21.サビーハの隠し事
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翌日の月曜日。智志の言った通り、朝から雨が降った。
午後になって雲が切れ、無用の長物となったビニール傘をぶら提げた姫子が高校から帰宅すると、庭でゴミを焼く老ダンダーンに出迎えられた。
「ただいまー。雨のあとで燃え辛いんじゃないの?」
「お帰りなさいませ、姫さま。この方が、焼け広がらずに済みますから」
「サビーハは?」
「ちと所用にて、外出しております」
昨日のデートのあと、自宅の前で礼を言って別れるまで、姫子は結局、誘いを口にすることが出来なかったのだ。
任務失敗を二人に告げると、乳母は王子の機嫌を損ねる可能性に怯え、老ダンダーンは相変わらず何処吹く風とばかりに飄々としていた。知恵を授けてくれこそすれ、ほぼほぼ世捨て人の老ダンダーンは結果には興味がないのだ。だから、
「姫さま、どうぞお気を落とされませんように」
木箱に座って白い煙を上げるゴミ山を棒切れで突付いている老ダンダーンに労われても、姫子は素直に受け取れなかった。
「――だって、連れて行けるわけないじゃない!!!」
姫子は堪らす、ビニール傘を地面に叩き付ける。
「ほぉ。それはなぜですかな?」
「だって、智志君には智志君の人生があるものっ! 智志君を連れていっても、もれなくこっちの平和が付いてくるわけでもあるまいしっ!」
臣下たる老ダンダーンに逆切れしても仕方のないことだが、八つ当たりせずにはいられなかったのだ。しかし気にした様子もなく、
「なるほど。それはさておき、焼き芋でも作りますかな」
「そんなの、いらな…………え?」
よく見れば、爆ぜて炎を上げ始めたゴミ山に、赤黒く変色した紙のようなものが紛れている。それは半年に一度姫子宛てに届く、飛竜の紋章のすかしが入った王家の封筒によく似ていた。すべて保管してあるはずだ。焼き捨てるのは不敬である。
(これって、この間渡されなかった手紙の、封筒の部分……?)
そう思うより先に、傘の先でかの赤黒い紙を突き刺した。
ビニールが溶けて白煙があがったが、構わずそのまま引っ張り出す。不敬だと思いつつも火を踏み消してから確認すると、やはり王家の封筒であった。
「これって、どういうこと?」
半分焼け残った赤黒い封筒を摘み、無表情の老ダンダーンの鼻先へ突き付けた。
「血塗れの王家の封筒ですな」
しれっと言う老ダンダーンの言葉の意味が沁みてきて、姫子は反射的に封筒を投げ捨てる。再び手に取る気にはなれなかった。
「……なんで封筒が血塗れなの!?」
老ダンダーンは木箱に座ったまま、懐からおもむろに一枚の紙を取り出す。
やはりそれも王家の紋章入りの便箋で、ところどころ赤黒く変色してカサカサに乾いていた。なぜかそれは、昨日観覧車から見た異様な夕焼けを思わせた。
「手紙を運んで来た使者が、道中、敵に矢を射掛けられて傷を負ったのです。その血を浴びて、封筒だけで無く外側の手紙までがこのように」
「どうして? 戦は終ったんでしょ? っていうか、お使者はどうなったの?」
勝ち戦で終ったから、自分が呼び戻されるのではないのか。
使者が襲われるのなら、まだ戦が終ったわけではないのだろうか。頭の中が疑問で爆発寸前の姫子へ、なぜか老ダンダーンが労わるような眼差しを向ける。
「まぁまぁ、姫さま、これはちと訳ありでしてな。とりあえず、こちらへどうぞ」
せっかく燃え上がった炎にバケツの水を被せ、老ダンダーンは難儀そうに腰を擦りながら家の中へ入った。姫子もあとを追って階段を上がる。
「私の部屋でお話をするの?」
「いえ、その隣の、王子の部屋でございます……」
そう言って右側の姫子の部屋ではなく、誰も居ないはずの左側のドアを指差した。乳母が以前、真新しいシーツを運び込んでいたのを思い出す。
「どうか、サビーハめを責めないでやって下さいませ。家族が生きていればこその、愚行にございます――」
姫子がドアを開けると、ベッドの前で中腰になった乳母の丸い背中が見えた。
そして誰もいないはずのベッドには黒髪に浅黒い肌の見慣れぬ男性が上半身を起こし、男の胸から肩に掛けて巻かれた包帯を取り替えていたのだ。
「ひっ、姫さまっ!」
古い包帯には血が滲み、深手であることが素人眼にも分かる。
会わずに帰ったはずの使者に違いなかった。使者は姫子をひと目見てすぐにフェトナ姫だと分かったのか、無理してベッドから降りようとする。姫子は慌てて故国の言葉で止めたが、発音が悪いのか上手く伝わらなかった。
「起き上がらなくていいって、言ってちょうだい。ゆっくり休むようにって」
顔面蒼白の乳母に通訳を命じながら、せめて言葉だけでも使い続けていればよかったかなと、ちらりと思った姫子だった。




