4.カラオケ三昧と来し方のみ、行く末は未定
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「順番が全然回ってこない」
「ちょっとそれ、私が入れた曲だよ。何でアンタが歌ってんの?」
「細かいこと言わないでデュエットに」
「なんつーか、こう女ばっかで色気もヘッタクレもないわね。あー、暑い暑い」
二人きりでは回ってくる順番が早くて嫌だと康代が言うので、連絡の付く限りの友達をラ○ン呼び出したら個室に入り切らない人数――十数名にまで膨れ上がってしまった。一時間のつもりが二時間、さらに延長して三時間と、備え付けの時計はすでに夜の七時を回っている。既に日は落ち、四角い小窓の向こうは真っ暗だ。
これからパーティールームに移動してはかえって高く付く、というわけで――。
「先発組はさっさとどいて。もう選曲リストに触ったら駄目だからね!」
料金の公平を期すために、ある程度歌った面子――姫子達はリモコンの届かない片隅へと追いやられた。姫子は康代と共に壁際へ、セーラー服のままじかに床へお尻をついて座る。こんな無作法も、もはや姫子には慣れたものであった。
「ふー。これでしばらくは満足だわ」
「それって二日? それとも三日のこと?」
康代は寸暇を惜しんでスマフォでウェブ小説を漁りつつ、
「こんなにカラオケばっかり行って、アンタの親、門限とか厳しくないわけ?」
「何も言われないわよ。たぶん、夕暮れが苦手だって知っているからだと思う」
「そんなこと、前にも言ってたわね。心的外傷なの?」
姫子は昼間のうちか、日が暮れてからしか出歩かないようにしていた。
夕焼けに染まる空や町並みは、幼い時に見た故国の最後の姿を思い起こさせる。康代の言う通り心的外傷なのだろうが、それ以上の詳しい説明は出来なかった。
「それにしても、暑いわねぇ」
二月初旬だと言うのに、定員オーバーの室内はかなりの熱気で蒸している。
何人かは防犯カメラに動じることなく、備え付けの団扇でスカートの中へ風を送り込んでいた。姫子は友人達のその行動を、そっと覗き見る。
(今度、私も挑戦してみようっと)
乳母が知れば卒倒モノの企みを胸に秘めつつ、近くのコンビニで買ったペットボトルのジャスミン茶を鞄から取り出した。爽やかな渋みが、不思議と故国のお茶の風味に似ているのだ。ちなみに飲食物の持ち込みはオーケーである。
四角い小窓の向こうはすでに日が落ち、煌めく町灯りが覗いていた。ジャスミン茶を一口飲んでから、姫子は口元を綻ばせる。
(初めてみた町の灯りを、水面に映ったお星さまだと思っていたんだっけ)
この世界に来た幼い頃は、不寝番もおらずに沢山の灯りを一晩中灯し続けられるのが不思議だった。町中に張り巡らされた電線を見て、ここの飛竜達がよく引っ掛からずに飛ぶものだと、幼いながら感心していたのだ。姫子は苦笑した。
(思えば、随分と遠くに来たものだわ)
故国の動乱に巻き込まれ、フェトナ姫――姫子がこの世界にやってきたのは十二年前、ちょうどいまと同じ寒い時期であった。
故国では、国王が毒を盛られて崩御したばかりだった。
国葬と幼い王子――許嫁のカーディル王子――の即位の準備で手薄になっていた王宮は、正体不明の賊に隙を突かれ一夜にして攻め落とされてしまったという。
また、賊共は神の認めた正当なる王位継承者のカーディル王子の命を狙い、追っ手を寄越してきたのだ。王都から逃れたカーディル王子とフェトナ達は数週間に渡って追い回され――フェトナが覚えてない部分だ――止むを得ず逃げ込んだのは王家に伝わる『空の回廊』、そして辿り着いた先が双竜町の上空だったのである。
故国で幼い王子の代わりに元国王軍の残党を纏めていた王弟殿下の元へ馳せ参じるため、同国人達は次々と故国へと戻って行った。そしてこの地に残されたのは幼いカーディル王子と大臣の息女にして許嫁のフェトナ、世話役の乳母のサビーハ、そして父親の忘れ形見である銀色の飛竜のコカブだけであった。
その後、一行は双竜町に在住していた同国人、老魔術師ダンダーンの元へ身を寄せることになったのだ。到着した晩に、家の前で灯りを掲げていた人物である。
近隣住人への挨拶の時に、父親である自分の元に未亡人となった娘が子供を抱えて身を寄せてきたという設定を作って流布したのも、知恵者である老ダンダーンであった。乳母が老魔術師の独断専行を責めたが、世間が欲する情報は嘘でも与えるべきで、それが異界での賢い生き方であると皺深い顔で淡々と語っていた。
ちなみに、フェトナが姫子と呼ばれるのは、演技でも呼び捨てにするのは恐れ多いと、母親役のサビーハが断固拒否したからである。老ダンダーンが苦肉の策で姫という『敬称』をそのまま名前とすることを思い付いたのだった。