながら歩き出す。すれ違う若いカップルの男性の方が姫子の容姿に目を奪われ、すぐに隣を歩く女性に袖を引かれて険悪な雰囲気となっていた。

 だが、姫子はあえてスルーしてから、黙って夜空を仰ぎ見る。


 十二年前、双竜町の上空を飛んだ時と同じ力ない星々が、ぼんやりと瞬いているばかりだった。

  

  

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