27.康代は見た!
**(※ここだけ康代Side)**
時刻は深夜零時を回っていた。
「いい加減に窓を閉めて寝なさい。そんなの食べて、風邪引いても知らないわよ」
「うーん、もうちょっとだけ」
パジャマ姿の康代は風呂上りのバニラアイスを食しながら本を読みつつ、マンションの自室の窓から寒月を見上げていた。明日尋ねれば済むことだが、異国風な面差しの親友の寂しげな笑みが、脳裏に焼き付いて離れないのだ。
「んんっ?」
一瞬、月の表面を横切る何かを見た気がした。
尻尾の長い何かが、確かに飛んでいた。
「……姫子?」
康代は手元に用意したスマフォで撮影することも忘れ、母親に怒られるまで月をボンヤリと見ていた。
*
飛竜の編隊に合流した姫子は、ひと泣きして気持ちを切り替えたい誘惑を必死で耐えた。隣の飛竜に乗ったサビーハのご機嫌な鼻歌がなにやら癇に障るが、十数年振りの帰郷とあっては咎め立てのしようもない。王子以外に待つ者のない姫子はふと、広い家にひとり残された老魔術師と交わした最後の会話を思い出した。
『ねぇダンダーン。私よりもアナタが帰った方が、王子のためになると思うけど』
『私はただの回廊番ですので、もう王家のいざこざに巻き込まれるのは御免ですな。姫さまもお残り遊ばされては如何ですかな?』
そして不遜な老魔術師は声を落とし、ここだけの話ですがと言ってから、
『王弟殿下が戦に勝利した場合、扉を閉じてカーディル王子を異界に留め置くよう仰せつかっておりました。もちろん王子やサビーハの知らぬ密命ですが』
日頃は無表情のくせに、返答に困る姫子の前でカラカラと高笑いしたのだった。
(その情報、黙ってた方がいいの? 王子に知らせた方がいいの? それとも、カーディル王子。貴方は……本当は知っていたの?)
「……ェトナっ!」
自分を呼び捨てにする男の声に、姫子は慌てて手綱を握り直す。
迎えの中に、そんなことが可能な立場の者はいないはずだった。なにせ鄙っても次期王妃である。
「フェトナ、そっちに飛び移るから、ちゃんとコカブを操っていてくれ!」
燻し銀の飛竜に寄せてきたのは黄金の飛竜。故国に一頭しかいないその飛竜を操る権利があるのは、故国にたった一人しかいない――。
「カーディル王子っ!?」
金と銀の飛竜が妙なる美声で合図のように鳴き交わすと、大きな身体が姫子の後ろにずしりと降って来た。姫子の腕前はともかく、燻し銀の飛竜はその衝撃によく耐えた。迎えに来るはずのない許婚の温もりが背中から伝わり、姫子は羞恥で赤くなった。次いで青くなる。ヴェールで顔が隠れていて良かった。
児童公園での出来事を、王子は上空から見ていたのではないだろうか。
だが、王子は口紅の乱れている姫子を咎めることなく、
「久し振りだなフェトナ、息災か?」
そう言って姫子から手綱を引き継いだ。
(↓続きます)




