25.姫君は連れて帰りたい(ダブルミーニング)
常緑樹の間、澄んだ寒空の中天に掛かる満月が煌々と輝いている。その月のおもてを、渡り鳥のような生き物が横切った。
「えっ?」
それは見る間に大きくなり、辺り一帯の上空を旋回し始めたのだ。
白鳥や鵜といった首の長い鳥に見えなくもない。しかし本来扇形に付いているはずの尾羽の部分が、まるでトカゲの尻尾のように細長く伸びている。
「――竜!?」
それは、巨大な飛竜の編隊であった。
惚けたように口を開いている智志の目の前に、一匹の飛竜が軽やかな鈴の音だけを響かせゆっくりと降下してくる。
大きな飛竜は風ひとつ立てず、狭い遊具の間へ舞い降りた。
「あら、コカブ。随分と綺麗にして貰ったのねぇ」
燻し銀の飛竜は、両腕の皮膜のような翼を畳んで器用に口先で整える。
その背には銀細工の豪華な鞍が設えられ、飛竜が甘えるように姫子へ頭を擦り付けた拍子に、五色の手綱に取り付けられた鈴がしゃらりと鳴った。
「――姫ちゃん、君っていったい」
「だから、私は本当に、お姫さまなんだってば」
姫子が笑いながら白いコートを脱ぎ捨てると、目の覚めるような青い装いが現れた。身体にピッタリとした丈の短い半袖上衣の裾には銀糸の縫い取りがある。サッシュベルトで腰を締め付けた先はふっくらとしたギャザーパンツ。布地は薄く繊細で、足元に向かうにつれ色が濃くなりすぼんでいた。
布地から透けて見えるすんなりした脚から、智志は微妙に焦点をずらしつつ、
「……寒くないの?」
「一応、次期王妃だから盛装して帰らないと。王子が誂えてくれたものだしね」
暗いとはいえ、きつめの化粧や香水、赤い口紅を付けていることが恥ずかしい。姫子は隠し持っていた青のヴェールを被って視界をぼやかした。
そして無理に口角を上げて笑顔を作り、あえてはしゃいだ声を出す。
「で、どうする? 私と一緒に来る?」
姫子が殺人的な愛らしさで小首を傾げて促すと、智志は酷く疲れたような顔をして、しかしはっきりと首を振った。
「僕は行けないよ。王子君が異国で戦をしてきたように、僕の戦場はここだから」
「……そう言うだろうとは、思ったわ」
姫子は詰めていた息を吐いて破顔する。
「智志君が来てくれれば心強いけど、それは私達の身勝手ね。智志君の人生は智志君のものだから。迷わせちゃって、ゴメンね」
姫子は飛竜に乗るため手綱に触れる。
「じゃあ、そろそろ行かなくっちゃ。もう会えないけど、智志君も元気でね」
すると、ベンチから立ち上がった智志が、姫子の脱ぎ捨てたダッフルコートを拾って傍に来た。間近に見る飛竜が恐ろしいのか、表情も物腰も酷く強ばっている。
「君は故郷に戻ることが恐ろしくないの? ご両親も亡くなっているのに」
姫子は剥き出しの肩を竦めて見せる。
「一週間前だって、お使者の命が狙われたばかりだわ。でも、次期王妃が戻らなかったら洒落にならないでしょ? 王子も待っていることだしね」
そう続ける姫子の脳裏を過ぎったカーディル王子の顔が幼いままだったので、姫子は苦笑した。無意識にダッフルコートを受け取ろうと腕を伸ばし、思い止まる。
「あちらには、何も持ってはいけないの」
思い出以外は――。
姫子は自分自身に言い聞かせるように、
(↓続きます)




