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【航.M】と差出人に自分の名前が表示されていた。
胸ポケットのモバイルに着信したメールに。
ラボの仕事を終えて寮に帰りついた直後のわたしは目をこすり、何度か見直した。
『航君 、元気ですか。十年後の自分にあてて書いています』
おそらく十歳くらいの時のものだろう。タイマーを設定して送信できるサービスだ。よくもまあ、こんな銀河の辺境まで届いたものだ。プロバイダー、終わってなかったんだな。そういえば子どもの頃からメールアドレス変えてなかった。もっとも電波の速度の関係上、十年後じゃなくて既に三十年近く経っているが。
『航君、勉強はできるようになりましたか』
いかにも子どもらしい書き出しだ。
『父さんに、しかられていませんか』
わたしは思わずくすっと吹き出した。
『父さんは、ぼくには勉強できるはずだ、といつも言うけど、できないです。十年後は出来るようになっていますか』
わたしは棚からウィスキーの瓶を取り出し、グラスに注いだ。続きを読む。
『来年、ぼくは宇宙学校へ行きます。銀河の果てで仕事できるように勉強するのだと父さんはいいますが自信がないです。無理です』
無理です、の下りに思わず天井を見上げて笑い声が出てしまう。
『でも、ようやく病院の外に行けるのは楽しみです』
画面をスクロールする。
『銀河の果てに行くのが、父さんの夢だから、やり残したvsu₩75$おまえがudx4&k#?……』
文字化けだ。画面をスクロールする。
『こないだ父さんと一緒にぼくもけんさを受けました。父さんと同じ病気にならないかのけんさです。ぼくは元気です。療養学校のなかでもかけっこは一番だから、遺伝*;lm\\#fg操xw@、もうq@ed@)422@なんだとe0;jdq』
徐々に文字化けが増えていくようだ。 わたしはウィスキーの香りを楽しみながらゆっくりと飲む。
『父さんは、少しずつ動けなくなっています。でもぼくを杖で叩きます。出来るはずだ、もっsw@g.fr@qはずだ、おまえfわたしのkq@t複@otら』
わたしの口角が徐々に上がる。
『おまえができないなら、6j5kの体を0qdt@z代t4kq@といいます。そんなのはウソだと思います。ぼくを怖がらせるウソ』
わたしは額に指をあてる。
『明日、手術です。父さんもです。髪の毛をぜんぶgljdq.なんだかこ0ec$です』
だから、メールを書いたのか。 わたしは髪の中に指を滑り込ませる。指の腹で、でこぼことした傷跡を探り当ている。
『一緒に入院していて、先に退院した誰からも連絡がありません。みんなどうしているのかな。退院したらみんuss&Mqeです』
わたしはグラスを置くと笑い声が漏れないよう、顔を枕に埋めた。
ひとしきり笑うと最後の一行を読む。
『おねがいです。十年後のぼくが、ぼくなら返信してください』
察しはよかったんだ。残念、返信はしない。
君ではないから、ね。
某コンテスト用に書きましたが、結局エントリーせず。
お焚き上げします。