19.回る観覧車とヒーロー談義
同世代が次々と卒業していくのに逆行するかのように、王子はテレビの特撮ヒーロー物に夢中になった。俺様過ぎて友達のなり手がおらず、数少ない遊び仲間である姫子や智志も、話を合わすために情報を仕入れないわけにはいかなかったのだ。
「それについては、僕はひとつ姫ちゃんに謝らないといけないことがある」
「えっ? なんかあったっけ?」
ゴンドラが徐々に高くなり、いつもより赤く見える太陽が智志の顔を照らした。
「僕が怪人をやればよかった。王子君には逆らえなくて、あの時はごめん」
「そんなこと、智志君のせいじゃないわ。王子が王子である以上、仕方ないもの」
王子が主役しか張らないせいで、悪の首領や怪人はもっぱら姫子の役目だったのだ。そしてなぜか智志はヒーローの参謀や相棒役である。気弱なはずの智志が見るに見かねて王子に抗議してくれたことを、姫子も思い出した。
「確か、智志君はこう言ってくれたわ。『姫ちゃんがヒロインじゃないのはおかしいよ。僕が怪人になるから勘弁してあげて』って」
「そっ、そうだっけ?」
「そうしたら王子、なんて言ったと思う?『こんな女、ぴーぴー泣いてばっかだから、泣き虫怪人で十分だ』だって。失礼しちゃうわ」
「たまにはヒーロー以外の役をやった方がいいって、王子君に進言したんだっけ」
悪役の気持ちが分かってなおヒーローになった方が役に重みが出ると、王子に向かって淡々と語っていた智志を思い出して姫子は微笑んだ。
「あの時、王子が珍しく智志君の言うことを聞いたのよね」
「たしか王子君が悪の首領で姫ちゃんがヒーロー、僕は怪人役になったんだっけ」
お互いの記憶を持ち寄ってすり合わせ、そして笑いあった。
ゴンドラはすでに最高点に達している。眼下の遊具や乗り物に取り付く人々、綺麗に舗装された通路や枯れた芝生はミニチュアのオモチャのようだった。
「なぜそんなにヒーローごっこが好きなのか、王子君に聞いてみたことがある」
姫子は初耳だった。先を話すよう黙って促すと、智志は少しためらってから、
「王位を取り戻すための、イメージトレーニングをしてるんだって。姫ちゃんがまた泣くから話すなって言われたけど、もう時効だよね」
「……そんなこと、言ってたんだ」
智志は空想だと思っているだろうが、王子はたとえ大人が相手でも臆さなかった。というより、一国の主として他者の軍門に下ることが許されなかったのだ。
故国に戻った王子はそれこそ帝王学など学ぶ暇もなく、黄金飛竜のマルカブを駆って子供の浅知恵ひとつで軍勢を率いて戦い抜いたのだ。
(私は駄目だわ。異界のぬるま湯に頭の天辺までドップリ浸かってしまったもの)
この穏やかな異界に、二度とは戻らぬと決めた時。
王子には、何一つ惜しいものはなかったのだろうか。旅立ちの時に見ただろう宝石をばら撒いたような双竜町の灯りも、ただ光っているだけだったのだろうか。
姫子はカラオケもスマフォもプリ○ラも、康代やほかの友達たちもみんな大好きだった。もはや姫子の人生を語るのにそれらは外せない要素だったが、なにひとつ、あちらに持って行くことはできない。
なにも持たずに故国に帰る自分は、見た目だけが整っている空っぽの人形に過ぎないのではないだろうか。王子は神の前で誓ったというだけで、そんな飾り物同然の許嫁だと分かって呼び戻しているのだろうか――。
「――姫ちゃん、気分悪いの?」
僅かに身を乗り出す智志に、姫子は黙って首を振った。
篭絡すべき相手に気遣われては、非情の任務も形無しである。辺りを見回すと、前後のゴンドラのカップルが良い雰囲気になっていたので、慌てて視線を外した。
「そっ、そうだ。予備校って今日は、休みなんだ?」
「いいや。普通に講義があったよ」
聞き捨てならない答えで返され、姫子はにわかに動揺する。
「お休みしちゃって、大丈夫なの?」
「だって、君が誘ってくるなんて、ただごとじゃないと思ったからね」
「ええっと、私……あ」
姫子は唐突に気付いてしまった。
持っていけないものの中に、当然、智志も含まれるべきだったのだ。
智志には智志の、まだ語られざる人生設計がある。それを奪う権利は、神の代理人である王子にもあるはずがなかった。
(↓続きます)




