3.ドラゴン看板に物申す
初回のみ一日三話投稿になります。(こちらは三話目です)
先に二話目へ目を通されることをおすすめ致します。(-人-)
異なる世界からの来訪者が訪れて、十二年後――。
二月に入り、その町を見下ろす山々はすでに紅葉を終え、寒々しい茶色の山肌を晒していた。春は山桜、夏は新緑、秋は紅葉といった自然豊かな土地柄である。
標高の低い山々にぐるりと囲まれた盆地の底へ枯葉が吹き溜まったようなその町は、名を双竜町といった。古来から大きな川が荒れて洪水が起きる、あるいは水不足を解消するためなどの理由で龍神を奉るため、『龍・竜』という地名の残る場合が多い。しかし双竜町の『竜』の字の意味は、よそとは一味違っていた。
本当に、竜がいたらしいのである。
とはいえ、頭に角、顔に長い口髭を生やした蛇のような東洋的な竜とは若干異なる。地元の古刹(古い寺)には、一対の翼を持つ二本足の竜が仲良くつがいで飛ぶ姿を描いた絵が残っていた。それが双竜町の名の真の由来であると、大真面目に唱えて憚らない地元の郷土史研究家もいるぐらいである。
今でも数年に一度ぐらいは目撃者が出て、地方のニュース番組を賑せたりするのだ。もちろん、都市伝説の域を出ないものではあったけれど。
そして今日も『彼女』の隣では、双竜町の観光PR看板にケチをつけることを日課とする親友が、飽きることなく気炎を吐いていた。
「これはワイバーンなんだってばー。あの看板、見てるだけでムカツクっ!」
女子高帰りの『彼女』――佐藤姫子は、隣りを歩く康代の逆ギレに半ば呆れつつ駅前広場へ目を向けた。『ようこそ双竜町へ』と書かれた大看板には、一般募集で愛称の決定した町のマスコット『ドラ太郎』の絵が描かれている。コミカルではあるが、砂色の鱗と一対の皮膜の翼を持ち二本の肢で立つ爬虫類らしき生き物、つまりお寺に残っている絵に描かれている通りの由緒正しい双竜町の竜の姿であった。
「だって康代。看板にドラ太郎って書いてあるよ。ドラゴンのドラでしょう?」
「これはワイバーンなのっ! ドラゴンは四つ足に翼なんだからっ! 神に近いドラゴン族とワイバーン風情を一緒にしないで!」
親友の野木康代は、学校の司書に食らい付いて好みのファンタジー小説を図書館に置かせる猛者である。だからワイバーンにドラゴンの名を冠した選者の無知(?)が、どうしても耐えられないらしい。
「でも、想像上の生き物でしょ?」
「姫子ってば、アンタにはどうして私のファンタジー魂が理解出来ないかなー」
ファンタジー魂はともかく、この町に隠れ潜んで十二年経つ姫子だが、地方自治体がマスコットであるドラ太郎の名を公募したり、康代のように公然とお上の仕事にケチを付ける行動などに違和感が薄らいできたのは、つい最近のことだ。
故国において、権力者に反抗することは一族郎党にまで累が及ぶ。
神の代理人である王が決めたことは絶対であり、センスが悪いとか間違っているという問題ではない。数年前の自分であっても、まだ理解は困難だろう。
(でも、ワイバーン……私のコカブはおりこうさんだけどな。お手もするし)
登下校時に看板を見るたび文句を言う康代を見ていると、姫子は少しだけ悲しい気持ちになる。亡き父親の唯一の形見である銀色の飛竜――コカブ――を貶されているように感じるからだ。そのことを、康代が知るはずはないのだけれど。
「アンタなんか、黙ってればファンタジーの挿絵みたいな顔してるくせに」
「そんなこと言われても」
急に怒りの矛先を向けられ、姫子は菫色の瞳を細めて苦笑した。
セーラー服の肩口にこぼれ落ちる銀髪を跳ね除けただけで、道行く人の目を引く。異国風の顔立ちで銀髪に白い肌の姫子は、見る者に清廉な印象を与えた。
繊細な銀細工の小箱に嵌められた二粒の紫水晶のような瞳、と故国の詩人達がこぞって題材にした亡き母親によく似た容貌だった。
姫子は母親の形見代わりである自分の容姿が決して嫌いなわけではなかったが、双竜町で静かに暮らすにはいささか厄介なもの、との思いが先に立つ。
「おおっ?」
そう声を上げたのは、康代にあらず。
駅前の雑居ビルの前で、誘蛾灯に誘われる蛾のごとく姫子の足が止まった。
それは、蛍光塗料でケバケバしく描かれたカラオケの看板である。それを見たとたん、浮世離れした白い少女は、一瞬にしてただの女子高生と化した。
「ああ、今日はレディースデーなんだっ! ドリンク付きで一時間二百円だって。康代ちゃん、カラオケに寄っていこうよっ!」
「イヤだよ、先週の土曜日に行ったばかりじゃない。喉が嗄れちゃうよ」
「いいじゃん、歌えるうちに歌おうよ」
「姫子ってば黙っていれば神秘的なのに。骨の髄まで普通の女子高生なんだから」
「普通の女子高生バンザイ!」
悪態上等とばかりに上機嫌の姫子は、嫌がる康代を引き摺るようにしてカラオケ店の入っている雑居ビルの階段を上がった。
銀色の飛竜に乗り『空の回廊』を通ってこの異界へやって来たフェトナ姫――佐藤姫子が双竜町の人々の間で馴染むために積んできた地道な努力は、康代はもとより一番近しいはずの乳母サビーハでさえも知らないのだった。
読了ありがとうございました。(-人-)
以降、最終話(完結済)まで一日一話投稿(16:40頃)となりますので、興味をひかれましたら覗いてみてください。