1.王宮の丸いお屋根が燃えている。*
初回のみ一日三話投稿になります。(こちらは一話目です)
瞼の裏が、真っ赤に燃えていた。
きな臭いにおいと人々の悲鳴、そして男達の勝ち鬨が遠くに聞こえる。
ただならぬ気配を察し、幼い姫君――フェトナはひとり寝所で目覚めた。
母親譲りの菫色の瞳を擦り擦り、淡い銀髪を揺らして頭を巡らせる。ちょうど王宮の方角に向いた大窓は、提げられた紗の布越しになぜか赤く染まって見えた。
「姫さまっ――フェトナさまっ!」
慌てふためく乳母のサビーハに寝巻きのまま抱き上げられたフェトナが、屋敷の裏手から飛竜で飛び立つのにそう時間は掛からなかった。飛竜に乗るのは初めてではないが、両親の姿が見えないのが気になる。まだ未明であった。
使用人の操る飛竜――大臣である父親が国王から下賜された銀色の飛竜――は、王都上空をゆっくりと旋回する。立ち昇る黒煙の柱へ突っ込むたびに目の中がゴロゴロと痛み、フェトナの小さな鼻は焦げ臭さしか感じなくなってしまった。
そして煤で真っ黒になったフェトナは、眼下に広がる王都を見た。
昼間なら、王宮と庭園の周りをびっしりと埋め尽くす、日乾しレンガを積み上げた民家が見える。路上を商人達の天幕が埋め、市井の活気が一望出来るのだ。
しかしいまや、民家のあちこちに火の手が上がっていた。
色鮮やかな青タイルで覆われた王宮の丸屋根が、夜空を焦がす炎の中に黒々と浮かび上がる。緑豊かな庭園は謎の賊共に無残にも踏み拉かれ、上からでも後宮の女達の逃げ惑う姿が垣間見えた。宮女達のあげる絶望的な悲鳴すら聞こえてくるような気がして、幼い姫君は乳母にしっかりとしがみ付くばかりだ。
フェトナの見た最後の故国の姿は、諸外国から砂漠の碧玉と歌われた王都が、無残にも灰燼に帰すありさまだった。
「――姫さまっ、あれをっ!」
乳母の指差す方を見下ろせば、数頭の砂色の飛竜とともに黄金に輝く飛竜が上がってくるのが分かった。こちらに気付いたようで、黄金の飛竜の背で見知った顔の少年が盛んに手を振っているのが見える。
細っこい褐色の肌の少年――幼馴染で二歳年上の若干七歳であるカーディル王子の無事な姿に、フェトナは目覚めてから初めて胸を撫で下ろしたのだった。
もっとも、故国の者は強い日差しに晒されて誰も彼も褐色の肌をしていたので、牛の乳のように白いのは北の国から嫁いできた母親とフェトナだけであったが。
それ以降、フェトナの記憶は断片的で酷く頼りないものとなる。
わずかな休憩以外は地に下りることもなく敵に追われて飛び続ける日々は、屋敷からほとんど出たこともないわずか五歳のフェトナの体力と気力を奪っていった。
だから、王家の者しか知らない『空の回廊』、異界へと繋がる『扉』へ一行が飛竜ごと飛び込んだ時も、フェトナは大人達のように緊張することはなかった。
(↓続きます)