9.康代、聖地巡礼する。③姫子の部屋
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僕はいいと言う智志を居間に残し、康代は老ダンダーンのあとについて二階に上がった。階段を登り切った先の、右側の部屋。ギシギシ軋むドアを開けると、机とベッド、そして半開きの押し入れだけの、四畳半の和室だった。
ぬいぐるみのひとつも無く、こざっぱりを通り越して殺風景とさえ言えた。部屋だけみたら、社畜で寝に帰るだけの男性の寝室なのかと思うほどである。湿気対策なのか開け放った押し入れには、小型のチェストや衣装ケースが収まっていた。
締切の窓をダンダーンが少し開けると、冷たい風が入ってきた。
長押に下げられた双竜町女子のセーラー服の裾がかすかに揺れる。
ここで初めて、女子高生の部屋だと分かるレベルの素っ気なさだ。いつか故郷へ戻ることを意識して、あえて何も飾り付けなかったのだろうか。姫子の気持ちを知ることはできない。
勉強机の棚にはきちんと整頓された教科書やノート類が並べられ、天板部分にはプリ○ラ帳とスマフォが置いてあった。プリ○ラ帳を手に取ってパラパラめくると、集合恐怖症の人には耐えられないような、級友達と撮ったシールが沢山貼り付けてあった。そうでなくても、デコがキツくて目がしぱしぱする。
(ああ、ここにはちゃんと、姫子がいた形跡が残っている)
瞬きで目に潤いを与えつつも、康代は安堵した。
もしひとりきりだったら気持ちが上がり過ぎて、制服とかベッドの匂いをクンカクンカやってしまいかねない危うさを、己に感じる康代でもあった。
「もはやお戻りにはならないとは思いつつ、どうにも、手が付けられませんでな」
そう言って懐に手を突っ込んだまま、老ダンダーンは所在なげに立ち尽くす。
突然、姿を消した親友。
誰も彼もが、彼女の存在を忘れてしまい。
残された進路希望調査票には『王妃』の二文字。
案内無しには、決して辿り着けないダンダーン邸。
無駄にだだっ広い庭。異国風の祖父は孫を姫さまと呼び。
『二本足の銀色飛竜に五色の手綱を付けて、銀の輿に乗って鈴の音を鳴らしながら飛んでったよ。許嫁と結婚するんだってさ――――どう、信じる?』
それって、なんてファンタジー⁉
いやいや。康代はあえて難しい顔をする。
村山智志の流れるような与太話は、信じるにはちょっと――いや、まったくの嘘ではないだろうが――ただ、常識人(自称)である康代が信じるには、若干抵抗があり過ぎる。もはや夢見る夢子ちゃんと呼ばれていた子供時代でも無い。
いや、だが、しかし――。
「あの、ダンダーンさん、私、何も知らなくていいから」
「…………」
「知らなくていいので」
康代は祈りにも似た思いで、両手を組んで老ダンダーンに懇願した。
「私から、姫子の記憶を奪わないで下さい。お願いします」
我知らず、目から涙が溢れた。
今日だけで、もう一生分の涙を流してしまった気がする。老ダンダーンは何も言わず瞠目していたが、おもむろに袂から両手を抜いて改まったように、
「なるほど。智志殿と同じですな」
「はい?」
「智志殿張りに姫さまに向けるねちっこい情念を、もうお一方からずっと感じていたのですが、やはり康代殿でしたか。通りで、術が効かないわけですな」
「ええっと、それは、いったいどういう?」
「いえいえ、こちらの話で」
どうやら、二人まとめてキモい認定されてしまったらしい。
村山智志と一緒というところに、なにか釈然としないものを感じる康代である。
「お陰様(?)で、姫さまの御身を守るまじないの良い燃料になりました、念だけに。いえ、こちらの話ですが」
「えっと、お役に立てて、なによりです? ってか、『術』って仰いました?」
「確かに、私は少々、魔術を嗜みますが」
――やった、魔術師来たっ‼ 全康代、内心の大興奮である。
(↓続きます)




