18.幼馴染は姫君のテンションについていけない
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市街にある小さな遊園地は、駅ビルから見えた大きな観覧車が目印だった。
家族連れで混んではいたが、決して儲かっているとは言えない地元のしょぼい遊園地の典型である。だがここに、異様にテンションの高い客がいた。
「うっわー! 一度でいいから、普通の遊園地に来てみたかったの!」
「……まさか、姫ちゃんは遊園地にも来たことがない?」
「うんっ、今日は初めて尽くしっ!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ、姫ちゃん――」
お父さんも子供も思わず振り返る銀色の髪をなびかせ、使命のことなどすっかり頭から抜け落ちた姫子は、遊園地中をひたすら走り回った。
ゴーカード、メリーゴーランドやコーヒーカップ。回転しないジェットコースターや、小さな池に白鳥の足漕ぎボートなど、今時、子供でも疲れるからと敬遠するような乗り物満載である。
テレビやネットから情報として得てはいたが、仮の家族であるダンダーン一家の行動を決めていた王子には家族の娯楽という概念が極めて希薄――故国で娯楽と言えば男性の飲む打つ買うしかない――だったので、訪れたことがなかったのだ。
姫子は嬉々として、まるで挑むように様々な遊具に乗り込んでいった。
そもそも、ひとりで飛竜を駆る姫子である。よく出来た人形のような見た目に比べ、遙かに体幹が鍛えられているのだ。実際、学業よりも運動の方が成績が良い。
ちなみに智志は三半規管が弱いらしく途中で気分が悪くなってリタイアしたが、姫子はそれまでの渇望を一気に埋めるような、説明不能な衝動をこれでもかと満たしまくったのであった。
閉園三十分前を知らせる音楽が園内に流れて始めて、姫子は我に返った。
ビルの谷間に落ち行く太陽を見て急に肌寒さを感じ、抱えていた白のダッフルコートを羽織る。沢山いた家族連れも、すでにまばらにしか見当たらない。
(しまった、つい……忘れてた。いろいろと)
姫子が辺りを見回すと、追い掛けているだけで疲労困憊とばかりに息を弾ませている智志の後ろに、件の観覧車が高々と聳え立っていた。
「ゴメンね、智志君。アレで最後にするから」
ここで使命を実行しようと、胸に決意を秘めた姫子は観覧車の列に並んだ。
待ちながら前後に居並ぶカップルが親しげに肩や腰に手を回している様子を見て初めて、観覧車に乗るための正しきシチュエーションに思い至る。
静かに隣りに並んでいる幼馴染に対し、多少の心苦しさを感じないでもない。
だがこれも非情の任務なのだと自分に言い聞かせ、順番の回ってきたタラップの前でゴンドラに乗り込むチャンスを伺っていると、
「……あっ」
はしゃぎ過ぎたツケが回ったのか、気持ちが早っても足が付いてこなかった。
勢い余った姫子が頭からゴンドラに激突する寸前、後ろから腕を強く引かれてどうにか踏み止まる。タイミングを逃したゴンドラを一台、目の前で見送った。
「大丈夫かい、姫ちゃん?」
「うっ、うん」
後ろのカップルに微笑まれつつ、智志に腕を取られ改めてゴンドラに乗り込む。
「ありがとう智志君。これが王子だったら、自分だけさっさと乗り込んで――」
「転んで乗り遅れた涙目の姫ちゃんに『バカだなぁ』って言って指さして笑う?」
「……うん。よく分かったねぇ」
「僕は長いこと『王子係』だったからね。もっとも」
――それを他人がやるようなら、たとえ僕でも王子君は許さなかったと思うけど。そう言って姫子から視線を外し、窓の外の景色を見下ろした。
向かいに座って居住いを正した姫子は、ふと、二人の間で王子の話をするのが実に四年振りであることに気付いた。しかし、このあとすぐに本題へ繋げることを考えると、別段して悪い話ではないだろう。むしろ、話の流れ的に丁度良い。
「ねぇ、智志君。王子とヒーローごっこしたこと、覚えてる?」
急に話を振られ、智志は一瞬、目を見開いて戸惑ったような表情をする。
「王子ったら、いたいけな少女に怪人やらせといて、自分はヒーロー役ばっかり」
「ああ、そう言えば、そうだったかな」
「小学生になってもヒーローごっこしている子なんて、ほかに誰もいなかったわ」
智志もその出来事を思い出したようで、口の端を微かに持ち上げて笑った。
「王子君はヒーローが大好きだったから」
(↓続きます)




