8.康代、聖地巡礼する。③居間
娘らが来るまでは、ひとりで生活していたんですがなと続き、このままでは世間話に終始してしまうのではという懸念から、康代はあえて会話をぶった切る。
「あの、初めまして、佐藤さん。姫子さんの親友で、野木康代と申します」
(言い張れ、恥も外聞も無く、親友だって言い張るのよ、康代!)
ちなみに隣の村山智志はというと、康代のお手並み拝見とばかりに大人しく緑茶を啜っているだけだった。児童公園ではこの怪異について何か確信ありげな風情だったのに、康代の援護射撃をするつもりはないらしい。
「それはどうも、ご丁寧に。姫さまが大変お世話になりまして」
「いえ、こちらこそ、姫子さんには大変お世話に(目の保養をさせて頂いて)」
「ちなみに私のことは、佐藤ではなくダンダーンとお呼び下され。本来、我々に名字はありませんからな。お嬢さんのことは、康代殿とお呼びしても?」
「お好きなようにお呼び下さい、ダンダーンさん」
(姫さま⁉ お祖父さんなのに、姫さまって言った⁉ なるほど確かに、あれはやんごとなき姫君だわ。ってか名字が無いって、それなんてファンタジー⁉)
康代の内なる興奮を余所に、孫娘を姫呼びする老ダンダーンはチョコレート味を示すマークの付いたシュークリームに手を伸ばしつつ、
「姫さまは我らに窘められるのを煩わしく思われてか、日々、学校で何があったのか細かく仰ることはありませんでした。ですが、女子校に通うようになってから、それはそれは毎日がとても楽しそうにお過ごしになられて」
「……はぁ……」
「康代殿が姫さまをお守り下さっていたのですな、ありがとうございます」
「い、いえ、そんな大それたことは」
これは孫じゃねぇ。重ねて康代は思った。
山で拾ってきた子犬が、大きくなってみたら実は熊だったというぐらい、違う。姫子が姫君だとするなら、こちらは侍従で臣下だ。間違っても、同等ではない。
(児童公園で眼鏡君が言ってた与太話は、あながち冗談ではないのかも?)
「こんなところにまでわざわざご足労頂き恐縮です。それで、本日はどういったご用件ですかな?」
康代が違和に翻弄されている隙に、老ダンダーンがザクッと切り込んできた。
しかしそう尋ねられても、ひと目見て分かるというものでもないし、何とも説明し辛い状況である。どう言えば、はぐらかされないで済むだろうか。
(みんなが姫子のことを忘れてしまうのは、貴方のせいですか、とか?)
ちなみに、隣に座った村山智志はただ『君も食べなよ、何かを口に入れないと、本当に倒れちゃうよ』そう言ったあと、自身は抹茶味を食べていた。
店頭での抹茶チョイスは、単に自分が食べたかっただけなのか。っていうか、どうやら康代の生命維持以外は興味が無いらしい。そりゃそうだ、きっと頭の中は愛しの姫子で一杯なのだろう。
(私だって、姫子のことだけずーっと考えていたかったわよ)
それなのに、級友達と在りし日の姫子の姿を語ることさえ叶わないのだ。とはいえ、この怪異に老ダンダーンが拘わっているという村山智志の推測を信じるとしても、こんな不確かなことを口にするには、康代はあまりに知らなさ過ぎた。
だから、康代は黙って学生鞄から姫子が捨て去った進路希望調査票を取り出す。
そして、丁寧にローテーブルに広げた。
グチャグチャになったわら半紙を暫く眺めていた老ダンダーンは、
「……なるほど。康代殿は、何を何処までご存じですかな?」
康代は黙って、首を振る。そしてスカートを皺になるぐらい握り締めた。
「何も。私、なにひとつ知らないんです。姫子のことを」
――親友だったのに。いつも、一緒に居たのに。そう言って項垂れる康代に、老ダンダーンは険しい眼差しにあえかな憐憫の情を滲ませながら、
「では、せっかくですから、姫さまの部屋でもご覧になって行かれますかな?」
「⁉」
康代は一も二も無なく、首がもげそうなぐらい縦に頭を振って頷いてから、ローテーブルの上の進路希望調査票を制服の胸ポケットへ大切に仕舞い込んだ。




