4.康代、聖地を巡る。①児童公園
「――もうちょっと頑張れるかい? すぐそこに児童公園があるから」
双竜町駅からロータリーを抜け、住宅街をどう歩いてきたのか正直覚えて無い。
襟首引っ掴んでガクガク揺すった相手から気遣われてはザマも無いが、ぶっちゃけ、康代は今にも倒れそうだった。原因は思うに、空腹と睡眠不足である。
恐らく駅のすぐ近くだろうが、ロータリーのこちら側は康代の生活圏ではないのでよくわからない。だが、児童公園の敷地内に入ってから、何故か妙な既視感がある。前を歩く眼鏡君に、ベンチで休むよう促された。確かに、いろいろと限界だ。
「少しここで待ってて」
「ちょっと、逃げないでよ! 逃げたら末代まで祟るわよ!」
「それは、おっかないね」
学生鞄を人質のようにベンチに置き、眼鏡君は別の出入り口から出て行った。
すぐに、ガコガコン!という音が二回して、両手に缶を握って戻ってくる。どうやら、自販機で缶コーヒーを買ってきてくれたようだ。
「取り敢えず、これでも飲みなよ。ブラックとミルク、どっちがいい? いや、その顔色からすると、甘いのがいいね。低血糖なんじゃないの? ほら」
眼鏡君はよく気の付く男のようだ。お金を取る気も無いらしい。もはやブラックアウト寸前の康代は、迷わず甘いミルクコーヒーの缶を手に取る。
暖かい。手が冷え切っていたことに、ようやく気付いた。
(なるほど、私の行動が粗暴で頭の働きが悪いのは、血糖値の問題であったか)
眼鏡君はベンチに座ることなく側に立ったままだった。
「まぁ、飲みながら聞いて。僕は村山智志。隣の駅の男子校の二年で、姫ちゃん達の幼馴染だ。姫ちゃんには双子の兄がいたからね。それで、君は?」
「……野木康代。見ての通り、双竜町女子二年。姫子と同じクラスで親友、だった」
「なるほど、君が一緒に映画を見に行く予定だった子だね?」
なんのことだとは思ったが、時間が惜しい。その問いには答えず、
「さっきの画像は、どうしたの?」
甘ったるいコーヒーを啜りながら、康代はズバリ切り出した。
この幼馴染の眼鏡君には異論があるかもしれないが、誰が何と言おうと親友だ。クラスでは康代以上に、姫子と親しい女生徒はいなかった。学校外の交友関係は、よくわからなかったけれども。
眼鏡君改め村山智志は、肩を竦めて事もなげに、
「ああ、ここで撮影したんだ。旅立ちの時に」
「旅立ち?」
ようやく脳に血糖が回ってきたようだ。人心地付いて見回せば、ひとつ切りの街路灯、藤棚とその下にある砂場。あの画像の通りの背景だった。
違っているのは昼間であること。そして姫子だけが、いない。
「盗み撮りした。あんまり綺麗だったから」
「…………(それは分かる)」
「でも、ペットの飛竜に火を吐かれたりして、死ぬかと思ったよ」
「…………(⁉)」
「二本足の銀色飛竜に五色の手綱を付けて、銀の輿に乗って鈴の音を鳴らしながら飛んでったよ。許嫁と結婚するんだってさ。どう、信じる? って、野木さん⁉」
康代は飲み掛けの缶コーヒーを両手で握り締めながら、涙をボロボロ零していた。前に泣いたのなんて、物心付くか付かないかぐらいまでの年齢に遡らなければならないが、しかもこれは悲しみの涙ではなく、安堵の涙である。
自分以外に、姫子のことを覚えている人間を、ようやく見付けたからだ。




