13.王子の葬式*(※中一の時)
それから数日後。霜柱が解けてぬかるんだ自宅の庭は、集まった弔問客達でごった返していた。そこかしこから聞こえる制服姿の同級生達の啜り泣きが、偽りの故人――王子の気性を体現したかのような、晴れ渡った空に吸い込まれる。
寝ずの番で徹夜明けの姫子は、祭壇に向かって右側の親族席に腰を下ろしていた。老ダンダーンやサビーハも並んでいる。
姫子は祭壇に掲げられた黒枠の写真を寝ぼけまなこで睨み付けた。王子の遺影は小六の修学旅行の写真を引き伸ばしたもので、故国が戦時下なのに浮れていられるかという主張の通り、すこぶる目付きが悪い。
葬式の手配は町内会の段取りで慣れている老ダンダーンが行った。棺の中に納まっているのも、老ダンダーンが術を施した丸太である。弔問客達は、用水路に落ちて死んだものと思わされているのだ。田舎ではよくある事故原因だった。
死体と思うから死体に見えるとは、老魔術師ダンダーンの言葉である。
子供にはめくらましが効き辛いそうで、姫子も最初のうちは棺の小窓から覗くのが切り株の断面にしか見えなかった。だが、気の毒そうに棺から目を逸らす弔問客達を見るうちに、王子が棺に納まっているような錯覚に囚われつつあったのだ。
(――もし、王子が本当に死んじゃったら、どうしよう)
よく考えれば、王子は戦をするために戻ったのだ。王子に万が一のことがあれば、すでに両親のいない姫子が故国に戻っても迎えてくれる者はない。誰にも顧みられることなく、死ぬまで双竜町で暮らすのだろうか――老ダンダーンと共に。
(駄目よ、王子にもしものことなんて)
そう思うことは、そうであることを呼び寄せると、老ダンダーンが言っていた。気のせいか読経の声が酷く耳障りに聞こえ、目の前を通る弔問客達が不吉な死の影のように見えた。窓を開け放してあるのに、いくら空気を吸っても息苦しい。
姫子はセーラー服のプリーツが皺になるのも構わず握り締めた。嫌な妄想を振り払うべく頭を激しく払うと、銀の長い髪が辺りに散った。
「――だからっ、王子は死んだんじゃないっ、先に帰っただけなんだってばっ!」
息を飲む気配に顔を上げると、だぶ付いた詰襟姿の少年が眼鏡の奥の涼しげな瞳を気の毒そうに眇めて見下ろしていた。隣家の智志少年である。
智志はしばらく姫子にかけるべき言葉を探していたようだが、結局何も言えずに頭を下げ、お焼香をしてから黙って部屋をあとにした。
姫子は俯いて唇を噛み締めた。
周りの弔問客達が、自分へ痛ましげな視線を向けるのが分かる。双子の兄の死を信じられずに、現実逃避しているとでも思われているのだろう。
真実を知らない智志に哀れに思われたことが、姫子は酷く口惜しかった。
*
それ以来姫子は、王子からも乳母サビーハからも見捨てられたような気持ちになっていった――ただ、老ダンダーンだけは、それまで通りだったけれど。
乳母に習っていた詩作や舞踏、楽器演奏への熱意が薄れ、家の中でも故国の言葉を使わなくなった。半年に一度の王子への手紙も前回の文章丸写しだ。いまや姫子にまともに出来るのは、飛竜に乗って空を飛ぶことぐらいである。
その代わり、高校デビューのタイミングで、友達を作るためにカラオケやプリ○ラを覚えた。
学業はあまり振るわなかったが、乳母に命じてスマフォを購入――頼んでは買って貰えない――し、老魔術師と同じく、異界側の文化を受け入れることに腐心したのだ。元々は大人しく控えめな少女だったが、いまは三日と置かずカラオケに通い詰める、顔だけファンタジー女子高生の出来上がりである。
しかし、誰が姫子=フェトナ姫を咎められるだろうか。
次期王妃を諫めることの出来る身分の者は、この場にいない。
多少の教養はあってもサビーハはあくまで乳母である。姫子が成人すれば、侍女や王妃教育専門の教育係などに役割を引き継いでいくものなのだ。又、本来であれば故国にいるサビーハの娘が乳兄弟となって側付きになるはずだった。
そして仮に姫子が故国の勉強に励んだとしても、必ず迎えがくるとは限らない。戦に出ている王子に申し訳ないと思いつつも、それを支えに孤高を貫くことは姫子には出来なかった。不安で精神が病んでしまいそうだったのだ。
異界の文化へ傾倒していく姫子を嘆く乳母の繰り言を、老ダンダーンは聞き流した。彼もまた、一生この地で過ごすことを余儀なくされていたからだ。姫子が異界の人々に馴染んでいくことに、異を唱えられるわけがなかった。




