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異界に逃れて十数年、戦が終わったから戻ってこいとか許嫁(王子)に言われても、もうお姫様じゃなくてただの女子高生なんですケド⁉  作者: 今田ナイ
4.銀の鞍にはお姫さま。金の鞍には――

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26.幼馴染は爪痕を残したい*

 


「智志君は、私達にとって象徴なの」

「象徴?」

「この穏やかな異界で生きた証なの。私も、すっかり平和ボケしちゃった。でも、故国の平和は、私達自身の手で築かなきゃいけないのにね」

「いや、僕は決して優しくなんてなかった」


 なぜか智志の頑なな雰囲気に飲まれ、姫子は一歩引いた。自分の過失ではあったが、ゴンドラの中で抱き締められたことを思い出す。


「君は考え違いをしている。四年前の王子君の葬式の時、王子君は故郷に戻っただけだって言って泣いていた君を、僕は持て余してしまった」

「……ちっ、ちょっと智志君?」


 気付いた時には智志に腕を掴まれ、引き寄せられていた。眼鏡の奥の瞳は街灯が逆光で窺えないが、姫子の怯えが伝わるほど近くにある。


「……その青い衣装も甘い香りも、何もかも王子のためなんだね、姫ちゃん」


 腕の中に閉じ込めるように抱き竦められたが、姫子は腕を突っ張ってもがく。


「だっ、駄目よ、私は王子のものなの! 故国に知られたら智志君は――――!」


 乳母が綺麗に紅を差してくれた唇が、無情にも奪われる。

 口付けなどしたこともない姫子だったが、智志の薄い唇が冷たく、震えているのを感じた。世間では、女性から男性へ愛を告白する年に一度の日ではなかったか。


「――――ん!」


 とっさに、渾身の力で智志を突き飛ばした次の瞬間、それまで智志の居た場所をオレンジ色の炎が通り抜けた。姫子の危険を察知したコカブが、口から炎を吐いたのだ。姫子はその隙に長い首の補助を受け、銀の鞍に跨がった。


「智志君は運がいいわ。故国の法によれば、姦通罪で石打ちの刑か不敬罪で斬首されるところよ」

「――それでもいいよ、僕は」


 口元を拭う智志の掌には、姫子が唇を噛み切ったせいで血が付いていた。


「子供時代の淡い思い出にされるぐらいなら、辱めを受けた怒りと共に、涙目の君が繰り返して思い出してくれた方がずっといい」

「…………」


 ――しゃらん。


 姫子が銀の鈴が結ばれた五色の手綱を引くと、燻し銀の飛竜が浮き上がる。周りの木々をそよとも揺らさず、優雅な飛翔だった。


(さようなら、智志君……)


 姫子は二度と振り返らなかった。




**(※ここだけ智志Side)**


 児童公園を飛び立った銀色の飛竜は、すぐに個体識別できなくなった。

 上空を旋回している飛竜達が双竜町の上を飛ぶ姿は、それ自体がまるで一匹の巨大な竜のようである。それらが遙か遠くまで響き渡る、不思議と物悲しさを帯びた声で鳴き交わしたのを合図に、一斉に満月の方向へ飛び去った。


「さようなら。姫ちゃん」


 あとに残されたのは、姫子の未練と共に切って捨てられた白のダッフルコートと智志だけだった。コートの重みに気付いて探ると、ポケットに飲み掛けのペットボトルのお茶が入っている。血の味を消そうと智志があおると、姫子と同じ香りと爽やかな苦味を覚えた。姫子のあまやかな香りは、ジャスミンだったのだ。


「……君が気にするまでもなかったよ、王子君」


 すべての飛竜が月の痘痕のひとつに過ぎなくなっても、智志は夢の余韻から覚めやらずに立ち尽くす。軽やかに飛び去る彼女らに向ける感情は嫉妬なのか、それとも憧れなのか。自分でもいまひとつ、掴めないのだった。

 

 

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