11.康代、二本足の何か(?)に遭遇する。
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ふいに、窓から刺す日差しを、何かの影が一瞬だけ遮っていった。
「ああ、もうそんな頃合いですかな。ちょっと失礼をば」
そう言って、姫子の部屋に康代をひとり残し、老ダンダーンは部屋を出て階段を降りて行ってしまう。この部屋に置き去りにされては理性が危ういと言うことで、ちょっと名残惜しいような気もするが、康代も慌ててあとを追った。
時間の無い白ウサギ宜しく玄関から出て行く老ダンダーンの後ろ姿を捉え、康代もローファーを履いて表へ出た。
だだっ広いだけの庭に、丁度、何かがふわわーんと降りてくるところだった。
着地する寸前、バッサバッサと翼をしならせ、急ブレーキを掛ける。
「――――――――」
軽自動車位の大きささの、銀色をしたワイバーンが二本足で蹲っていた。間違ってもドラゴンでは無い。その点については、康代は一歩も譲るつもりは無かった。
銀色のワイバーンは前足に相当する翼を畳み、口の先で丁寧に整えている。
「おや、見付かってしまいましたか。これは不可抗力ですな」
「……ワザとだ、絶対」
怯えたような声に振り返ると、玄関ドアにへばり付くように――だが、家から一歩も外には出ず――村山智志が苦い顔をしてこちらを見ていた。
どうやらワイバーンが恐ろしいようだ。極めてまともな感性である。
「きゅるる?」
その、姫子と同じ銀色をしたワイバーンの背には、同じく銀色の鞍が設えてあった。だが乗り手は居らず、代わりに積み荷だけが括り付けられている。
「康代殿、不用意に近付かない方が宜しいかと。今は、主がおりませんからな」
そう言いながら、よっこらしょとばかりにワイバーンの背に乗り上がった老ダンダーンは、銀の鞍から手早く荷を解いて下ろし始めた。
きゅるきゅる喉を鳴らしている銀色のワイバーンに、康代はゆっくりと近付いた。康代だって、これがさすがにラプトル――群れで狩りをする小型肉食恐竜――だのプテラノドンだのと言われれば近付いたりはしないが、人間に使役されている生き物となれば話は別である。まさに、今近付かずして、いつ近付くというのだ。
よく見ると、瞬膜が黒目がちの目を覆ったり外れたりしていた。
康代はドキドキする心臓を宥めながら、ワイバーンの首にそっと手を当てる。
ワイバーンは特に嫌がるということもなく、康代の暴挙を許した。ワイバーンは、ヒンヤリした硬い触り心地の鱗に覆われていた。
鱗の生え替わりとか脱皮するんだったら、まるっと欲しいと密かに康代は思った。そのまま首を擦ってやると、機嫌良く喉の奥をゴロゴロ鳴らし出した。
「――アンタはあの晩、双竜町の上空を飛んでた?」
「きゅるきゅる」
言葉が通じるとも思えなかったが、なんとなく『是』と言われた気がした。
その硬くヒンヤリした首筋に頬を付けてみると、ドクドクと脈打つ心臓の音が聞こえた。やばい、本物のワイバーンだ。また泣きそうである。康代は涙を堪えた。
「この銀色飛竜は、姫さまの騎竜であるコカブですな」
――ちなみに、許嫁のカーディル王子殿下の飛竜は黄金飛竜でして、あちらは小山のように大きく、このだだっ広い庭が狭く見える程ですよと、口の滑った老ダンダーンは企業秘密(?)をガンガン喋り倒した。
(銀のワイバーンに乗った姫君が金のワイバーンに乗った王子様と飛ぶなんて、)
「――それって、なんてファンタジー……」
小さく呟きながら、康代はぎゅっと、銀のワイバーンの首にしがみ付いた。
銀色のワイバーンも、主から感じたことのある匂いの人間に撫で回されるのは、まんざらでもないようであった。




