16.初めての逢引き
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そして週末の日曜日のことである。
映画を見終えた頃には、冬の太陽は早々と西へ傾き始めていた。姫子達は映画館と同じ駅ビルの中にあるファーストフード店に入って、遅い昼食を取っていた。
「智志君が一緒に来てくれるなんて思わなかったわ、しかも第二部だったし」
窓に面したカウンター席に腰を下ろしポテトを摘まむ姫子は、白のニットの上下と銀の髪のせいで雪兎のようだった。その隣に座った智志は濃いカーキ色の上着にジーンズと地味な装い。本来ならばただの初々しい高校生カップルに過ぎない。
だが、なにせ姫子は顔だけファンタジーである。なにをどう着てもコスプレ感満載であることはいなめない。二人はあずかり知らないことだが、店内にいるオタク気質な人々は人知れずスマフォでコスプレのネタ元を検索し始めていた。
「原作は知らないけど面白かったよ。冒頭に前回のあらすじもあったしね」
「えっ、まったくの初めてなの? ごめんね、全然気にしてなかった」
動揺のあまり、思わず変なところに入ってしまったウーロン茶を噴き出すところだったが、寸前で踏み止まった。姫子は空咳をしてやり過ごす。
なにも許婚の目を盗んで、異界での最後のデートと洒落込んだわけではない。
命令をやり遂げるために仕方なくだと、姫子はハンカチで口元を拭いながら自分に言い聞かせる。これは不貞ではありません。浮気は駄目、絶対。
ちなみに、映画はいま流行りの古典ファンタジー原作の洋画で、老ダンダーンが懸賞で当てたものだった。老人会で知り合った未亡人を誘う予定だった前売券を貰い、友達が急に行けなくなったという理由で智志を呼び出したのだ。
ちなみに姫子も興味が無くて知らなかったが、康代から大体の筋は聞かされているので――一方的にファンタジー洗脳されている――ある程度は分かっていた。
「でも、そんなに悲しい映画だったかな?」
「え? あ、ええっと、その」
言いよどむ姫子の目は泣き腫らして真っ赤であり、まさに赤い瞳の雪兎である。
CGを多用した大掛かりな合戦シーンが売り物で、鎧を身に纏った戦士が大剣を振り回す冒険活劇である。お涙頂戴の感動物や切ない恋愛物とは無縁だった。
ただ、本筋とは関係の無いシーンで、戦で焼け落ちた村落で煤だらけの子供を抱えた母親が呆然と立ち尽くす場面を見た時に、少し動揺してしまったのだ。あとから思えば、長の戦で荒れ果てた故国の民草の姿に重ねてしまったようだ。
まさか、つい最近まで故国に戻れるとは思っていなかった。
動乱も戦も遠い国の話であったのが、王子からの急使を受けて以来、俄然現実味を帯びてきていた。いささか心が繊細になっているのかもしれない。
「相変わらず感受性が強いんだね、君は」
智志の言葉は、幼い時の夢物語――実際は真実――を差しているだろうか。
姫子はあやふやに微笑んでから、外へ目をやった。
電車に数駅揺られて近隣の市へ出て来ただけだが、双竜町とは異なる高いビルや人の波に車の流れ、そして紫にけぶる山々を外から眺めた。
あの山の向こうに、飛竜が羽ばたく愛すべき双竜町があるのだった。
(油断したわ。これじゃ智志君を篭絡するという命令が達成出来ないじゃない)
ちなみに老ダンダーンの立てた計画はこうだ。映画で誘い出した智志と思い出話に花を咲かせて打ち解けたところで、実は子供の頃に聞かせたおとぎ話は本当のことで、先に帰った王子は智志が来るのを故国で待っていると告げるのだ。
信じて貰えなければ、日が落ちてからコカブを呼べばいい。
燻し銀の巨大な飛竜の姿を見れば、故国の存在を無視出来なくなるだろう。恐らく即答は無理だろうから、出発間際まで待てばいい――というものだった。
それにしても、どうして智志はこんな中途半端で急な誘いに乗ってくれたのだろうか。まさか、老ダンダーンに魔術でも掛けられて、正常な判断力を失っているのだろうか。姫子はあんまり気になったので、つい口に出して聞いてみる。
「知りもしない映画を見る為に、わざわざ来てくれたの? まさか、お爺ちゃんに、その……弱みでも握られているんじゃ?」
今度は智志がアイスコーヒーでむせる番だった。姫子は背中を擦ろうとするが、
「いや、大丈夫。そんなんじゃないから」
姫子が午後の日差しに映える銀髪を揺らして覗き込むと、智志は困ったような顔をして視線を逸らした。姫子は話題を変えることにした。
(↓続きます)




