3.康代、運命(?)と出会う。(※遠い過去)
康代と姫子の出会いは、思いのほか古い。
もちろんそれは、康代の一方的なものだった。
田舎ということもあり、その飛び切り変わった風貌の双子は、小学校の学区が違っていても風の噂で知っていた。ただ、それだけだった。
中学校は学区が三つ統合で一緒になったが、クラスが違っていた。
双子と言っても、兄の方は彫りの深い顔立ちに浅黒い肌をしていて、若干問題児だったがスポーツ万能でなにげによくモテた。かたや妹の方は白磁の美貌だったが、あまりに世間離れし過ぎて誰も声を掛けられない程の尊さだった。
恐らく二卵性なのだろう、似ても似つかない兄妹だった。
その双子の片割れが用水路に落ちて亡くなったとの話を聞き、不謹慎だとは思ったが同じ学年ということで、殊勝な顔をして知り合いの友達と一緒に葬式に行った。ちなみに、用水路に嵌って亡くなるのは、田舎ではよくあることである。蓋は嵌っておらず水路が剥き出しで、ちょうど大人の肩幅ぐらいの幅しかなかったりするので、水が僅かでも起き上がれなくて溺死してしまうのである。
妙にだだっ広い庭に、ぽつんとひとつだけ立つ母屋で葬儀が行われていた。
同じ中学の生徒達の啜り泣く声と人いきれでごった返す中、親族席に静かに座っている双子の妹は、果たしてとんでもない美少女だった。
菫色の瞳とはいうけれど、それよりもずっと色の薄い――むしろ藤の花のような色合いで、子供ながらまるで匂い立つような清楚な佇まいをしていた。
不謹慎の上乗せだが、もはや一目惚れと言ってもいい。
友達と一緒にお焼香をする時に、ちらりと横目で見ただけで、その儚げな美しさにあてられて気絶するかと思った。日本人同士の多少の目鼻立ちの違いによる美醜の差など全部机に並べて吹き飛ばしてしまうような、圧倒的な美だったのだ。
だから、女子校の入学式で姫子と同じクラスだと知った時の興奮は、もはや仲間内では語り草となっていた。アンタ、完全に目がイっちゃってたわよとか、もはやストーカーじゃないの、等々。個人的には、これは推し活であると思っている。
ファンタジー以外に推せるモノがこの世に存在するとは、それまで生きてきてついぞ思わなかった康代である。
子供の頃は本ばかり読んでいて、夢見る夢子ちゃんなどとセンスの無い言葉を母親に言われて育ったものだが、実際、世の中というのはろくでもない場所だった。美しくも賢くも裕福でもない自分にとっては、夢も希望も無い世界だったのだ。
よって、ファンタジーの世界に頭の天辺までドップリ漬かったとしても、誰に責められる筋合いがあるだろうか。書籍の売上が上がることで、経済活動にも多分に寄与していると、康代は自負する。
康代の暗鬱たる人生に、生けるファンタジーともいえる佐藤姫子が現れた。
そして、康代の澱んだ精神世界に、鮮烈なる一条の光を投げかけたのである。
実際、姫子は世にも希な菫色の瞳に流れるような銀髪で――銀髪というのは本来あり得ないという話もあるが――どれだけ日に当たっても焼けないマシュマロみたいなもっちり肌をしていて、どうあっても太刀打ちできない高い位置に腰があり、そこから伸びる足はもう芸術品のようにすんなりした理想的なふくらはぎの形だった。間違っても康代のようなししゃも足ではなかった。
ちなみにししゃも足とは、まるで子持ちししゃものようにふくらはぎが横や後ろに張り出して見える状態のことを差す。
康代は自身がルッキズム――外見至上主義者だと思ったことはなかったが、ファンタジーでは美しさこそが正義である。当然の帰結と言えなくも無かった。
のちに康代は反省することになるのだが、姫子の中身は至って普通の少女だった。別に、ウェブ小説張りのチート能力があるわけでもなく、重大な任務を背負ってるわけでもない。学業の成績も取り立てて目立つことはなく――むしろ、バイリンガルがよくない方向に出たようで、日本語の書き文字が少々怪しかった――見た目以外は、ごくごく普通のカラオケ好きな女子高生に過ぎなかったのだ。
だから、何かが始まるのではと勝手に期待してしまった康代は、ついつい言いたくなってしまうのだ。
――そんな、ファンタジーの挿絵みたいな顔して、と。
困ったように微笑む姫子の顔も、康代にとってはご飯三杯のご褒美だった。
もちろん、他の人間がそんなことを言うのは、断固として許さなかったけれど。
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