1.プロローグ:康代、飢える。
本編完結済みで後日談連載中です。初日のみ一日二話投稿です。
こちらは後日談一話目になります。
双竜町をぐるりと取り囲むそう高くも無い山々の頂が、まだうっすらと雪を被っている三月半ば。まだ肌寒い、とある平日の朝のことである。
「――寒い……」
双竜町駅の改札口が見渡せる少し離れた場所にひとり陣取り、薄汚れた柱にもたれて白い息を吐く、紺サージのセーラー服の女子高生――野木康代がいた。
駅のホームはひとつしか無く、改札口もロータリーに面したこちら側だけだ。
上りホーム側には男子高生ばかりが、今か今かと電車を待っている。
そしてたった今、電車が走り去っていったあとの下りホーム側からは跨線橋を渡って女子高生ばかりが降りてきた。上りのホーム側には隣町の男子校に通う学生達が、下りホーム側には双竜町駅を最寄り駅とする女子校に通う学生達で溢れかえっていたのだ。日々変わらない通勤通学風景である。
女子も男子も、学生服はみな同じような黒や紺の暗色にすぎないが、本質的には異なる二種類の存在が微妙な距離を置いて混在している。
混じり合うようでいて、決して混じり合わない。
まるで、コーヒーに入れたばかりのミルクのような――と考えてから、康代は打ち消した。あれはすぐに混じって茶色になってしまう。
(あるいは、二色シュークリームの中の、生クリームとカスタードのような――)
『彼女』なら、どう表現するだろうか。風変わりな見た目のわりに、『彼女』はごく普通の感性の持ち主だったから。康代はつらつらと思い起こす。
改札から出てくる級友を待っているのに、康代がつい、駅前ロータリー方向を探してしまうのは、先頃、姿を消した『彼女』が、ドラゴン看板――町のマスコットで本当はワイバーン――の辺りを歩いてくるのではと、ふと思ってしまうからだ。
あるいは、鄙びた駅前ビルに入っているカラオケ屋の周りとか。
ひょっとすると、早朝割りのカラオケ屋の個室に入っていて、喉を枯らしながらひとりマイクを握って叫んでいるかもしれない。三日に一度はカラオケ屋に向かう『彼女』は、無類のカラオケ好きだった。プリ○ラもよく撮っていた。
ちょうどひと月前、二月半ばのことだ。
『彼女』――同級生の佐藤姫子が、突然、学校を辞めた。
極々普通の成績で、生活態度も問題なく、姫子本人に退学する理由はなかった。
ただ、異国人のような風情――菫色の瞳と長い銀髪――が示すとおり、家庭の事情で急遽、母国に帰ったらしい。らしいというのは、あとで担任から聞き出したからだ。直接は、何も言われなかったから、知ったのは数日後のことだった。
双竜町に住んでいるという祖父から、電話で連絡があったそうだ。進路に悩んでいたのは、そのせいだったのかもしれない。全然、気付いてやれなかった。
教室のゴミ箱に捨てられていた進路希望調査票には、
なぜか『王妃』とだけ、書いてあった。
単なる悪筆で、読み間違えている可能性も捨て切れなかったが。
「王妃ってなによ、王妃って……」
別れの挨拶のひとつもなかった。
その程度の関係性だったといえばそれまでだが、親友だと思っていたのは自分だけだったのかもしれないと、康代は自嘲する。
ただ別れ際、『今夜、空を見て』と、彼女は言ったのだ。
それが、別れの挨拶といえば、言えなくもない。
そして月のおもてを横切る何かを、康代は確かに見た――。
そんなことを何度も何度も、壊れた機械みたいに考えているうちに、改札を抜けてくる女生徒の群れの中から、見知った顔が手を振っているのに気付いた。
「野木さん、また痩せたんじゃないのー? ご飯食べたー? ちゃんと寝たー?」
まるで母親のようなことを言うのは、同じクラスの学級委員だ。
考え過ぎて夜も寝られず何も食べられなくなってみるみる痩せ細る康代を心配して、担任がつけてくれた【康代係】である。小学生じゃあるまいし、この年になって『係』が付けられるとは落ちぶれたものであると、康代は自嘲を繰り返す。
普段なら、この待っている時間だけで本を半分読むとかWebで短編小説を二、三本位読むとかしているのだが、まったくする気になれなかった。ファンタジーはもちろんのこと、ノンフィクションのような他人事だって、何の興味もない。
「まぁ、テキトーにね……」
(今は作り話などいらないのだ。私は本当のことが知りたい――)
野木康代は、『姫子成分』に激しく飢えていた。
(続きます↓)
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