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異界に逃れて十数年、戦が終わったから戻ってこいとか許嫁(王子)に言われても、もうお姫様じゃなくてただの女子高生なんですケド⁉  作者: 今田ナイ
2.故国からの手紙

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10.夜間飛行と洒落込んで

 

 

 もちろん、王子を旗頭とした元王国軍の勝利である。王子は見事に父王の仇を討ち、賊の手から故国と王座を取り戻したのだ。それは故国の文字を半ば忘れ掛けている姫子が、単語を拾っただけでも十分理解出来ることだった。


「そっ、そうよね。間違ってないわよね!?」


 しかし、姫子はなぜこんなに動揺しているのか、自分でも分からなかった。

 故国の民草の悲願、これほどの吉報はないだろうに――。老ダンダーンはなぜか、酷く痛ましげに姫子をみやった。


「――わ、私」


 姫子は一歩、退いた。二階から聞こえる乳母の陽気な鼻歌が妙に頭に響く。乳母が手紙の内容を知るなり、老ダンダーンにメッセージを送らせたのだろう。乳母の家族は故国にいるのだ。帰郷を喜ぶことの、何が癇に障るというのだろう。


(私にはもう、故国で待つ家族など誰も残っていないから? そんなに、私の心は狭かったの? 母親代わりの、サビーハの鼻歌も許せないほどに?)


「私、ちょっと『飛んで』くる」


 姫子は逃げるように居間をあとにした。玄関から一歩出ただけで夜の冷気が制服の襟足や袖口から忍び込み、姫子は思わず震え上がる。上空ではどれほどの寒さなのかと気持ちが萎えるが、いまさら家に戻る気にはなれなかった。

 しばらくの間夜空を見上げていた姫子の肩を、ずっしりと暖かい何かが覆った。


「どうぞ、お気の済むまで」


 振り返ると、セーター姿の老ダンダーンが立っていた。

 羽織っていた半纏を脱いで着せ掛けてくれたのだと気付く。姫子は王子や乳母とは違い、いまひとつ得体のつかめない老魔術師と不思議と馬が合うのである。


 そして巨大な影が、音もなくだだっ広い庭に舞い降りる。


「コカブ、遠くからわざわざゴメンね!」


 銀は銀でも、光沢の消えた燻し銀のような鱗をした飛竜がそこにいた。

 黒い大きな瞳の銀色飛竜は、不思議と持ち主の心を読む。恐らくは姫子の望みを汲み、隠れ潜んでいる双竜町の山中から飛んできてくれたのだ。


 ちなみに飛竜の離着陸がある時は、老ダンダーンが周辺住人の気を逸らすための術を施している。いまもその、目くらましを掛けてくれたのだろう。


「ゆめゆめ、竜の背で居眠りなどなさいませんよう」

「小さな子供じゃあるまいし、大丈夫よ」


 老ダンダーンに補助をして貰いながら銀色飛竜の背の鞍に跨った姫子は、勇ましくも引き綱を握って騎乗の人となった。心を読む飛竜に引き綱は無用という向きもあるが、考えるより先に身体が動くこともあるのだ。


 ふわりと飛び立つ飛竜の背から、姫子は半纏の襟を摘み地上の老ダンダーンへ向かって、


「これ、ありがとう!」


 と、身振り手振りで合図を送る。聞こえたのか、小さな背中が手を軽く上げた時には、銀色の飛竜はだいぶ高いところまで上がっていた。その皺くちゃな顔の表情は判然としないが、微かに笑みを浮かべているように見えなくもなかった。

  

 

  

「コカブ、悪いんだけどぐるーっと、町の上をしばらく流して飛んでくれる?」

 

 銀色の飛竜は特有の長鳴きをあげ、数度羽ばたいてから急に北へ向きを変えた。

 遠心力で放り出されないよう、姫子は両の太ももに力を込める。

 太ももで飛竜の背を挟み腰を半分浮かせているのが結構しんどいが、風に煽られて捲れ掛かったスカートはなすがままにするしかない。


 北の山際まで行ってから、燻し銀の飛竜に乗ったセーラー服に半纏姿の女子高生は、北風の眷属となって町の上空を北から南へ駆け抜けた。


 飛んでいる時だけは、両親が亡くなったことも、小学生の時にクラスの女の子達に仲間外れにされたことも、すべて忘れられた。そもそも老ダンダーンに騎竜を習い始めた幼い時は考えごとをする余裕などなかったし、吹きすさぶ風が小さな姫子の悩みなど片っ端から吹き飛ばしてしまうからだ。


 ちなみに、幼い頃は鞍と自身を紐で結んで飛行訓練を行っていた。落下防止対策である。けれど、いまはもう何も付けていなかった。

 それどころか、鞍無しのはだか飛竜でさえ乗りこなす自信のある姫子である。もはや淑女にあるまじき、老ダンダーンのスパルタ教育の成果だった。


「――相変わらず、綺麗」


 十二年前よりさらに範囲の広がった町の煌きを見た姫子は少し考えてから、光り輝く宝石箱のようだと思った。その宝石のひと粒ひと粒の輝きの下に康代やほかの友人達、ちょっとお喋りな近所の主婦達やまだ出会わない町の住人達、そして乳母のサビーハや老ダンダーンが町の片隅でひっそりと暮らしているのだ。


(――そして、智志君も)


 不意に浮かんだ隣家の幼馴染――詰め襟の学生服を着た眼鏡君――を、姫子は脳裏から追い出す。いまは頭を冷やして、自分の考えを見極める必要があった。


(それもこれも、アイツのせいだわ)


 姫子は四年前の旅立ちのことを、片時も忘れたことはない。

 忘れようにも、季節が巡るたびに思い知らされるのだ。

 それは近所の主婦達のたわいないお喋りだったり、コートの裾をはためかせる木枯らしの冷たさであったりした。

 

 


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