6.眼鏡君、体調の悪い女性を保護する?
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「そんなことになってたのか……何やってんだ、あの人は」
どうやら村山智志には、何か思い当たる節があるようだ。
その隙に、康代はすでにズルズルだった鼻をこっそりかんだ。女を捨て去ったと思っていたが、自分にも多少の恥じらいは残っていたようだ。
「……村山君は、ちゃんと姫子のこと覚えているんだね」
「そりゃあね。僕は少なくとも小学校六年間は双子係だったから。忘れてしまったら、もう小学生の頃の記憶がほぼほぼ無くなってしまうよ」
何故か自慢げに喋りながらも――康代の気の持ちようかもしれないが――村山智志はすでにスマフォを取り出し何事か作業し始める。
「野木さん。君、今から時間ある?」
「そりゃあもう」
すでに男と二人で学校サボってますから、とは言えなかったが。
「君も、学校にちゃんと連絡した方がいい」
村山智志はすこぶる冷静だった。
缶コーヒーを飲み終えた康代がベンチから立ち上がって村山智志の手元を覗き込むと、公式のクラスラ○ンに『体調の悪い女性を保護しました。救急車に乗って付き添っているので登校が遅れます』的な文言を打ち込んでいるところだった。
「何それ。間違ってないけど、すごい盛ってる。そんなの先生、信じる?」
「日頃の行いがいいので」
村山智志は、左手の中指でくいっと眼鏡のブリッジを押し上げた。
「うむむ」
康代はと言うと、先ほど糖質不足で学級委員におかしな伝言を頼んでしまったので、今度は至極真面目に『体調悪いので帰ります』と公式のクラスラ○ンに書き込んで送った。本当に体調は悪い。眠くてお腹減って死にそうだ。
「――ああ、もしもし。僕です、村山智志です。ご無沙汰してます」
学校にラ○ンを送り終わった村山智志は、何処かに電話を掛けていた。
「いま、ちょっとお時間良いですか? 姫ちゃんの親友を連れて行きたいんですけど。貴方、何かしましたよね? え、分かってる? はいはい、では、のちほど」
話の趣旨は不明だが、促されるままに連れ立って児童公園から出る。缶コーヒーを購入したと思しき自販機に備え付けのゴミ箱に、空き缶を捨てていると、
「連れて行ってあげるよ、ダンダーンさんの家に」
「ダンダーンさんって、佐藤ダンダーンさんのこと? 王子君のお葬式で見たけど、平たい顔族の血が一滴も入ってない厳つい顔した姫子のお祖父さん?」
「ああ、君はあの場にいたんだね」
村山智志は笑ったようだ。口の端が歪んでいる。
「とにかく君の望みは、君自身が切り開くといい」
――改札で僕の腕を捻り上げたみたいにねと続ける村山智志の表情は、ちょっと意地が悪そうだった。この先、ことあるごとに持ち出されそうな気がすると、康代は直感的に思った。どうやら村山智志は思いの外、執念深い男だったらしい。
「ま、待ってよ、ありがたいけど、心の準備が――っていうか、手土産がない! 駅前の店でシュークリーム買わないと!」
缶コーヒーで下がり過ぎた血糖値が持ち直した康代は、足早に来た道をとって返す。あとから追い掛けてきた村山智志が感心したように、
「君、思いの外、ちゃんとしてるんだね」
「そりゃあ、薄らボンヤリした姫子と一緒にしないで欲しいわね。ああ、思い出したらまた泣けてきた」
大急ぎで駅前ロータリーまで戻り、和洋の贈答品が揃えてある店舗に入った。二人並んでショーケースをしげしげとお眺めながら、
「ここのシュークリーム、美味しいのよ。ねぇ、何味がいいと思う?」
「お年寄りだから、とりあえず抹茶でも入れておけば?」
「でもお祖父さん、異国の人なんでしょ?」
「こっちが長いみたいだから、なんでも食べると思うよ。僕が生まれる前からすでに住んでたっていう話だから」
「そうなの? うーん、姫子だったら、絶対二色シューなんだけど」
「……それは知らなかった」
幼馴染に知り得ぬ情報を開示できて、ちょっと優越感を覚える康代である。
サボりらしい高校生カップル(?)の女生徒の方が泣きながら駅前でシュークリームの詰め合わせを買う姿に、売り子のパート主婦は長らくその話題を近隣にして回ったのであった。田舎とは得てして、そういうものである。




