24.児童公園で待ち伏せて
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そして深夜十一時を回る頃、姫子は自宅近所の児童公園にいた。
白のダッフルコートを目深にかぶり、その下にはニッカーポッカーのような先のすぼんだ青い光沢のあるズボンを履いていた。光沢のある青い布靴で、藤棚の下の砂場に溜まった枯葉をサクサクと踏み付ける。
公園の中は繁茂した常緑樹により、街灯の光も行き渡らない。
しかし姫子は気にすることなく、ポケットからペットボトル入りジャスミン茶を取り出して酒のようにあおる――と、待ち人が来た。姫子が被っていたフードを外すと、豪奢な銀色の髪が湧き水のように零れ落ちる。
「――姫ちゃん!? 何でこんなところに!」
「智志君が来るのを、待っていたの」
公園の中を早足に歩いてきたコート姿の智志は、それを聞いて目を瞬いた。
「それは理屈に合わないよ。普段は自転車通学だからここは通らないし、その自転車も盗まれて警察に盗難届けを出したばかりで」
姫子は苦笑いする。老ダンダーンの魔術による人払いの効果で、タチの悪い連中は今日に限って公園に近付くことは出来ない。
ただひとり、普段通らないはずの智志だけが『呼ばれた』のだ。
「おばさんと喧嘩でもしたのかい? 一緒に謝るから家に帰ろう、風邪を引くよ」
「智志君は本当に優しいのね……。実は急に故国に帰ることになったの。だから、そのお別れを言おうと思って、待っていたの」
公園の出口に向かって進み始めた智志の足が、踏み出したままぴたりと止まる。
「ええっとね、十二年前に動乱で故国を追われてこっちに来たんだけど、四年前、先に帰った王子が賊を倒して王位を取り戻したのね。だから、許嫁の私は王子と結婚をするために急遽、故国へ帰ることに――」
どさり、という音に姫子は言葉を切る。
戻って来た智志が、ベンチに腰を下ろしたのだ。
「――子供の頃、私が智志君に聞かせたおとぎ話は、全部本当のことなの」
ほかにも、銀色飛竜の背に乗って異界から飛んできたことや、王子とは双子の兄妹ではなく許婚同士であること、そして四年前に死んだはずの王子は故国に戻っていて、国王軍の残党を率いて戦っていたことなどを訥々と語った。
話し終えても、智志は長いこと沈黙したままだった。だがまったく唐突に、
「どうして僕に、そのことを教えるの?」
「私の帰郷に合わせて智志君を故国へ連れてくるよう、王子から命じられていたの。この間、一緒に出掛けた時に、話そうと思ったんだけど、言い出せなくて」
姫子が突然でごめんなさいと頭を下げると、ベンチに座ったままの智志は片手で前髪をかき上げながら納得したという顔で、
「なるほど、だからか……どうして、僕なんかを?」
「側近にしたいって。腹を割って話し合う相手が欲しいって、手紙が来たの」
「平和ボケした僕じゃ、何の役にも立たないと思うけど」
複雑そうな笑みを浮かべる智志に向かって、姫子は静かに首を振った。
幼い時分から王子共々、この隣家の幼馴染にどれだけ世話になったのか、一言では語り尽くせない。
「智志君こそ、こんな荒唐無稽な話を疑わないの? 私、妄想癖があるのかもよ」
小難しい顔の智志と目が合う。今度は逸らされることなく、幼い頃に夢物語を分かち合った者同士の密かな笑みを交しあった。
「僕は子供の頃、君の家の庭に竜が降りて来るのを見たことがあるんだ。たぶん、ダンダーンさんは僕に気付いていたと思うけど」
それには、姫子の方が驚いた。
老ダンダーンが語った子供の目は誤魔化せないとは、このことだろうか。残留組の老ダンダーンとはもう会えないので、確認のしようもない。
「その次の日に、君達が挨拶しに来たんだ。でも、ずっと夢だと思っていた」
「夢じゃないわ。ほら、上を見て――」
(↓続きます)




